第22話 ざまぁしたらステータスアップ①


『天の羽衣よ、このものを優しく包み込み、刻まれた傷を癒し、もう一度立ち上がる活力を与え給え』


 詠唱が聞こえると、視界が緑玉色に染まった。灼熱の伴う痛みが、少し和らいだ気がする。


 ババアは、何も言わない。デリカシーのかけらもないババアさえも、言葉が詰まるくらい、今の俺は無残なのだろう。


「......消えてくれ」


「......アルくん」


 しかし、回復魔法は止まない。叫ぶ気力もなく、されるがままにしていると、やがてババアは、何も言わずに去っていった。


 それからどのくらい、その場に蹲っていただろう。


 グリフォンの声を思い出されるような雷鳴がしたかと思うと、叩きつけるような激しい雨が降り始めた。


「......ははは」


 あまりにも酷すぎて、もはや笑うしかなかった。


 どうやら、マリーの言う通り、ソニア様は俺を罰したくて仕方ないみたいだ。


 それとも、同情して泣いてくれてんのかね.....だとしたら、メンヘラどころか、とんだサイコ女だな。俺をこんな目に合わせてんのは、他ならぬあんたじゃねぇか。


 もう少しまともなステータスだったら、もっとマシなスキルだったら、こんな風には、ならなかったかしれないのに。


 ......違うだろ。悪いのは、俺だ。


 マリーは、俺のことをクズだと言っていた。人のスキャンダルを見てざまぁする俺の性格が、嫌いだったんだ。


 俺が武春でざまぁするのを辞めて、次期村長としてもっと努力していたら、もしかしたらマリーは、俺のことを本気で好きになっていたかもしれない......好きにならなくても、俺をこんな風に裏切ることは、なかったかもしれない。


 ステータスもスキルもクソなのが女神のせいだとしても、それに見合うだけのクソ野郎になったのは、ほかならぬ俺のせいなんだ。

 そんな俺と、ステータスもスキルも完璧で、それに見合うだけの人格者であるウィン、どちらも選べる状況になったら、ウィンを選ぶに決まってる。


 叫びだしたくなるような後悔に、胸を押さえる。


「......なんで俺は、こんなんになっちまったんだ」


 子供の頃は、死んだ父親と同じように、人を守れるような冒険者になりたかった。その頃は、こんな人間じゃなかったんだ。


 でも、親父が死んでからは、剣技を学ぶすべが、この小さな村にはなかった。

 そんな時に、『週刊武春』の存在を知った。読んだら強くなれると、母親に頼み込み買ってもらった。そうだ、最初は純粋に、冒険者に憧れていたんだ。


 九歳になって冒険者としての才能がないとわかっても、バカな俺は夢を捨てきれなかった。努力次第で将来値を伸ばすことができる、なんてデマにも騙されたりして、必死に努力を続けた。


 でも、一年もしたら、夢を持つのも辛くなってきた。その頃、ウィンが冒険者として活躍し始めた。

 最初のうちは喜んでいたが、すぐに後ろ暗い気持ちをウィンに抱くようになった。


 村にいた頃のウィンは臆病で優柔不断で、俺に頼りっぱなしのガキだった。そして何より、冒険者になんてなりたがっていなかった。あの親に無理やり目指させられていただけで、本人は平穏な生活を望んでいたんだ。俺が必死に剣術の訓練をしているのを、ただただ見ていただけだったのに。

 

 そんなウィンが冒険者として名をあげた。俺は、ただの村人のまま。


 その瞬間、冒険者は、憧れではなく嫉妬の対象になってしまったんだ。


「......ああ、やっぱり、このクソステータスのせいだとしか思えねぇよ」


 結局のところ、俺はそういう人間になったんだ。今頃どれだけ後悔しようが、無駄だ。


 そう悟ったら、女神への憎しみが、ふつふつと湧き上がってくる。


 親がシスターと冒険者なのに、身体能力も魔力も与えない、どころか、わざわざご丁寧に腕に刻みつけ、お前には才能はないと突きつけて絶望させるなんて......ほんと、悪趣味な女だよ。


 ......そっちがその気なら、俺にだって考えがある。


 俺は、右手を使って起き上がった。そして、左の手のひらに血文字を書くと、血まみれの左腕に、身分証明ステータスが浮かび上がる。


 『週刊武春』の、ある記事を思い出す。


 自分がなんら価値もない人間であるという現実を突きつけてくるステータスを、切り刻んで出血多量で死ぬ。


 一時期、自分のステータスに絶望した人が、自殺する時にこの死に方をするのが、都会では流行っていたらしい。

 その記事を読んだ時は、マリーのいる自分には無縁のことだと思っていた。


 今の俺には、あまりにふさわしい死に様だ。


 マリーが捨てていった親父の剣を拾って、持ち上げる。


 剣先は、ステータスを描く俺の左腕に向けられた。


「......っ」


 その瞬間、死に対する恐怖に叫び出しそうになった。

 もしかしたら、このまま生きていたら、いつか、いつしか、報われる日がくるんじゃないかと、思ってしまう。

 

 ......違う。そんな日、こない。俺たちの人生は、女神によって決められる。つまり、このステータスが与えられた時点で、俺の人生はクソに決定していたんだ。


 俺は最期に、見たくなくてたまらなかったステータスを見ることにした。そうすれば、なんの躊躇いもなく、自殺できるはずだ......。




                   力

                  5 12

                  持久力

                 12 30

                   走力

                  7 10

                  敏捷力 

                  7 16

                  技術力

                  13 40

                  回復力

                  8 20

                  思考力

                 26 50

                   魔力

                  1 5


                  スキル

                『ざまぁ(笑)』


「......え?」


 ......ステータスが、上がってる?

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