酒呑坂めいVSホッキョクグマ 炸裂! のんべえ爆裂拳!

旧友と会うのに二日酔い

「だあああああ……疲れたあああああ……もう最悪……最悪すぎてサイアク星が見えそう……」


 夕刻、酒吞坂めいは酔いつぶれていた。まるで何かから逃避するかのように、彼女がひたすら流し込むようにビールを飲んでいた。


 数時間前のお話。この日は採用面接があったのだが、彼女を待ち受けていたのは圧迫面接であった。


「キミ、一年で勤め先辞めたの?」

「すぐ辞められたら、ウチも困るんだよね。だったら来ないでくれよ」

「正直に言わせてもらうけど、あんた社会を舐めてるんじゃないの?」


 中年の男女三人組の面接官は、腕を組み、ふんぞり返りながらこのような言葉を浴びせてきた。この圧迫面接が、めいに以前の勤め先での嫌な思い出をフラッシュバックさせてしまったのである。彼女の舌は回らなくなり、ろくに返答もできないまま面接会場を後にしたのであった。


 帰宅するや否や、彼女は「飲まなきゃやってられん」と言わんばかりに飲み始めた。酒によって心の傷を癒そうとしたのだ。一度しみついた飲酒癖というのは、なかなかなくならないものである。


「ドル……ユーロ……トルコリラ……ガバス……はっ!」


 めいが目を覚ましたとき、すでに日付は変わっていた。強い日差しが、ガラスを通ってリビングに差している。時計を見ると、時刻は十一時を回っていた。


「あ……今日ひなちゃん来るんじゃん」


 大事なことをすっかり忘れていた。今日は比奈が旅行の相談に来る日だ。めいの新居に比奈が来るのは初めてだから、「駅まで来てくれれば案内するよ」と伝えてある。


「まずいまずいまずい!!! イチゴジャムがドボンしたみそ汁よりまずい!」


 待ち合わせの時間は十一時半だ。間に合わなくはないが、急いで支度をしなければならない。跳ね起きためいは洗顔に着替え、化粧を手早く済ませた。幼馴染が相手とはいえ、久しく会っていなかった相手にすっぴんで会うのはどうも気が引ける。とはいっても、あまり出かける支度に時間をかけてはいられない。


 まだ酔いは抜けきっていない。二日酔いが脳みそをぐるんぐるんに狂わせている。アパートの階段を踏み外しそうになりながら降りると、ふらふら覚束ない足取りで駅まで向かった。


 最寄り駅のホームにたどり着いためいは、アッシュブラウンの髪をセミロングにしている一人の女性が、改札から出てくるのを見た。このこざっぱりとした美人こそ、幼馴染の渡辺比奈である。


「あー……ひなちゃん?」

「めいちゃん! 久しぶり」


 久方ぶりの再会であった。駆け寄ろうとしためいであったが、脚がもつれ、大きくよろけてしまった。あわや転倒、というところでめいの体を抱きかかえたのは、改札を出た比奈であった。


「だ、大丈夫? すっごく顔青いけど……?」


 ――あー……やってしまった……


 めいは昨日の飲酒をひどく後悔した。旧友にこんな醜態を晒した挙句、いらぬ心配をかけてしまうとは……自己嫌悪の念が、もくもくと心を覆い始める。


 その後、めいは何とか自分の足で立って歩き、比奈を自分の住む古びた安アパートに案内した。部屋に比奈を通した後で、めいは「缶を片づけておけばよかった」と悔やんだ。せっかく幼馴染と再会したのに、悔やんでばっかりだ。それもこれも、浴びるように飲んでいた昨日の自分が悪い。


「あのさぁ……めいちゃん、本当に大丈夫? 久しぶりでお小言みたいなこと言いたくないけど……お酒飲みすぎじゃない?」


 その一言は、まさしく図星だった。はたから見て、この飲酒癖は異常なのだ。


「ごめんなしゃい……実は仕事がつらくてお酒に逃げてたらこんなことに……前の会社、やしゅみも少ないし……毎日残業残業で……」


 めいはろれつの回らぬ舌で、前職でのつらい思い出をとうとうと語って聞かせた。サービス残業、休日出勤、パワハラ、理不尽な客……酒が入っているにも関わらず、いやむしろ酒が入っているからなのか、めいはすらすらと思い出を吐き出すことができた。


「そう……色々大変だったんだねめいちゃん……」


 比奈は沈痛な面持ちで聞いていた。語り終わった後で、めいは「しまった」と悔やんだ。酒のことで心配させて、その上延々と愚痴を聞かせてどうするのか。これでは心配に心配を重ねているようなものだ……


 結局その日は旅行の相談どころではなかった。比奈は久しぶりに会った旧友の変貌ぶりに心を痛めたのか、散乱したビール缶を片づけてくれたり、近くのスーパーで足りない日用品を買ってきてくれたり、おかゆを作ったりしてくれた。外食以外では他人の作った飯など久しく食べていなかっためいは、旧友に感謝の意を告げると、臆面もなくがっついた。


 九時を回った頃、めいは比奈を駅まで送るべく、鮫死森荘から駅までの道を比奈と歩いていた。この日は天気が悪く、夜の風は涼しいというより肌寒いぐらいだった。


「今日はほんと……ごめんね」

「いいよめいちゃん。何かあったら、いつでも相談してね」


 比奈の優しい言葉に、めいは目が潤むのを感じた。酔いはまだ少し残っていて、何となく頭がぼんやりしている。だが心配をかけまいと、さっき「もうすっかり良くなったよ。比奈ちゃんのおかげ」なんて言ってしまった。

 本当に、いい友を持った。私には過ぎた女だ……めいは改めて思った。


 二人は丁字路を右に曲がった。すると、その先に何か、妙に大きな動物がいた。


「ん……?」


 めいは目を細めて、その白っぽい動物を見てみた。野良猫一匹いないこの住宅街に獣の姿は明らかに場違いだ。しかもそれは、タヌキやハクビシンなどとは桁違いの体格を誇っている。

 獣は街頭に白い毛を照らされながら、四つ足でのしのし歩いてくる。こんな場所にいるはずもない獣の登場に、めいははっと息を飲んだ。


「え……何コレ……シロクマ?」

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