酒呑坂めいVSダンクルオステウス 酒乱女VSデボン紀の絶対強者

サメが為にビキニを着る

「成長剤投与から三十日経過……と……」


 ここは沖縄県某離島の沖合に位置する海底基地。その一角で、若い研究員はぶつぶつ独り言を言いながらPCに観察結果を打ち込んでいた。

 この部屋の奥側にある窓の向こうは、そのまま水槽になっている。数百トンの水量を誇る水槽の中で、この世に存在するはずのない巨大魚が、ただ一匹でゆったりと泳いでいる。

 一息つこうと研究員がコーヒーに口をつけたとき、ごん、という大きな打撃音が室内に響き渡った。


「何だ?」


 立ち上がって水槽の強化アクリル面を見た研究員は、すぐに顔を青くした。


 全長八メートルの巨大魚が、堅牢な装甲に覆われた頭部を何度もアクリルに打ち付けていたのだ。その度に、ごん、ごん、と、まるで地震のような衝撃が部屋全体を襲う。


「ま、まずいぞ!」


 研究員は外部へとつながる電話の受話器を取った。ちょうどそのとき、アクリルの耐久力に、限界が訪れた。


「うわああああっ!」


 突き破られるアクリル、流入する大量の海水、押し流される研究員……研究室が、いや、海底基地全体が水没するまで、大した時間はかからなかった……


*****


 めいと比奈の目の前には、コバルトブルーの海が広がっていた。二人はかなり大胆な極彩色のビキニを身に着けて、砂浜に立っている。比奈はしっかり者にふさわしい健康的なスタイルをめいに見せつけるかのように、ぐーっと大きく伸びをした。


 ここは沖縄本島の目と鼻の先にある某離島のビーチである。人の姿はまばらであったが、そのおかげで人混みに煩わされずのびのびと海水浴を楽しめそうだ。


「熱帯の海でビキニ姿になるの、やってみたかったんだぁ」

「へぇ、あたしはちょっと恥ずかしいかな……恥ずかしくてハズカ星人になりそう」

「サメ映画で食べられちゃう人って大体こういう格好してるからさ、憧れてたんだよね」

「ひなちゃんほんとそういう映画好きだよね……」


 めいの旧友、渡辺比奈には少し変わった趣味がある。サメやワニなどの怖い生き物が出てきて人を襲うB級映画を好んでいるのだ。めいは何度も視聴に付き合わされたが、未だにその面白さを理解できてはいない。


「ていうか、食べられちゃう人と同じ格好するのって縁起悪くない?」

「大丈夫だよめいちゃん。現実ではサメに襲われて死ぬなんて雷に当たって死ぬより珍しいんだから。というかむしろ人間の方がサメを食べてるぐらいなんだよ。フカヒレとか」


 得意げに語る比奈。彼女は生き物のことには詳しい。そういや比奈の家に行ったとき、リビングに大きな水槽があって、アロワナとかナマズとかの熱帯魚が悠々と泳いでいたのを思い出す。あの魚たちは今も元気にしているだろうか。


「なんかコレ……小さくない? 胸とか特に……」

「いやいや、いとお似合いでございますぞ? まろも眼福でおじゃる」

「時代劇の公家か!」


 イタズラっぽく笑ってみせる比奈に、めいは鋭くつっこんだ。水着を持っていないめいはこの旧友に頼んで買ってきてもらったが……その結果着るはめになったのがこれであった。比奈のサメ映画趣味の産物だ。


「ひなのイジワル」


 めいはキーチェーンで腕に着けているスキットルを手にとって、中身を一口あおった。中身は安いウィスキーをストロング系飲料で割ったものである。露出が多いと、どうにも恥ずかしい。恥ずかしさは落ち着きをなくし、落ち着きをなくすとアルコールに頼りたくなる……めいの悪癖だ。


「いやはや、めいちゃんはからかい甲斐がありますなぁ」


 めいはそんな比奈に渋い顔をしつつも、ふっと笑みをこぼした。この前はいらぬ心配をかけてしまったが、今はそうじゃない。変に気を揉まれるよりは、ずっとよかった。この笑みは、安堵の笑みだった。


 そんな二人を、斜め後ろからじっと観察する集団があった。日に焼けた肌をした男三人。彼らもまた、人の少なそうなこの場所を選んで海に繰り出したのであった。


「あっちの髪短い方、地味な感じだけど大胆なビキニ着てるギャップがたまんねぇ。それに結構おっぱいデカくね?」

「そうかぁ?」

「俺は隣の髪長い方が好みかも。スタイル抜群じゃん」

「じゃあ行こうぜ」


 彼らは思ってもいなかったの存在に歓喜した。三人は砂を蹴って、めいと比奈の方へ駆け寄った。彼ら三人もまた、県外からの旅行客であった。男三人旅に飽きてきた彼らは、女を引っかけてお持ち帰りしようと思ったのである。

 ナンパ男三人組が背後からめいたちに近づき、「姉ちゃんたちちょっといい?」と声をかけたちょうどそのとき、


「さぁて、それじゃあ海にレッツラゴー!」


 そう言って、比奈はジャブジャブと海に足を踏み入れた。


「ああっ、待ってひなちゃん!」


 めいは慌てて後を追ったが、比奈の足は速かった。あっという間に浅瀬を通り抜け、足のつかない場所にまで泳ぎ出してしまった。

 置いていかれためいは必死で追いかけた。酒でほんのり火照った体が、水の冷たさに冷やされた。熱帯の海だが、やはり肩まで浸かれば身震いする程度にはひんやりとする。


「ちょっと待ってって!」


 男たちはいら立ちまじりにめいを追いかけた。泳ぎが得意なのか、彼らはめいの背をあっという間に追い抜いてしまい、そのまま三人で壁を作るようにめいの前に立ち塞がった。


「姉ちゃん待ってよ。俺たちと泳がない?」

「ちょっと表情硬いよ~せっかく海来たんだから楽しまなきゃ」

「てかさぁてかさぁ、ぶっちゃけ言うと三人の中で誰が一番かっこいい?」

 

 三人の言葉を、めいは全く聞いていなかった。三人が邪魔で比奈の姿が見えなくなってしまい、不安で仕方なかったのだから。


「ちょっとそこ……どいてください」

「そんなつれないこと言わないで……おわっ!」


 一瞬のことだった。ナンパ男の一人が後ろに大きく引っ張られ、そのまま海中に没してしまった。一体何が起こったというのか……めいも他のナンパ男たちも分からなかった。

 しばらくして……その男は顔だけを水面から飛び出させた。


「サメだ!」


 男はの名を叫んだ。男の周りには、赤い液体が広がっている。血だ。男は腕だけで泳ぎ、自分を襲ったものから逃れようとしている。その右脚の膝から先の肉がえぐれていて、とめどなく血を流していた。きっとに噛みつかれ、食いちぎられたのだ。


「やべぇやべぇよ!」


 他の男二人は重傷を負った仲間の腕を引っ張りながら、岸の方へ去っていった。残されためいは、犯人の姿を見てしまった。赤く染まった海面から、灰色をした三角の背びれが突き出ていたのだ。

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