振動 ~~Tremor~~

 競技会場から、人の姿はほとんど消えていた。この場にいるのは、めいと比奈、そして地底の怪物のみだ。


「ひなちゃん、さっきのもう一回やって。出てきたところをあたしが叩く!」


 めいはバッグを地上に置いてきてしまった。さっきと同じようなことは、比奈にしかできない。


「わ、わかったやってみる!」


 比奈は言われた通り、エコバッグからお茶のペットボトル取り出して投げた。ボトルはそのまま地面にぽとりと落ちた。

 だが、ワームはなかなか姿を現さない。お茶のボトルは五百ミリリットルのもので、しかも飲みかけだ。さっきのミネラルウォーターよりずっと軽い。きっと軽いものでは振動が小さすぎて食いつかないのだ。


「もっと重たいものじゃなきゃだめ……? これならっ!」


 今度は未開封のお茶ボトル二つをいっぺんに投げ落とした。すると期待通り、落下地点の地面からワームの頭が飛び出した。その隙を逃さず、めいはイチョウから飛び降りた。


「今だっ! 酔滅ベアハーッグ!」


 ペットボトルを二本同時に吞み込んだワーム。その首根っこに、めいは両腕で抱き着いた。


「逃げるな卑怯者ぉ! 闘魂注入!」


 地中に引っ込もうとするワームを、力づくで引きずりだした。そして、ジャーマンスープレックスの要領で、思い切り後方に放り投げた。地面から引っこ抜かれて露わになったワームの全身は、五メートル以上ありそうな長さだ。

 地面でのたうち回るデスワーム。そこに、酒乱女が飛びかかる。とどめを刺そうとつかみかかった、まさにそのとき……


「わばっ……」


 痺れるような衝撃が、めいの全身に走った。まるで電池切れのおもちゃのように、酒乱の戦士はその場に崩れ落ちた。


 デスワームの武器、電気ショックが炸裂したのである。彼らは砂漠のオアシスで獲物を待ち伏せし、水を飲みにきた大型動物に強い電気ショックを浴びせて、抵抗力を奪ったところで捕食するのだ。餌の少ない環境で確実に獲物を仕留めるための能力といえる。


 形勢逆転。倒れ伏しためいの頭上で、鎌首をもたげたデスワームの大口が開く。その牙には、毒を含むと思われる唾液が滴っている。あれに噛まれれば、助からないだろう。


「めいちゃん!」


 比奈が木の上から叫んだ、そのときのことだった。


 一本の矢が、デスワームの首に刺さった。それだけでなく、立て続けに三本の矢が飛来し、デスワームに突き刺さった。これが効いたのか、デスワームはたまらずのけぞった。


「私たちも戦います!」


 少し離れた場所で声を張り上げたのは、箕浦高校の選手目白めじろラモだ。彼女の周りには、立灯、箕浦両校の選手がくつばみを並べている。その中には、新堀月菜の姿もあった。

 矢の攻撃にたまらず、先ほど自分が開けた穴にまで這っていくデスワーム。地底に逃げて仕切り直そうとしているのだろう。


 そうは問屋が卸さぬ、と、デスワームの尻尾をつかんだ者がいた。


「やー、電気風呂みたいで肩のコリがほぐれたわ」


 電気ショックで倒れていたはずの、酒呑坂めいだった。電気ショック攻撃も、彼女の命を奪うには至らなかったのである。


「せぇいっ! 酔滅ジャイアントスイング!」


 以前ダンクルオステウスとの戦いでしたように、めいはデスワームの体を砲丸投げのようにぶるんぶるんと振り回した。まるでヘリコプターのローターのように回転するデスワーム。遠心力が強すぎて、首を曲げてめいに噛みつくこともできない。


「えいやぁっ!」


 めいは手を離して、ワームを放り投げた。放物線を描いて飛んでいったワームは、坂の下にある湖に落下した。その巨体は呑み込まれるように沈んでいき、やがてその全身を水中にうずめた。


 その様子を、遠巻きに眺める者がいた。鱶川ちひろだ。


「やべェな……こいつ……」


 この女は、危険だ……ちひろの直感がそう告げた。彼女は馬上で和弓を構え、矢をつがえた。狙うは……第一種危険人物、酒呑坂めいだ。

 ぎりぎりと、矢を引き絞る。手を離せば、あの女の背には矢が突き立てられるだろう。

 引き絞ったまま、しばらくめいの背を睨みつけたちひろは、矢を放たずにゆっくりと弓を下ろした。


「やめた。余計なことはするもんじゃねェ」


 ちひろは矢筒に矢をしまうと、そのまま馬を歩ませ、どこかへと去っていった。

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