吉祥寺

「東京のどこが好きなんですか」


「人が多くて面白いところがある所かな」


なるほどそうかもなと思った。


東京に戻ってきて数日が経った。


今はマッチングアプリで出会った27歳のアパレル店員と井の頭公園を散歩しながら会話をしている。


「人が多いけどそれで良かった事より嫌な事のが多いよね。電車とか時間帯で混み具合変わるし京王線のラッシュの時の急行や特急電車の乗員数120%超えてるし密を避けるとか言ってられないじゃん。それが嫌で30分かけて各駅停車で帰ることあるよ」


最初は敬語で話していたが20文字を超える発言をすると興奮してついタメ語になってなってしまう私の悪癖が出てしまう。


「それって混んでいるから嫌なのであって人が嫌ってことではないじゃん。ウチの言っている人が多いところが好きって事はそういう事じゃないよ」


「確かに蟻が1匹いるだけだと嫌に思わないけど50匹ぐらいたむろしてたら気持ち悪いですもんね」


「そうそう、駅前で座り込んで酒飲んでる人達のこと嫌だなって思うのと同じよ。やってる人達は楽しいだろうし、ウチも飲んでたら楽しいなって思う。でもたむろしているのを見るのは嫌だからウチら人間は集合体恐怖症なんだよ」


「あれ楽しそうですよねグループで飲むの。でも、ご飯てお米の集まりなのに見ると興奮しますよ」


「食べ物は別の話だよ。タピオカとか好きだし。イクラも好き」


「タピオカの店って結構なくなりましたよね。あれってなんでしたっけキャッサバのなんかですよね」


「芋じゃないっけ。確か毒抜きしないと人体に有毒みたいな。コンニャクとかとおんなじだよね」


「詳しいですね」


「テレビで見たんだよね。あんまり覚えてないけど」


テレビで得た知識ってタメになった思うけど二週間もしたらふんわりした知識になってしまう。子供のころに見てた『トリビアの泉』の『明日人に話たくなるトリビア』で得た知識なんて今覚えているものなんてない。なにより、次の日の学校で仕入れたてホヤホヤのトリビアを話すと皆昨日の放送を観ていてドヤ顔で話せた事なんてない。テレビもそうだけど、Twitterで仕入れたタメになる情報やライフハックなどもいいねを押すけど押して満足したのかそのまま知識が抜けていき次の日には忘れてしまう。頭の片隅にさえ残らないのにアカウントのいいね欄に知識が貯蓄されていく。iPhoneにこれ以上知識を与えてどうすんだ。使っている私がポンコツでどうすんだよって思う。


井の頭公園を半周ほどしたところで休憩も兼ねて公園内のカフェにいくことにした。


「こういうどこにでも売ってるようなアイスクリームってハーゲンダッツより高いのに美味しく感じますよね」


「場所や状況で味覚が研ぎ澄まされるんだよ。何食べるかより誰と食べるかが大事なのよ」


「ライブハウスで飲むお酒っていくら薄くても美味しいし音楽とお酒って最高ですよね。良い酔いが続く感じがして好きなんですよね」


「わかる。良いよね、最近ライブ見に行ってないな」


「音楽何聴くんですか」


「椎名林檎と銀杏あと洋楽だとThe Strypesとか良く聴いてたな」


「え?ストライプス聴くの?ストロークスじゃなくて」


「そうそう、知ってるの?」


「昔良く聴いてた。2017年だったかな来日行った。まさか解散するとは思わなかったね」


ストライプスを洋楽の好きなアーティストで最初にあげる人を今まで出会った事がなかった。これだけでこの人を好きになれるかもなんて思ってしまった。


そして、発音が綺麗だなって思った。


「ね、解散するなんて思わなかったよね。外タレは来日した時観にいかないと観ることができないまま死んでしまったら死んでも死にきれないよね」


「そうだよね、oasisは死ぬまでに復活してほしいな。兄弟で揃うところを観てみたい」


「招聘出来るようになるのは何年後になるのかな。それに都内のライブハウスが軒並み閉店してるじゃん。来日したとしたとしてやる場所がないよね」


「スタジオコーストやZEEP東京、台場なくなるのショックすぎるんだけど」


いつの間にか完全にタメ口になっていた。マッチングアプリで会う場合、歳上側からの敬語辞めてタメ口でいいよと提案がない場合にタメ口になるタイミングが分からない。私も進んで提案することはないから人に対して提案してくれとは思わないけど。いつの間にかタメ口になっていましたって方がなんか良くないかな。相手がどう思うかは分からないけど。


