第30話 寝取られの傷はあまりに深い。


 この時点で、扉の向こうの女が何をしに来たのかはだいたい予測がつく。


 武春およびイレインの記事によって不利益を被った女が、怒りの凸をしにきらんだろう。

 この冒険都市には、そんなやつ腐る程いる。実際に土の下で腐ってる奴もいるだろうが、そいつらがアンデットになって襲って来そうなくらいのことを、この出版社はやっているんだ。


「はいはい、ちょっと待って。今手が離せなくってね」


 この状況にも、イレインは落ち着き切っている。裸足になって足の爪の手入れを始めた。流石に落ち着きすぎじゃないか? 相当暇なときにやるやつだろ。


「んなの知らないわよ! とっとと開けなさい!」


 扉の先の女の言葉は怒りに満ち満ちていて、このままでは、俺まで一緒に襲われてしまいそうな勢いだった。イレインは、どうするつもりだろうか......。


「......あんっ、こらっ、ダメだっ」


 そのイレインはと言うと、足の爪を臭いながら、やけに色っぽい声を出し始めた。ものすごくシュールな光景だ。


「......ちょっ、え、なに、手が離せなくって、そういうこと?」


 すると、扉の向こうの女の語気が、急激に弱まった。


 どうやらこれが、襲撃に対するイレインの対抗策のようだ。

 扉の先で相手が行為中となったら、日を改めようと思うかもしれないってか......はは、扉の先で性行為、ね。確かに、日を改めたよ、俺も。


 するとイレインが、こちらに目配せをしてくる。邪魔をするなってことだろうか。


 邪魔するつもりなどないとそっぽを向いた時、イレインの下手くそな喘ぎ声と、本気で感じているとわかる、艶かしい女の声が重なった。


 まずい、と思ったときには、もう遅い。


『あっ、あっ、ウィン、気持ちぃっ』


 ここ最近、初めての旅で余裕がなかったおかげでか、思い出さずにすんでいたマリーの嬌声が、耳鳴りのように響く。


「あっ、そこっ、そこっ、奥まで来てるぅ」


「ちょっと!? あんた、職場で何してんのよ!? よくそれで人の浮気とか叩けたわね!?!? て言うかあんたみたいな巨女の奥に届くってどんなもんなのよ!?」


『もっと、もっと激しく! アルのこと、忘れさせて!』


「頼む、やめてくれ......!」

 

 耐えきれなくなって、悲鳴をあげる。イレインは目を丸くしてこちらを見た。そして、なぜかニヤリと笑うと、自分の身体を抱きしめて、モゾモゾと羞恥に身体を蠢かせた。


「だめっ、お願い、見ないでっ」


「......はぁ!?!? 見てないけど!?!? 人を覗き魔扱いしないでくんない!?!? ていうかここの扉立て付け完璧で、一寸の隙間もないから全然見えないし!!」


「いやっ、違うっ、違うのっ、あなたの以外で、感じるわけないのにっ」


「......へっ、何、そういうこと!?!?」


 扉の前の女に遅れて、俺もその意図に気がつく。


 この女、俺の反応を見て、俺を彼氏に見立てて、寝取られプレイのフリを始めやがった......。


 イレインが知ることではないが、それは俺のトラウマを強く刺激する。ウィンとマリーが絡み合うあの光景が、より現実感を持って俺の脳裏に浮かぶんだ。


「イレイン、もういいから」


 歯を食いしばって懇願するが、イレインはより調子付く。


「だめっ、あなたのじゃないのに、感じちゃう、イっちゃうの!」


「......やめろ、やめてくれ」


「いや職場でなんちゅうプレイしてんのよぉ!!!」


 その時、強烈なツッコミとともに、扉が蹴破られた。


 勢い余ったツッコミの主は、クルクルと回転し、そのまま俺たちの目の前に勢いよく倒れこむ。甘ったるい香水の匂いが部屋に広がった。

 

 マントとフリフリのスカートがめくれて、丸出しになったケツは、これまたフリフリのパンティが悲鳴をあげているくらいでかい。うつ伏せで潰れた胸は胸で、その女の体から溢れでてしまっているくらいだ。


 ......このドスケベボディ、見覚えがある。


「あんたらねぇ!!!......は!? 何もしてないじゃない!?」


 その女が、顔を上げる。やはり、見覚えがあった。


「......プレ、セア」


 その女は、生涯で俺が一番オカズにしたであろう女、プレセアだった。

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