requinの日本語訳を調べてみると……?
「こ、ここでいいのかなぁ……」
さる日曜日。めいは電車を乗り継いで、会場へとたどり着いた。目の前のホテルはいかにも「お前のような一般庶民お断り」な雰囲気を漂わせている。就活用のスーツに身を包んだめいは、入場前から場違い感をひしひしと感じていた。
比奈に諭されたのにもかかわらず、めいは「ロマネ・ルカン」の欲望に勝てなかった。旧友の言う通り、冷静に考えれば怪しさしかない招待状だ。けれども一本百万円の高級ワインを餌としてぶらさげられて、すんなり諦められるめいではなかった。
高級ワイン欲しさにやってきたとはいえ、さすがにこのホテルに足を踏み入れるのは気が引けてくる。困り顔できょろきょろしていためいは、見慣れた美人が会場に向かって歩いてきているのを発見した。
「え、ひなちゃん?」
「あ、やっぱりめいちゃんいた」
思いがけない友の登場に、めいは豆鉄砲をくらったような顔をした。一方の比奈も、それと全く同じ反応を見せた。
「ひなちゃん……来てくれたの?」
「怪しいから絶対行かないつもりだったんだけど、めいちゃんあのお酒につられてここに来てるんじゃないかって思って心配になって」
「ひなちゃんがいれば心強い。さ、中に入ろ?」
独りで心細かっためいは、思いがけず強力な助っ人を得てしまった。これによって弱気を吹き飛ばしためいは、ひなの腕をつかんで入場し、そのままずかずかと受付前まで来た。
「ちょっと待って……私はめいちゃんを連れ戻すために来たの。危ない目に遭ってからじゃ遅いんだから」
「見てひなちゃん! あれホンモノだよ!」
旧友の忠告など、この酒乱には馬耳東風でしかなかった。めいの指さした先、受付の後ろには、ワインのボトルが並べられている。そのボトルのラベルには洒落た書体で「Romanée-requin」と書いてあった。間違いなく本物のロマネ・ルカンだ。
「取り敢えずこれもらってから帰っても遅くないんじゃない?」
「……もう、めいちゃんお酒のことになると目の色変えちゃうんだから……」
目の奥にめらめらと炎を燃やすめいに対して、比奈はほとほと困り果てた顔をした。
*****
料理の匂いに混じって、かすかに酒の匂いが漂ってくる。どんなにかすかな匂いであっても、「アルコールヘイター」の異名をとる彼女は嗅ぎ漏らさない。彼女の中で、「スイッチ」が入った。
「酒……憎らしい! 滅ぼすべし!」
彼女は目を血走らせながら、肩をいからせて通路を歩いてゆく。酒の匂いに導かれるまま乱暴に戸を開けると、その先には調理室があった。パーティ用の食事が作られており、スープや焼けた肉、魚などのいい香りが立ち込めている。
「がるるるるっ! がるぅ!」
「何だこいつは!?」
「どこから入ってきた!?」
突然の侵入者に驚くスタッフたち。彼らが面食らっている間に、戮は獣のようなうめき声をあげながらテーブルに置いてある肉料理を腕で乱暴に払い落とした。真っ白な皿は音を立てて割れ、高級食材をふんだんに使った料理が床にぶちまけられて生ゴミに変わった。
戮の暴挙はこれで終わらない。彼女は置いてあったステンレス製の肉叩きハンマーを手にすると、それを振るって近くにいたスタッフの左頬を殴打した。スタッフの口からは、折れた歯が血とともに飛び出した。
「くそっ何だお前は!」
調理場で一番体格のいい
「がはっ!」
シェフの巨躯が、宙に浮いた。この光景が調理場全体を恐怖のどん底に突き落としたのは言うまでもない。
吹き飛ばされて壁に後頭部を打ったシェフを尻目に、戮は他のスタッフの胸倉をつかみ、放り投げた。スタッフは後方の調理台に尻餅をつき、まな板に乗っていたトマトをぐしゃりとつぶした。
「がるるっ!」
戮は固定電話の受話器をとって警察に通報しようとするスタッフを目ざとく見つけた。彼女は肉叩きハンマーをぶん投げ、ダイヤルを押すスタッフの側頭部に見事命中させた。そして受話器に接近した戮はハンマーを拾い上げると、思い切り固定電話を叩き壊した。
調理場をあらかた荒らし回った戮。しかし彼女はちっとも満足していなかった。荒れ狂う暴力の化身は、酒の匂いを頼りに次なる標的を求めて走り出した。
「酒! 酒! 滅ぼすべし! 滅ぼすべし!」
アルコールへイター戮。暴力と破壊の権化と呼ばれた彼女が突入したのは……招待客が集まり始めたパーティ会場であった。
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