スキル【ざまぁしたらステータスアップ】でざまぁしながら最強になって、俺を裏切ったあいつらにざまぁと言いたい。

蓮池タロウ

第一章 ざまぁが趣味の男に女神様は微笑むのか?

第1話 他人の不幸は蜜の味。


「ブンブンハロー!」


 奇妙な鳴き声に目を覚ますと、シミだらけの天井が視界に入る。


 その中でも大きな茶色のシミは、いいように見れば、二足歩行しているオオカミにも見える。


 子供の頃は、ベッドに寝っ転がってあのシミを見ながら、人狼と戦う妄想を日が暮れるまでしていたものだ。あの頃は純粋だったなぁと、深くため息をついた。


 その拍子にくしゃみをすると、鼻水が飛び出してきたので、俺は安物のベッドから起き上がり、鼻紙で鼻を拭った。


 そして、両開きの窓を開け放つ。


「ブンブンハロー!」


 窓から伸びる止まり棒。そこには、成人の小人族くらいの大きさの鳥がとまっていた。


 全体的にふっくらしていて、顔はおっさん。銅色の体毛はピカピカ光り派手で、喉元がぷっくりと膨らんでいて二重アゴに見えることから、ナリキンという学名がつけられた哀れな鳥だ。


「ヒカ◯ン、ご苦労さん」


 ヒカ◯ンはこくりと頷いた。ナリキンの中でもひときわよく光ってるので、学名から”ヒカ◯ン”と名前をつけたんだけど、なぜだか呼ぶとき緊張しちゃうんだよな。


 ヒカ◯ンは、ぱかりと大きく口を開けた。覗きこむと、喉へと続く穴の手前に、もう一つ、キュッと締まった穴がある。


 俺はその穴に思いっきり手を突っ込んだ。にゅるりとした感触にウヘェとなる。


「キュィェェェェェェ!!!」


 途端、ヒカ○ンが変顔をして奇怪な声をあげる。子供の頃はこの変顔で爆笑してたんだが、今はもう笑えなくなった。年なんて取るもんじゃないな。

 

 この穴は、二重顎にも見える喉元の袋に繋がっていて、こいつらはその袋のなかで自分の卵を育てる。なので袋の中は、卵が割れないよう粘弾性の唾液で満たされているというわけだ。


 割れやすい卵を持ち運ぶのに慣れ、体長は小人族くらいあって、見た目も不味そうなので空の魔物からも襲われにくい。人にも懐くし賢い。


 つまりナリキンは、運び屋にぴったりなのだ。これが、食料にもならないナリキンを、わざわざうちの村が飼っている理由だ。


 欠点といえば、こいつらは自分の袋にプライドを持ってやがるのか、ずた袋を足に括り付けたら不機嫌になって飛んでくれないことくらいか......って。 


「クソ、本屋の親父、なんかで包んどいてくれよ!」


 直で入っていたものを引っ張り出すと、窓の外で唾液を振り払ってから、持ってられないと床に放り投げる。


 飛び去っていくヒカ◯ンを見送ってから窓を閉めると、俺は床に視線を戻した。緑色の唾液の隙間から、ゴシック体が垣間見える。


『週刊武春』


 雑誌。魔道具の発達により紙の生産が容易になった現代だからこそできる形態の本だ。


 『週刊武春』は、その中でもダントツの発行部数を誇る。そんな人気の『週刊武春』も、本屋のないこの村では手に入らない。


 なのでわざわざ隣町の本屋まで、ヒカ◯ンに買いに行ってもらったわけだ。


 定価こそ安いが、税金なんかもかかり、俺のお小遣いじゃ毎冊買うこともできないので、同じ値段だが豪華になりがちな合併号のみ買っている。いつしか、毎冊買える日が来るんだろうか......。


「さてさて......おっ!」


 へばりついていた唾液を手で払うと、表紙のグラビアがあらわになり、俺は思わず声をあげてしまった。


 唾液でふやけていても、彼女の美貌は健在だった。


 彼女は、ふかふかのベッドで仰向けになって、魅力的なエメラルドの瞳でこちらを見ている。


 顔立ちは、その瞳に負けないくらいに綺麗で、頬にかかりながらベッドに垂れる白髪は、多分上質なシルクであろう、純白のシーツがかすむほど艶々と輝いているのが、写真越しにでも伝わってくる。


