第25話 追放された。


『あっ、ウィン、気持ちぃっ。好きっ、好きっ』


 先ほどまで処女だったマリーは甘ったるい声を上げると、艶めかしく腰をグラインドさせながら、ウィンに顔を近づける。

 最初は、軽く触れるキス。チュッと音を立てながら何度もすると、今度は舌を絡めるキスをする。


『ふぃんっ、うぃ、うぃんっ』


 舌を絡めながら、必死にウィンの名を呼ぶマリー。二人は強く強く抱きしめ合い、そんな様子をガラス玉のような目で見ている俺が見えた時、俺は現実に戻ってきた。


「......ぅぐ」


 蛙が潰れたような悲鳴が、喉の奥から出る。俺のものは、完全にしぼみきっていた。


「......クソ、なんなんだよ」


 こんな風になってしまうのは、初めてじゃない。それどころか、自慰をしようとしたら、毎回こうなってしまう。


 マリーとウィンの不貞を見て以来、少しでも性的な方に意識が向けば、あの日の光景が鮮明に浮かび上がってくるのだ。


 もうそれならいっそ、完全に不能にして欲しかったが、皮肉なことに性欲は健在だ。

 日々悶々としているのに、いざその悶々を解消しとうと思ったら、トラウマで完全に萎えてしまう。


 結果、性欲は俺の身体の中で溜まりに溜まって沈殿し、俺をなんとも言えない後ろ暗い気持ちにさせるのだ。


 我ながら、情けなすぎる。


「......このままじゃ、ダメだ」


 このまま自慰さえできずに鬱々とした日々を過ごしているようでは、そのうちざまぁしたいという気持ちすら消えてしまう気がする。

 それだけは、絶対に嫌だ。あいつらに植え付けられたトラウマは、あいつらにざまぁしなくては解消できないんだ。


 でも、そのざまぁをするためにステータスをあげて最強になりたいってのに、ざまぁができないからステータスが上がらないという悪循環。ああ、ダメに決まってる。


 ......冒険都市マルゼンに、行ってしまおうか。

 

 マルゼンは、あいつら『マイヤー・ファミリー』の本拠地だ。そして、冒険都市と言われるだけあって、多くの冒険者たちが拠点とする都市だ。


 一つ思うのは、先週の記事。無知な村人たちはあの記事に違和感は覚えないかもしれないが、事情に詳しい冒険者たちはそうはいかないだろう。


 いきなりウィンと結婚した平民が、これまたいきなり『マイヤー・ファミリー』の副総長になるのは、ちょっと異例すぎる。


 七貴族のうち一人、女狐と呼ばれる女のように、名家を乗っ取ろうと画策していると思われているかもしれない。


 ウィンの評判だって、悪くなっているはずだ。魔法使いのウィンが剣技の勝負で勝てるわけがないことから、ウィンがマリーを利用して決闘を勝ち抜いたことさえ、事情に詳しい冒険者たちにはバレているかもしれない。実際、ウィンはそのことを気にしていた。


 ウィンの懸念通り、あいつらへのヘイトが溜まっているのを目撃できたら、きっとざまぁできるはずなんだ。


 ......気になるといえば、冒険都市までの道中。


 冒険都市マルゼンに行くには、俺がいつもヒカ○ンにお使いを頼んでいるイスラ町まで行って、その近郊に流れるローム川から、船に揺られて行くのが一番速い。


 しかし、ここからイスラ町までは、馬車も出ていない。結界もない道を、徒歩で移動しなくてはいけないのだ。


 一応、道中の魔物対策は考えている。村に落ちていたグリフォンの羽だ。


 魔物は大抵の場合、人間よりよほど警戒心が強い。特に自分を捕食する自分より強い魔物への恐怖は、やつらの生存本能に深く刻み込まれている。


 その臭いがついているグリフォンの羽を持っていれば、まず魔物からは襲われないはずだ。実際、ダンジョンの奥に用事がある場合など、無用な戦闘を避けたい時は、強い魔物の臭いが染み込んだものを持っていく冒険者は多いらしい。


 一応布で包んで臭いが飛びにくいようにしているが、それでもなるべく早めに出発した方がいいに決まっている。


 盗賊は......まあ、お金を渡すしかない。幸運なことに、少ない貯金は毎週武春を買うためにつぎ込んでしまったので、奪われようがない。ステータスを見たら奴隷としても役に立たないと、逃げしてもらえるかもしれない。


 ......やはり、懸念は、あのクソ女、マリーだ。


 あいつは自分が不倫したくせに、俺の方が悪いなんてことを言ってきて、俺に穴を開けるような女だ。

 次あいつに見つかった時、今度こそ俺を殺すかもしれない。そして、その殺人を正当化するだけの権力が、今のあいつにはある。


 ......だけど、危険なのは、ここに留まっていても同じことだ。いつグリフォンが上空に現れて、俺を啄むかもわからない。それを恐れた村人が、先に俺を殺す可能性だってある。


 そう考えたら、この村を出たほうが安全なんじゃないか......。


 その時、勢いよく扉が開かれた。


「アルくん、大変よっ...てもう、また朝からオ○ニーしてるの?」


「......ババアノックしろや!!!!」


 毛布をババアに投げつけるか股間を隠すかで迷い、すんでのところで股間を隠した。


 ババアはというと、気持ち悪いくらいあざとく、ぷくっと頬を膨らませる。

 

「もうっ、そうやってオ○ニーばっかりしてたら、本番でうまくいかなくなっちゃうわよ。あ、だから、マリーちゃんにも振られちゃったんじゃない?」


「おい、黙れよ......」


 このババア、マジでありえない。どうやったらここまでノンデリになれるんだ。もはや、怒りを通り越して羨ましさすら覚える。


「パパも威勢がいい割に、いざ本番になるとふにゃってしちゃうのよ。だから私が元カレとのプレイの内容を」


「黙れ。それで何の用だ?」


 その用とやらが終わり次第出ていってやろうと固く誓いながら、聞く。


 すると、ババアは眉根を下げて、気まずそうにもごもごし始めた。


 人の自慰の最中に入っておきながら、今頃何をためらうことがあるんだ。最後の最後まで、こいつにはイライラさせられるな。


 すると、階段をドタドタ乱雑に駆け上る音がして、ババアがわたわた慌て出すので、だいたい来訪者の予想がついた。


「アル、邪魔するぜ」


 やはり、ババアの後ろに現れたのはスラーリオだった。


 三日前、娘を失ってトチ狂ったのか、村長はスラーリオを次期村長に指名し、自分は家に引きこもるようになった。村長がああなってしまった今、この村の実権はスラーリオが握っているのだ。


 スラーリオはババアを押しのけると、醒め切ったで俺を見下ろしこう言った。


「お前を、この村から追放することにした」


 どうやら、俺が決断する必要もなかったようだ。

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