第40話 ラブラブな新生活。
ぴよぴよ、と、ヒ○キンの下品なものとは違う、どこか品のいい鳥の鳴き声で目覚める。少し開いたガラスで作られた窓から爽やかな風が頬をなで、どこからともなくいい匂いがした。
なかなか爽やかな目覚めだった。しかし、起き上がる気力は湧いてこない。
なにせ、今まで俺が寝ていたものに別の名前をつけなきゃいけないってくらい、今寝ているベッドがふかふかなのだ。
背中の痛みなどとは無縁。こんなものに一度寝転がってしまうと、これから普通のベッドで満足できる身体に戻れるかわからない。
「......んんぅ」
すると、横から悩ましげな声が聞こえ、もぞもぞとベッドよりも柔らかいものが俺の腕に触れた。
そちらを向くと、ぴょこぴょこと動く白い耳があった。
ふわぁっと態とらしいあくびとともに、俺の腕におっぱいを押し付けたプレセアは、きゃるんとあざとく上目遣いで俺を見た。
「おはよ、アルにゃん♡ 寂しかったから、潜り込んじゃった♡」
「......おはよう、プレセアにゃん。俺も寂しかったよ」
朝からこのノリはめちゃくちゃキツいなと内心思いながら、俺もきゃるんった。
⁂
「アルにゃん、あ〜ん♡」
「......あーん」
ヒクヒクひきつる口を開くと、頬を貫かん勢いで匙を突っ込まれる。
あーんは、ババアに散々やられたせいですっかり苦手意識がついてしまっている。もっとも、痙攣の理由はそれだけじゃない。
「アルにゃん、おいしっ?」
プレセアが、あざとく小首を傾げる。俺はため息をこらえて、プレセアに笑いかけた。
「ああうん、美味しいよ」
朝でありながら、机の上に三品ならぶプレセアの手料理、な訳だが......全部、同じものに見える。
そして、形容しがたい味だ。めちゃくちゃまずいってわけじゃないが、全然いしくもない。味はちょっとだけ苦い。食感にはちょっとした不快感があり、臭みもある気がしないでもない。
強いて言うなら、ゴブリンって実はこんな味じゃないかって感じだ。意外とまずくないけど確実な不快感がある、みたいな。これが毎日出るので、マジで憂鬱だ。
「これ、最高級の小麦粉を使って焼いてみたんだー?」
「ああ、うん、美味しいね」
「はい、あーん。これも最高級のお肉を使ってるんだー」
「美味しい、美味しい」
「はい、あーん......これは最高級のゴブリンのスープだよ? 美味しい?」
「おいし......おゔぇっ」
マジでゴブリンだったのかよ。そしてこの中じゃ一番うまかったわ。
スライムに発射させられるという新たなトラウマを作ってから、一週間。今の所、俺は飯の味以外は何一つ不自由のない生活を送っている。
有名者であるプレセアは、このマルゼンに立派な一軒家を持っていた。
その家に、スライムに陵辱されたのち、偽告白を受け入れた俺を招き入れたのだった。
いわゆる、同棲というやつだ。恋人関係になってその日に同棲って、都会の人間はこういうもんなんだろうか。
けど、家もなく、スライムを孕ませただけでは討伐報酬も貰えなかったため金もない俺にとっては、めちゃくちゃ助かる話だ。スライムを孕ませた”だけ”ってことはないな。ある意味勇者でも成し遂げていない偉業だ。
......不自由こそないが、不安はある。
今の所、俺たちは同棲している恋人のフリをしているだけ。
それ以上の発展がない。要は、俺を奴隷にしようとする動きがないのだ。
......いや、動きはあったといえばあったか。
今朝のアレも、プレセアの中では誘惑なんだろう。それ以外にも、俺がお風呂に入っている時に乱入してきたり、夜、大事な部分以外スケスケのネグリジェを着て、寝床にやってきたりした。
しかし、お風呂では、俺が”家政婦ウサギの耳”を持ち込んでいなかったので、ここで誘われては困るとすぐに風呂を飛び出た。戻ってくると、『私、魅力ないんだ......』と風呂に手とカミソリを浸からせていたのでそれどころじゃなかった。
夜は、ベッドに座ったものはいいものの、何もせずに一時間は経過し、しびれを切らした俺が少し動いた瞬間、ぴょんと飛び上がって屋根裏に隠れてしまった。それができるなら、スライムの触手からも逃げれただろう。
どうやら、この檄シコ女はマジで処女のようで、好きでもない男に処女をやることに抵抗があるらしい。
こっちとしても、プレセアと肉体関係になりたいわけじゃないし、こいつが狭義の意味での美人局はハナからやっていなかったことは既にわかってることだ。
だが、男の好意を利用していたのも事実だ。俺をガチ恋させるような言動は既に取れているから、あとは俺を奴隷にしようとしていることがわかる言動さえ録れたら、ちょっと弱いけど、スキャンダルにはなるはずだ。
なのに、なぜ動かない......俺のバカップル演技が、下手なのか?
抜刀こそできるようになったが、やはり女は苦手なままだ。プレセアからしたら、俺はまだどこか他人行儀で、奴隷にできるほど好意を抱かているよう感じないのかもしれない。
「ね、ね、今日、一緒に冒険にいかない?」
ゴブリン味の料理を食べ終えると、プレセアはこんなことを言い出した。
「冒険って......危ないだろ、俺たちじゃあ」
なるべく、あの日のことには触れないようにしている。
スライムに発射させられたことはもちろん、お互いがある程度本性を出してしまった瞬間でもあるからだ。
「うん、でも、行きたいのぉ。ね? お願いっ」
プレセアはいちいち俺の腕に抱きついて、肩に頬ずりしておねだりしてくる。しかし、その瞳は獲物を狙う猫そのものだ。
......何か、狙いがあるのか? 森に誘い込んで、どうする? まさか、また姫効果を狙うつもりか?
......情報が足りなすぎて想像がつかないが、いい加減この停滞状態から抜け出したい。俺を戦力にしたいなら、無用に傷つけたりはしないはずだ。
「プレセアにゃんが、そこまで言うなら!」
「ほんと! やったぁ!」
俺の急速な手のひら返しにも、なんの違和感も覚えなかったようで、プレセアはぴょんと飛び上がって喜んだ。
これだけ喜ぶなら、やはり何か狙いがあるんだろう。提案を受け入れて正解だったか。
......それに、あの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます