第44話 成金は金の使い方がわかっていない。


 俺とプレセアが偽恋人として暮らしていたあの家は、何と美人局用にわざわざ借りているものらしい。通りで、プレセアの服装のセンスと、家のセンスが乖離していたわけだ。

 しかし、美人局用の家とはな。この情報だけでも武春に売ったらそれなりに稼げそうだ......武春に売り込めたら、の話だが。


 そんな美人局用の家と比較すると、ここは規模感が違う。


 ここは、バルムングがパーティとして保有する、バルムングの本拠地なのだ。


 数多あるパーティの中で、この都市に本拠地を持てているという時点で、一流パーティといっても過言じゃない。


 バルムングの、冒険者パーティとしてのランクは”C”。

  

 決してトップクラスのパーティとは言えないが、女冒険者を使って稼いでいる額、という点では、トップクラスのパーティと比べても遜色ないだろう。


 その資金力を使って立てられたバルムングの本拠地は、Aランクのパーティと比べても遜色ないほど巨大だ。


 しかし、見た目で金が稼げるような女と、その奴隷しか所属していないので、団員数は他の大規模パーティと比べ多くはない。


 団員数に見合わない巨大な本拠は、普段はあまり使われていないところがたくさんある。使われない建物はすぐに痛むので、定期的に手入れしなくてはいけないわけだ。


 その管理が、バルムングの奴隷になった俺の仕事の一つである。


 この東洋風の建物なんかは、一時期の東洋ブームに乗っかって建てたらしいが、品性のかけらもないバルムングの連中にはこの良さが理解できなかったようだ。


 障子が張り巡らされた正方形の部屋を取り囲むように作られた廊下は、ギシギシ嫌な音を立て、いつ抜けてもおかしくない。

 一流の職人に作らせただろう庭は、ぼうぼうと雑草が生い茂っていた。


 ちょうど今、腐りかけの廊下を雑巾がけしているところだ。

 馬鹿どもとは違い、風情を感じることができる俺には、むしろこの廃れた侘しさがいい。吹いてくる風も、なんだか違う気がする。


 奴隷にされて一週間。一息をつける、唯一の瞬間だ。

 

「おい奴隷! 早漏のくせになにトロトロしてんのよ!」


 ......この女がいないという条件のもとで、の話だが。


 膝をついて床掃除する俺の上に、馬乗りになっているのはプレセアだ。

 プレセアが定期的に鎖を引っ張るせいで、定期的に意識が飛ぶ。おかげで、掃除は全く進んでいなかった。


「お前が、上に乗ってなかったら、すぐに終わってるよ」


 息苦しさと怒りに震える声で、答える。


「はぁ!? あんたは奴隷なんだから、私に乗られてナンボでしょ! むしろ感謝しなさいよ!! 大好きな私に乗ってもらえてるんだから! ほら鳴け! ありがとうって鳴きなさいよ!」

 

 そう言って、俺の横っ腹を、馬にやるように蹴った。


 たまらず「うっ」と声を上げると、プレセアは「うわっ、もしかしてイッた? ま、スライムに突撃されてイっちゃうようなド変態なんだから、私の蹴りなんてご褒美でしかないわよねぇ」と、何も面白くないことを言って一人大爆笑だ。


 ......武春に垂れ込むだけじゃあ、満足できそうにない。


 こいつとルスランだけは、俺の手でぶっ殺してやる。


「あ、プレセアちゃ〜ん、探したんだよぉ」


 その時、舌足らずで鼻にかかった甘い声がした。

 

 ギシギシ痛む首を動かして見上げると、俺が騙された時にルスランと一緒にいた小人の女が、元気一杯手を振りながらこちらに向かってきていた。


 あの時はそれどころではなく気づかなかったが、こいつはナンシー。プレセアほどではないが、その幼い見た目で、一部の特殊性壁の男から熱狂的な支持を集めている小人族の有名者だ。


 ナンシーは、俺の上に乗るプレセアと俺を交互にみると、純粋無垢な幼女の笑顔を見せる。


「プレセアちゃん、相変わらずスライムくんと仲良いね〜」


「はぁ!? これのどこが仲良いのよこのナイチチ!!」


 プレセアが威嚇すると、ナンシーは一瞬、ぴくりと目元を痙攣させた。

 しかし、すぐに子供の表情を取り戻すと、「やぁん、怖いぃ〜」と、後ろの三人の影に隠れる。あざといモードのプレセアは、この小人を参考にしたんだろうか。


 その三人の男たちはと言うと、デレっと表情を緩めてから、カタキを見る目でプレセアを睨めつけた。

 

