第29話 圧迫面接。


「週刊武春編集長のイレイン・ホーキンズだ。どうぞよろしく」


 イレインはそう言うと、俺に名刺を差し出した。


 引き摺られやってきたのは、武芸出版の最上階の執務室。


 武春の記者たちが、雑多に集まる大部屋の奥に扉があり、その先には広々とした空間が広がり、仕事机とは別に、足の短い机と、それを挟むようにツヤツヤと光る革張りのソファ。立派な部屋だ。


 そして、ここに来るまでの周りの反応も鑑みるに、どうやら本当に、この女が週刊武春の編集長らしかった。


「それで、一体どんなネタなんだい?」


 イレインは、身を乗り出し、パンツスーツから突き出す尻尾をフリフリさせながら聞いてくる。

 これだけ見ると懐いている犬のようだが、おすわりを命じても聞くどころか噛みつかれそうだ。


「い、いや、だから、ネタも何もないんです」


「ネタのある人間ほど、ネタも何もないと言うんだ!」


「は、はぁ」


 いや、そんなこと絶対ないだろうと思いながらも、今回ばかりは当たりなので強く否定できない。


 参ったな、どう誤魔化したもんか。フリスビーでも投げて取りに行かせているうちに逃げるか......。


「ぁ」

 

 その時、閃いた。女神様からの天啓、と言っても過言じゃないかもしれないくらいの。


 これなら、イレインを納得させると同時に、今の俺の苦悩を、一気に解決できるかもしれない。


 久々に感じた高揚感に、身震いをする。それを悟られないよう、大きく咳払いした。


「......その、実は」


「うんうん」


 俺がおずおずと話し出すと、イレインは身を乗り出して俺の話を聞く体勢になる。


「僕、週刊武春の記者になりたいなって思って」


「......ん?」


 イレインが首をひねるので、俺は横に置いたバックパックから、持ってきていた週刊武春を取り出した。


「僕、昔から週刊武春のファンで、ずっと読んできたんです。それで、いつかこんな素敵な雑誌に関わりたいなって思っていたんです」


「............」


 イレインはと言うと、はたと尻尾を振るのをやめて、ジロジロと舐めるように俺を眺める。


 大丈夫、なはずだ。嘘は決してついていない。古い号もあるので、説得力もあるはずだ。


「......はぁ」


 すると、イレインは深々とため息をついた。


「そうか。それはありがとう」


 そして、どっかりソファーに座り込み、吐き捨てるようにこう言った。どうやら、納得してもらえたようだ。その反応はどうなんだと思いながらも、安堵する。


 我ながら、かなりの名案だ。言い訳として優秀なのはもちろん、もしこのまま週刊誌の記者になったとして、俺からしてみればいいことづくめだ。


 まず、週刊武春の記者になれたら、当然金銭面で助かる。末端の記者などそりゃあ薄給だろうが、もちろんないよりはマシだ。


 それだけじゃない。週刊記者になれば、ざまぁできる機会が、飛躍的に増えるに違いない。


 確かに、武春を読むだけではざまぁできなくなっているのは事実だ。


 しかし、それはあくまで紙面上だけの他人事だったからじゃないか。自らクズ冒険者たちの不正を公然のものにして、その冒険者を罰する協力ができたら、流石にざまぁと思えるはずだ。


 被害者と直接接する機会があれば、今の俺なら感情移入もできるだろう。

 なんなら自ら潜入調査でもして、そのクソ冒険者の直接の被害者になってもいい。マリーとウィンほどではないが、ある程度同じ状況下でざまぁすれば、スキルが発動してなんらおかしくない。


 そして、ざまぁしてステータスを上げながら実績を積み、週刊武春で権力を築いたときは、先ほど考えたように、マリーとウィンが俺に何をしたか、忖度など完全拒否で、武春にデカデカと載せてやればいい。

 

 完璧な作戦だ、と、ぶるりと歓喜に体が震えた。やはり、俺は女神様に


「そう、それじゃあステータス出して」


「......へ?」


 そんな妄想に浸っていたので、唐突にそんなことを言われた時、思わず間抜けな声をあげてしまった。


「ほら、ステータスー。だーしーてー」


 イレインが退屈そうに言うので、俺は咳払いののち、口を開いた。


「いや、その、ステータスとか、関係あるんでしょうか?」


「もちろん。なにせ私たちが扱ってるのは、冒険者のスキャンダルだ。つまり、日常的に冒険者から報復を受ける危険がつきまとうということだ。もちろん記者が襲われた場合、私たちも全力で報復し返すが、いたずらに被害者を増やすのは、私も望んでいない。記者は、ある程度自衛ができるものに限るんだよ」


「......っ」


 まごうことなき正論。事実、ここに来るまでの記者は全員武装していて、皆強そうだった。

 逆にいえば、それなりの実力者ばかりだから、冒険者の街にこんな堂々と出版社を建てることができているんだ。


「ほら、早く」


「............」


 どうしよう、見せるべきか。『ざまぁ(笑)』によって上がったとはいえ、別に大したステータスではない。

 もし採用されるとしたら、『ざまぁ(笑)』のスキルの効果を説明し、無限に強くなれることを理解してもらうことだが......。


 相手は、人のプライバシーなど完全無視の週刊武春だ。こんなレアスキルがあることを知ったら、嬉々として武春に載せてしまうかもしれない。


 俺としては、遠征に出ているらしいあいつらにマルゼンにいることを知られるのはできる限り避けたい。俺がチートスキルを手に入れていることを知ったら、マリーは遠征を抜け出してでも俺を殺しにくるに違いないからだ。


「......すみません、それはちょっと」


 俺がそう言うと、イレインはやれやれと肩を竦める。


「それじゃあ、雇うのは無理だね。まあ、力で私に抵抗できない時点で、大したステータスではないと思うんだがね」


「......はぁ」


 あまりにあっさりと断られてしまった。

 確かに冷静に考えれば、俺みたいなのを雇う理由なんて一つもないわけだけど、期待してしまった分、辛い。


「まあまあ、そう落ち込まずに......っと」


 すると、イレインの小麦色の耳が、ぴくりと動いた。そして、扉の方をちらりと醒めた目で見る。


「やれやれ、面倒なのが来たな」


『ちょっとちょっと! 勝手に入られたら困ります!』


『うっさいんじゃボケ! あんたらだって人のプライベートにズカズカ土足で入り込んでんじゃない!!』


 ヒステリックな女の声がして、バタバタと揉み合うような音が近づいてくる。


「ちょっとイレイン!! 開けなさい!!」


 そして、扉が壊れんばかりに叩かれた。

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