サメの恨みはマリアナ海溝より深い
昼下がりの住宅街で、めいはサイボーグ化したクロヘリメジロザメから逃げ回っていた。逃げる彼女の足跡を追うように、地面に機関銃の銃弾が跳ねる。彼女を追いかける機械鮫が、機銃掃射を仕掛けているのだ。
さすがのめいも、これには守勢に回らざるを得ず、逃げの一手しかとれずにいた。これまでの相手と違って、機関銃というれっきとした殺人兵器を備えているのだ。丸腰の女一人の手に負える相手ではない。
やがて弾が尽きたのか、機銃掃射が止んだ。逃げてばかりではいられない。ここは市街地であり、このまま逃げ続けていれば無関係の第三者に被害が及ぶ可能性がある。これ以上、自分を狙うもののために人が傷つくのはたくさんだ……めいは突き当たりで立ち止まり、民家の塀を背にして拳を握り込み、構えを取った。
サイボーグシャークの攻撃は終わりではなかった。サメはぎざぎざの歯が並ぶ口を開いた。その喉奥が、赤く光った。
めいはとっさに左へ跳んだ。次の瞬間、右腕に焼けるような熱を感じた。振り向くと、塀にはまるで切り抜かれたかのような丸い穴があいていた。そして自らのスーツの右腕部分が、焼きごてを押されたかのように焦げていた。
サメの武器は、機銃だけではなかった。口の中に、レーザー兵器を備えていたのだ。
サメの攻撃は、さらに続いた。体の側面に二基ずつ、計四基装備されたミサイルのうち二発を発射したのだ。
「レーザーにミサイルって反則でしょ!」
めいの動きは素早かった。塀をつかんで素早くジャンプし、塀の裏側に隠れた。ミサイルは塀に着弾し、住宅地に戦地のような爆発音を響き渡らせた。当然、ミサイルの直撃を受けた塀は見るも無残に吹き飛ばされた。
距離をとるなら、今の内だ。煙に紛れて、めいは走り出した。走って、走って、後ろを振り向くことなく走った。突き当たりを曲がった先は、一本道であった。身を隠せる場所はなさそうだ。そして標的を追って角を曲がったサイボーグシャークが、彼女と向かい合って口の中のレーザー砲を向けている。
がおおおおぅ……
サメは天を仰ぎ見て、虎のような咆哮を発した。まるで、自らの勝利を確信しているかのように。対するめいは、全身じっとりを汗をかいて、額をぬるぬる濡らしている。
何でこんな相手と戦わなければならないのか。自分は何か悪いことをしたのだろうか……めいは考えてみた。考えた結果……以前、バッグを食べたサメの口を引き裂き、バッグとダイヤモンドの指輪を体内から取り出したのを思い出した。今思えば、可哀想なことをしてしまった。口を裂かれて生けてゆけるはずもないのだから。だとすれば、これは復讐のために蘇った悪霊のようなものだろうか。
とはいっても、おとなしく命を差し出せるはずもない。逃げてばかりではだめだ。
「わかったよ。あんたの勝負、受けてあげる」
めいは手提げ鞄からスキットルを取り出し、そのままぐびっと一気飲みした。中身の安酒は、人体にとって毒でしかない。それでもめいにとっては、肝臓への負担と引き換えに力を貸してくれるパワーアップアイテムなのだ。
「もったいないけど! ええいっ!」
めいは空っぽになったスキットルを投げつけた。愛用の品であったが、命には代えられない。
恐らく、投げつけられたスキットルを手榴弾か何かと勘違いしたのであろう。めいの体に風穴をあけるつもりだったサメは狙いを変更し、放物線を描いて飛んでくるスキットルにレーザー砲を向けた。そこから放たれた赤い光線は、宙を舞う金属製のスキットルを撃ち抜き、穴を開けてしまった。
その時できた一瞬の隙を、めいは見逃さなかった。地面を蹴って駆け出し、距離を詰めてサイボーグシャークの顎下に潜り込んだ。
「酔滅拳!」
この酒乱女は強烈なアッパーカットをサメに見舞った。顎下の5.56mm対人機銃は粉々に打ち砕かれ、大きく後方にのけ反った。
しかし、このサイボーグもただではやられない。後方にのけ反りながら、今まで披露してこなかった第四の武器を繰り出した。
背中にある三角形をした金属製の背びれ……これをめいに向けて発射したのだ。それはブーメランのように回転しながら高速で迫ってくる。当たれば生身の人間の体など真っ二つだ。
だがブーメランの対処は、めいにとって銃よりも容易であった。
「取ったっ! 酔滅
めいは真剣白刃取りのようにして、両手で挟み込むようにバシッとブーメランをキャッチした。
第四の秘蔵武器を防がれた形となったメカ・クロヘリメジロザメ。しかしこのサイボーグは冷静に対処した。すかさず残った二発のミサイルを発射し、追撃にかかったのだ。
「それじゃあ、これ返してあげるっ!」
めいはサイドスローのように、横向きでブーメランを投げ返した。発射されたミサイルのうちの一発は、空中でブーメランに当たって爆発を起こした。
爆煙が、両者の間の視界を遮った。その煙も、ほどなくして晴れる。
煙の向こうから現れたのは、再び高速で接近するめいであった。その手には……もう一本のミサイルが握られている!
サメはガバッと口を開き、レーザー砲を露出させた。その砲口が、赤く発光する。サメの表情はちっとも変わらないが、慌てて迎撃しているような様子を感じさせる。
レーザーが発射される、まさにその直前。めいはすれ違いざまにミサイルをレーザー砲の中に突っ込んだ。
「お薬は注射するより飲むに限る、ってね。確かゴジラだっけ」
レーザーに誘爆したミサイルが爆発し、サメの体を爆裂させた。爆炎と黒煙を背にしながら、めいは勝ち誇ったように右の拳を天に掲げた。
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