 その白髪と同じ毛並みの猫耳と尻尾は、本来だったら野生的に感じるはずなのに、気品すらあるのだ。


「......エッッッッ」


 しかし、身体には一切の気品を感じない。


 なにせ、そこはさすが獣人、毛色と同じ白色の水着から、こぼれ落ちんばかりのおっぱいだ。

 なんだよこの乳、人間の男どころか、スライムのオスでも興奮するだろ。スライムにオスメスないけど、ち○こ生えてくるレベルだ。


 それでいてお腹はキュッと引き締まっていて、しかしお尻は期待を裏切らず、周りのシーツがピンと張ってしまうくらいでかい。


 はっきり言って最高だ。どっかの海賊団に入れそう。なんで?


 このドチャシコ女の名は、プレセラ。


 S〜Fでランク付けされる冒険者の中で、D級というそこそこの実力者でありながら、グラビア活動なんて男にシコられるためだけの仕事もやってる猫の獣人だ。


 グラドルとして見てもめちゃくちゃレベル高いのに、これがD級冒険者っていうんだから興奮する......ま、実際のところ、冒険者の方は実質引退してるんだろうけど。命を張るより、こうやって体を張って金を稼ぐ方がよっぽど楽だもんな。 


 もっと見ていたかったが、流石に今日はダメだ。そう意識すると、昨日から、いや、一週間前から俺を支配していた緊張が、再び高まってくる。

 

 俺は気分を変えるため、ページをめくった。

 

 冒頭十ページは、プレセアのグラビアだ。

 めくればめくるほど唾液の被害が少なくなっていき、俺のリビドーも高まっていく。特に女豹のポーズなんかヤバイ。オス猫になっちゃう。


「おっ?」


 四つん這いになろうとしたその時、二人の男女が、立派な一軒家の軒先で、熱烈なキスをしている写真が飛び込んできた。


『好感度ナンバーワン、愛妻家冒険者ケントの、夜のキケンなクエスト!』


「ほぉ......?」


 これは、なかなか期待できそうだぞ......!


 今や、『週刊武春』の一般的なイメージは、低俗なゴシップ誌ってところだろう。


 創刊当初は、今旬の冒険者や、剣術指南、魔法の呪文や最近効果が判明したスキルなど、真面目な記事ばかりだった。


 しかし、ある時から急に、数々の有名冒険者のスキャンダルを暴き出すようになったのだ。


 その記事は、雑誌なんかで世間への露出が増え、好感度も重要になり始めた有名冒険者、略して有名者にとっては、もはや伝説の聖剣並みの威力だ。

 巷じゃ『エクスカリバー砲』なんて呼ばれていたりもする。


 目を皿にして、記事を読む。


 要約すると、普段から愛妻家アピールして仕事クエストをもらってきたケントが、夜な夜な愛人の家(ケントが買い与えたもの)に足を運んでいたらしい。


 この写真は、三時間たっぷり愛人の家で過ごした後、愛人と別れのキスをしたところを激写したもののようだ。


 ......ふふ、ふふふっ。


 俺は思いっきり、鼻から埃くさい空気を吸い込む。そして、こう叫んでやった。


「ざまぁ(笑)!!」


 こいつ、冒険者のくせに好感度で飯食ってる時点でロクでもないのに、卑怯な手で稼いだ金で愛人を囲い込むとか、マジでクソ野郎だな! 

 こんな記事が出たら、好感度で飯を食っているこいつは一気に没落することだろう。ざまぁみろ!


