第43話 奴隷生活。
「......うぅぅ」
身体中に釘が打ち付けられたかのような痛みに、うめき声が漏れる。
ガチガチに固まった筋肉を解放しようとのびをすると、ガシャンとつっかかりがあって、できない。俺は最悪の現実を思い出し、再びうめき声をあげた。
檻。それも、全面鉄の棒で囲ったあまりに簡易で、せいぜい中型犬が入れる程度の小さな檻に、俺は詰め込まれていた。
「うーん、むにゃむにゃ......」
俺と違って、快適そうな寝息が、お姫様でも恥ずかしくて寝られないくフリフリで彩られている、天蓋付きのベッドから聞こえて来る。
俺はお姫様を起こすべく、がしゃんがしゃんと檻に体当たりをする。
「うーん、うるさいにゃぁ......」
すると、ふっかふかの掛け布団がもこもこと動き出した。
なんどもなんども檻に体当たりすると、ひょこりと白色の猫耳が現れる。
「......ふわぁ」
続けて、無駄に整った顔が出てくると、顔の半分が口になるくらいの大欠伸をする。
起き上がったプレセアはというと、羨ましくなるくらいのびのびと背伸びをした。ただだえさえぱっつんぱっつんのスライム柄のパジャマのボタンが、今にも弾け飛んでしまいそうだった。
すると、俺の視線に気づいたプレセアが、あくびでむき出しになった八重歯をぎらりと光らせた。
「あんた、朝っぱらからうるっさいわね......これだから盛りついた犬は嫌なのよ。次騒いだら、絶対に去勢するからね」
「......騒いで欲しくないなら、とっとと出してくれ」
俺のこんな小さな檻に閉じ込めたのは、この顔と身体以外全部終わっている女、プレセアだ。
こいつがもっている鍵で開いてもらわないと、この窮屈な生活から抜け出すことができない。こいつは俺を犬というが、犬でも狂うほどの扱いと言っても過言じゃないだろう。
プレセアはベッドからもそもそと出てくると、カーテンを開けて、太陽の光を浴びながらもう一度大きくのびをした。見せつけられているようで、思わず怒鳴りそうになったのを、なんとか耐える。この女のことだ、狙っていやっているに違いない。
プレセアは伸びを終えると、つかつかと俺の方に歩み寄って来る。
やっとこの檻から解放されるのかと、少し喜んでしまう自分が恥ずかしい。
「もう、せっかくつけたのに毎回閉めるの忘れちゃう。あんたもあんたね! ちゃんと忘れてるよってワンワン吠えてくれなきゃ」
しかし、プレセアは檻の鍵を開けるのではなく、側面に付けられたカーテンを勢いよく閉めたのだった。
視界が白く染まり、ただでさえ狭い檻に閉塞感が生まれる。
「お、おい! なんで、出してくれよ!」
「待ちなさい。まずは私が着替えてからでしょ」
衣擦れの音がし始めた。
......プレセアは気づいていないみたいだが、この白いカーテン、少しすけている。
全てを見通すことはできないが、プレセアの下着の色くらいはわかるのだ。もちろんそんなこと、いまはどうだっていい。そんなことより、早く着替えを終わらせてくれ。
その時、ピタリとプレセアの手が止まった。そして、タンタンと足取り軽いステップから、俺の檻を思いっきり蹴り上げたのだ。
「うぎゃっ!?!?」
檻が大きく揺れて、危うく横転するところをバランスを保って回避する。
「うぎゃっ、ですってっ(笑)。生きてるまま茹でられた時のゴブリンみたいねぇ」
「......何すんだよ!!!」
爆笑するプレセアに思わず怒鳴りつけると、もう一度蹴りが飛んでくる。
「なんかエロい視線を感じたからよ! 言ってるでしょ! あんたみたいな弱者男性にエロい目で見られんのが一番ムカつくのよ!!」
「......見てねぇって。カーテン、あるだろうが」
「それじゃあカーテンをエロい目で見てたのね! カーテンに謝って!」
「......何言ってんだお前」
もう一度、檻が蹴られる。かーっぺという音とともに、上から飛んできたのはプレセアの唾だ。本来だったら激怒して当然の扱いに、慣れてきている自分が情けない。
「あんたさ、いい加減自覚したら? あんたはあたしの奴隷なのよ? あんたがあたしに楯突く権利はないの。ほら、カーテンに謝りなさい。あ、ちゃんとさん付けしなさいよ」
......今は、一刻も早くここから出たい。だから、それ以外のことなんてどうだっていい。
「......カーテンさん、どうもすみませんでした」
「うわっ、カーテンに謝ってるぅ。頭おかしい気持ちわるぅい」
プレセアはケラケラと俺を嘲笑いながら着替えを済ませると、「さ、とっとと出なさい」と鍵を開け、檻の扉を開けた。
「......っっっっ」
俺は、芋虫のように檻から這い出て、地面に横たわったまま、ゆっくりゆっくり伸びをした。
縮んでいた筋肉が、ばりばりと音を立てて広がっていくのを感じる。いた、いけど、それ以上の解放感が、やばい......。
「ぐえっ!?!?」
急に首がグイッと上に引っ張られ、喉仏が締め付けられる。
「はい、繋がった。全く、このくらいご主人サマの手を煩わせないでよ」
そういうプレセアが持つのは、太い鎖。
その鎖をたどっていくと、俺の首についている、真っピンク色の首輪に行き着く。
「はい、朝ごはん」
咳き込む俺の前に、皿が置かれる。
皿には、パンがひとつ。その上でプレセアが皮袋を傾けると、腐臭のする牛乳がなみなみ、パンの上に注がれた。
「分かってると思うけど、手を使ったらその時点で去勢だから。犬みたいに、地面に這いつくばって食べなさい」
「......っ」
ルスランとプレセアに騙されて、奴隷になってから一週間。このような扱いを、俺は毎日のように受け続けてきた。
それでわかったのは、これほどの屈辱を受けてなお、マリーとウィンに対する憎しみは、かけらも弱まっていないということだ。
俺は、這いつくばって、びちゃびちゃになったパンをかじる。プレセアの耳障りな高笑いを聞きながら、牛乳の啜り上げた。
この屈辱さえ、あいつらへのざまぁの糧にしてやる。そう心に誓いながら。
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