「プレセア殿! 凶悪な乳をしているからと言って、言って良いことと悪いことがありますぞ!」


「凶悪な乳でありながら尻まで凶悪、それでありながら腹回りは引き締まっているなど、笑止千万」


「......エッッッッ」


 ......オカズを見る目だったみたいだ。


「......三人とも?」


 ナンシーの覚めた視線にビクッとなった三人は、それでも一度俺の方を羨ましそうな目で見てから、ブンブンと首を振った。


「とっ、ともかく、我々ナンシー親衛隊の前で、ナンシーちゃんに暴言を吐くなど許しませんぞ!」


 三人のうち一人、きっとリーダー格なんだろう長髪丸メガネの男が、ずいっと前に出た。

 

 なぜこいつがリーダー格かわかったかというと、三人の中央に陣取っているというのもあるが、その身にまとっている鎧に、どういう加工をしているのかわからないが、赤と黒のチェックの模様が施されていることから推測した。


 こういうのは大抵、赤がリーダー格と決まっているのだ......そのルールはチェックでも成り立つんだろうか?


 もう一人は、バンダナを細く折りたたみ、額にまいたハゲ男で、鎧の柄は青と黒のチェック柄だ。

 どうせバンダナを巻くんだったらハゲを隠すように巻けばいいと思うんだが、ハゲを隠してると思われたくないタイプのハゲだろうか。


 そして最後は、一人は、縦にも横にもでかい巨漢デブで、黄と黒のチェック鎧の男。黄色はデブと決まっていることから、やはり赤がリーダー格なんだろう。


 まあ、全員絶望的にダサい。チェックの鎧ってなんだよ。需要がこいつら以外にないだろうから、こいつらが特注で頼んだんだろうか。自分でこだわった特注品がダサいのが一番ダサいぞ。


 このオタクたちは、ナンシーの親衛隊を名乗る、バルムング所属の奴隷。武春で書いてあったまんま、ナンシーにガチ恋営業を受けた末、奴隷になった哀れな男たちだ。


 より哀れなのは、自分が哀れな被害者であることを、このオタクたちが全く自覚していないことだ。


「......はっ、よくもまあ、そんなビッチの親衛隊なんてやれるもんだなぁ」


 できる限り嫌味ったらしく言ってやると、四人の視線が一挙に集まった。


 そして、四人してぷるぷる震え始めたが、きっと怒りからくるものではない。


「ふふぉ!!!」


 チェック三人衆が、ブフッと吹き出した。


「す、スライム殿が、我々と同じ言語を喋りましたぞっ」


「スライムで射○したような男が我々と同じ土俵に立とうなど笑止千万(笑)」


「......ウケる」


 オタク三人衆は、腹を抱えて笑い出す。

 ナンシーは、そんな三人を見てぷくっと頬を膨らませた。


「こらこらみんな、そんなに笑ったら、スライムくんがかわいそうだよぉブフォッブフッフフフフギャハッギャハハハハッ」


「............」


 プレセアは、俺が奴隷になった初日には、俺がスライムに発射させられたことを、大々的に広めやがった。


 おかげで俺のニックネームは順当にスライムくんになり、魔物相手に興奮する変態として、同じ奴隷からもいじめられているというのが現状だ。

 おかげで、本来だったら、こいつらを味方につけて、なんとかこの状況を脱しないといけないというのに、話すらろくに聞きやがらない。

 

 ......まぁ、こいつらに関しては、俺がどんな状況だろうが関係ないか。


 普通、望んで奴隷になるような人間はいない。しかし、こいつらは違う。


 この小人アイドルにガチ恋しているこのオタクどもは、ナンシーにお願いされ、進んで奴隷になったのだ。いくらナンシーがルスランに金を貢ぎまくって最終的にルスランの奴隷になったんだと言っても、聞く耳一つ持たない。


 俺からしたら、こいつらは完全なる被害者だ。しかしこいつらはその自覚が一切ない。なんとかして、こいつらの洗脳を解かないといけない......。


 俺はぐぎりと首をひねり、プレセアの顔を見上げながら言った。


「笑ってごまかそうってもそうはいかねぇよ、なぁ、プレセア!」


「......あ、うん、そうそう!」

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