アルコールファイターVSアルコールヘイター
受付で受け取ったロマネ・ルカンをバッグに突っ込んだめいは、比奈と一緒にそのままパーティ会場へと足を踏み入れた。黄色がかった光を放つシャンデリアが各所につり下がっており、その下には丸いテーブルが置かれている。それらテーブルを囲んでいるのは、いかにも金持ちそうな気品ある方々だ。もちろん、顔見知りは誰一人いない。人の姿はまばらだから、まだまだこれから招待客は増えるかもしれない。
「と、とりあえずあそこ行こう」
めいは運よく誰もいないテーブルを見つけた。そこにいれば、見知らぬ貴人たちと顔を突き合わせる必要もない。
「料理おいしそうだけど……タダ飯いただいて帰っちゃってもいいのかな……」
「結局めいちゃん食べるつもりなのね……」
「いやだっておいしそうだし。それにほら」
テーブルの真ん中には、受付にあったのと同じ「ロマネ・ルカン」のボトルが置かれていた。めいはコルクオープナーを使って手際よく開栓し、ボトルを傾けてグラスにそそいだ。
「せっかくだからこっちも味わっておかないと」
「もう……ちゃっかりしてるんだから……」
「えへへ……それじゃあいただきまする」
めいがグラスに口をつけた、そのとき、がしゃあんという大きな音が、調理場から響いてきた。
「な、何だ!?」
会場の全員が、調理場に視線を奪われた。皿の割れる音と、人の悲鳴。調理場が異常な事態に陥っていることは、火を見るより明らかだ。
「た、助けてくれぇ!」
「化け物だぁ!」
コックコート姿の調理スタッフたちが、
そして……彼らのすぐ後から、化け物が姿を現した。
「がるるるるっ!」
現れたのは、獣のように腰を曲げ、両手をぐわっと開いた女であった。ぼさぼさの長い黒髪を振り乱し、両目は真っ赤に充血している。半開きの口からはよだれが垂れており、彼女の足元に水たまりを作っていた。
「酒ェ! 滅べェ!」
獣のような女――アルコールヘイター戮は、近くのテーブルからワインのボトルをひったくると、大きく振りかぶってそれを床に放り投げた。ワインボトルは盛大に割れ、大理石の床に赤い液体をまき散らした。飛び散ったのは中身のワインだけではない。割れたボトルの破片が、近くにいた老婦人のふくらはぎを傷つけた。
「何!? 何!? 今度は何なの!?」
「まずいよめいちゃん! やっぱりこれ罠だったんだよ!」
めいはあからさまに当惑していた。サメやホッキョクグマ、ダンクルオステウスに出くわした経験のあるめいも、人間の異常者が乱入してくることまでは想定していなかったのだ。
「がるるるるっ! がるるっ!」
「ひなちゃんは先に逃げてて! あたしがやる!」
めいが迎え撃つ構えをとったのとほぼ同時に、ケダモノは正面に立っていた老爺を突き飛ばし、大理石の床を蹴ってめいに肉薄した。ここに、両者の戦端は開かれた。
「っ!」
間一髪、めいは飛びかかってきた獣をいなした。獣女は勢い余ってテーブルに突っ込み、載っている食器類やワインボトルを全て床に突き落とした。
「このままじゃ被害が大きくなる……早くぶん殴っておとなしくさせないと……」
これまでの人生で、暴力に訴えた経験はほとんどない。決して荒事慣れした人間ではないのだ。けれどもこのとき、めいはすんなりと「殴っておとなしくさせる」という発想に至った。
クマにしろ、ダンクルオステウスにしろ、立ち向かわなければ旧友ともども死んでいた。危険人物から、比奈を守らなければ……めいは決意の表明として、懐からスキットルを取り出した。
スキットルの中身は安いウィスキーをストロング系飲料で割ったもので、この会場で振舞われている高級ワインとは比べ物にならない安酒である。だが、体内にアルコールを取り込み、戦う力を得るにはこれで十分だ。
スキットルに口をつけ、傾ける。だがそこに、ケダモノが飛びかかってきた。
「あっ……!」
隙をつかれためいは、スキットルをはたき落とされただけでなく、そのまま仰向けに倒されてしまった。そこに馬乗りになろうと獣女がのしかかろうとしてきたが、めいは何とか身をひねって横に転がり、それを回避した。
「まだ一口しか……くっ!」
何とか立ち上がっためい。その足元には、転げ落ちたスキットルがあった。足元に視線を移したそのとき、ケダモノが腕を振るって追撃をかけてきた。床にこぼれた安酒を惜しむ暇さえ与えてくれない、素早い攻撃だ。
「酒ェ! 滅べ滅べ滅べェ!」
叫びながらの連続パンチ。ケダモノの繰り出す攻撃は、単調だが速い。回避が間に合わないと悟っためいは、両腕を交差させて右ストレートを受け止めた。
「っ! 重いっ!」
獣女の攻撃は、速いだけでなく重かった。強い衝撃が、決して大きくはないめいの体全体に響く。
「こいつ……強い!」
「がるるぁ!」
ケダモノは攻撃の手を緩めなかった。近くのテーブルからロマネ・ルカンのボトルをぶんどると、ひるんだめいに向かって投げつけたのだ。
とっさに避けためい。一本百万円のボトルは壁に当たって粉々に割れ、高級ワインは壁にむなしく赤いシミを作ったのであった。
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