「......ふぅ〜っ」


 変に緊張していた身体から、無駄な力がすっと抜けて行くのを感じた。


 これが、田舎村出身の俺ができる、唯一の娯楽。


 有名冒険者のスキャンダルなんかで『ざまぁ』するのが、月に一回(実際のところ、こんないい記事、月に一回もないけど)の楽しみなのだ。


「......さて」


 神刊になりそうだな、と思いながら、俺は続けてページをめくった。


『特集 弱冠十四歳にしてA級昇格! 天才魔法使い、ボールドウィン・マイヤー』


 しかし、俺の期待は、物の見事に裏切られた。


 すぐにページをめくろうとも思ったが、なんだか逃げている気がして、そのまま手を止める。


 記事のタイトルからもわかるように、なんでも、七代貴族、マイヤー家の長男、ボールドウィン・マイヤーが、十四歳で冒険者としてA級に昇格したらしい。


 その偉業に、絶賛の言葉が並んだ後、人格もその実力に見合ったもので、高ランク冒険者でありながら、お金にもランクポイントにもならない、ちょっとした人助け的クエストでも、ボールドウィン・マイヤーは積極的に受けるらしい。


 魔物避けの結界が弱まりゴブリンに襲われた辺境の村の女の子が、感謝を語るインタビューなどが載せられていた。


 他方、ほかの冒険者が恐れる高難易度のクエストを、避けるような真似もしない。死を恐れ低難易度のクエストばかり受けて日銭を稼ぐ冒険者とは違う、真に勇敢な冒険者である。


 将来彼が領主になるであろうマイヤー領は安泰だ、との文で、記事は締めくくられた。


 ......ケッ。


「あ〜あ、これだから貴族出身の冒険者は嫌なんだよな!」


 悪態が口をついて出るのもしかたない。

 マイヤー家の権力にかかれば、出版社の一つや二つ、簡単に潰せてしまうに違いないからだ。


 有名冒険者相手に果敢に挑みにかかる『週刊武春』といえど、この国の実験を握るとされている七貴族相手には、忖度せざるおえないわけだ。実際、七貴族をボロカス言う記事なんて見たことない。貴族の圧政に飢える子供達がいるってのにだ。


 なんなら、この記事自体全て捏造かもしれない。本当のボールドウィン・マイヤーは、泣き虫で弱っちい男だったはずだ。


 人間、そう簡単に変われるはずもない......ま、俺は随分変わっちまったけど。


「......クソ」


 破り捨てる勢いでページをめくる。


 結局それ以降は、”成人の儀式に向けて、このスキルを取得したら当たり”とか、”魔物に食われた人の魂が、魔物に宿ると言う都市伝説”などの記事で、鬱憤が晴れることはなかった。

 

「......こんな気分で臨むほうが、マリーに失礼だな」


 俺はページを遡り、プレセアのグラビアに戻った。そして、勢いよくズボンを脱ぎ捨てた。


 準備万端になっていた俺のエクスカリバー(ダガー)は、直角にたち伸びている。


 こりゃ、勇者なら抜かねばならない。


 俺はベッドに腰掛け、プレセアのグラビアを太ももに乗っけた。


「ひょっ!?」


 と、にゅるりとした感触に、情けない悲鳴をあげてしまう。どうやら、まだヒ◯キンの唾液が表紙に残っていたらしい。


 ......この、感触。


「これ、もしや使えるんじゃないか?」


 例えば、俺のエクスカリバー(ダガー)に塗って、滑りをよくするとか......いやいや、ヒ○キンの唾液だぞ? 明日にはエクスカリバーがパンパンに腫れ上がってそうだ。なんだそれ不吉すぎる。世界滅びそう。


 ......いや、今日から俺も一人前の男なんだ。ここで引き下がってるようじゃあ男が廃る。やってしまったら最後、男以前に人間として廃る気もするけど。


 俺は床にあるヒ◯キンの唾液を掬い上げ、ひとつ深呼吸する。


 そして、思い切って自分のエクスカリバーに塗りたくった。


「おほっ!?」


 背筋にぞくりと快感が走り、自然と声が漏れる。


 ......おいこれ、めっちゃいいぞ!? 


 これ、絶対に流行る! この国はおろか、中央大陸に激震が走るレベルの大発明だ!! これで俺も大金持ちになれる!! 『週刊武春』だって毎週買えるぞ!!


 無謀な挑戦心が実を結んだわけだ。見たか『週刊武春』! 忖度して無難な記事ばっか書いてないで、俺みたいに危険を冒してみろよ!


 俺は情けない『週刊武春』に本当のエクスカリバー砲ってのを見せつけるため、臨戦態勢をとった、その時。


「アル、朝だよー! 起きてー!」


 はつらつとした声とともに、勢いよく扉が開かれたのだった。

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