15時に初対面を果たしてからもう3時間が経過していた。日の入りまで30分ほどあり。まだ空は明るかった


今月の日の出入りの時間を発表しているサイトがある。


見てみると日の出は日に日に1〜2分間隔で遅くなっていき日の入りはも同間隔で短くなっていく。


数値でも見れるほど夏は終わりに向かっていた。


夏の始まりは気象省が梅雨明けを発表すると同時に夏が開始される。ちなみに、『梅雨明け』って明確な定義がないらしい。


人工的に作られた夏の始まりは夏の終わりを告げてはくれない。


残暑という言葉で夏を延長させてくる。夏が季節の中で一番苦手だ。


暑いし汗が溢れてくる以外でも、夏は何をしても許されるみたいな風潮がある気がして気に食わない。


クリープハイプのラブホテルにも「夏のせいにしたらいい」とある。


大学生の時は夏のせいにしたいと思って夏を楽しんでいたと思う。THE 夏って事がしたかった。


海にも行ったしBBQもしたし花火もした。夏の間のひと時の恋もしたし一夜で終わる恋もあった。


夏を楽しんでいた。全力で楽しもうとしていたし、楽しむことが義務だとすら思っていた。


寄付していないにも関わらず24時間テレビを意味もなく24時間見てやろうとしていた。


生放送に興奮していた。放送事故を望んでいた。


The TIMERSのようになんだこれ面白いことが起きている事件だと目撃者になりたかった。


時代に置いて行かれたくない。最先端でいたいととか考えていた。


実際、何も起こらなかったし24時間テレビを完走しても感動もなかった。


残るのは虚無感と淋しさだった。


人生は劇的に変わらなかったし私の人生はひどく退屈な様にも思えた。


今、思い返してもあの夏を過ごした人は皆疎遠になっていたし連絡先もすでに消えていた。


彼ら彼女らも私と過ごした夏なんて覚えていないだろう。


一回酔った勢いでやった相手の事なんて覚えていないし性欲の吐口として自慰の道具として抱いた彼女の事なんてお互いの記憶から無くした方が良いだろう。


あの時の夏が少しだけ恋しい。


もう人脈もなく友達も彼女もお金もないあの夏の様に楽しむ事なんてできない。


あれ、夏の楽しさって夏休みがあった学生時代がピークで社会に出てからは過去の楽しさを追いかけることしかできないんじゃないか。


そうだ、私って夏が嫌いなんだ。


楽しむ事が正解とされている事への自身と他者からくる脅迫が嫌なんだ。


もうこれ以上。夏って言わないでくれ。


「さっきまで明るかったのに30分くらいでだいぶ暗くなったね。暗くなるのはあっというまなのに暑さはなかなか引かないね。この後、どうしよっか」


歩きながら彼女は問いかけて来た。


公園はもう街灯がないとやや不気味なくらいに暗くなっていた。怖くないのはまだ多くの人が公園にいたからだ。


初めて会ったし、公園デートで今日はお開きだと思っていた私はこの後の予定なんて考えてなかった。


『この後はどうする』と言って来たから彼女は、まだ帰りたくない一緒にいたいのかなと深読みしてしまう。


前置詞として『まだ帰りたくない』か『飲みにいく?』とでも後に付け加えていていてくれたら分かりやすくて良いのにって思う。


所謂、出会い系で出会ったから今日が会うのが最後にすることも容易くできる。電話番号もメールアドレスも知らないため、帰りの電車でブロックしてしまえばもう連絡することも出来ない。


だから、この段階で次会うことはないと確定していたら無駄な出費も時間も浪費することがないからすぐに帰ってほしい。


初対面でお互い写真しか見たこともない人といきなり対面するわけだから、この人違うなって思ったらすぐに解散する様にしたいししてほしい。


正直、会った時にイメージと違うことなんてよくある話だ。体格なんて一瞬で分かる。写真加工もだし加工はしていないにしても光が当たってマスクをしていたら誰だって可愛いしかっこよく映る。マスクを外してあら不思議、一生マスクしていてくれなんて思うこともある。マスクを外して欲しいとお願いすることなんてキスしたい時だけだからやっぱりマスクは基本していて欲しい。マスクが一番化かす事ができる。化粧なんて本当可愛いもんだ。


兎に角、3時間話をして外見も確認できた。これ以上一緒にいても新しい発見はあるのか。基本的に3時間て良い区切りじゃないか


カラオケもスポッチャも漫画喫茶もラブホテルも基本3時間コースが常備されているくらいだしね。3時間で何回戦まで出来るのかな。


『この後どうする』さぁどうしようか。相手の気持ちも分からないから自分の気持ちを優先することにした。


「空いている飲み屋あるかもしれないから飲みにいく?」


内心ドキドキの私、断られたら家でロングの黒ラベルを飲んでハーゲンダッツも食べちゃう。


「いいね。酒飲みたい。どっか空いてるところないか見に行こうか」


「そうだね。駅前に戻ろうか」


マスクの中でニヤニヤを隠し安堵する私。寂しい晩酌を避けられた。ニヤニヤ。良かったマスク最高。


「何食べよっか。嫌いなものある?」


「食べられないものはないけど。嫌いな物は付け合わせの奴らかな。鉄板に乗ってくるメイン以外の見た目の良さだけで採用された色取り取りの野菜とか頼んでいないのに出る漬物や松屋の具なしの味噌汁。あとは、中華でよく乗ってるえびせん。極め付けはお通しで500円もして出てくる酢の物は嫌い。いらない、お通しはお代わり自由キャベツこれ一択」


「脇役の良さを感じなきゃだよ脇役がいるから主役が輝くんだよ。お新香とか美味しいし松屋とすた丼のお味噌汁はお持ち帰りだと付かないんだから得上のサービスだよ優しさだよ。お通しはいらないよお豆腐の時とかあるじゃん。本当もったいないなって思う」


「なんか、メイン以外で食べたくも美味しくないものでお腹満たしてカロリー摂取するの嫌なんですよね。まぁ残すのはもったいないんで全部食べて太るんですけど」


「太ってなくない?」


「少し前に1週間くらい実家帰ってもう5キロ太って帰ってきてお腹パンパンなのよ」


「どれどれ、触らせて。」


腹部を触る手を退けようとして手と手が触れて少しだけドキッとしたけどそのまま手を繋ぐ事に成功した。


特に何も言わないしそのまま握り返してくれたから恋人繋ぎでそのまま歩き出した。恋人繋ぎってもはや前戯だろってくらい興奮する。高校生の頃なんて恋人繋ぎするだけで勃起していた事を思い出すし抱きつく時に少し腰を後ろに引いていた事を思い出した。


「逆に嫌いなものってある?」


「んー強いてあげるから貝類ダメかも。食わず嫌いなんだけど見た目がダメ。カタツムリがこの世の生き物で一番嫌いで貝ってカタツムリとかにそっくりじゃない。中身想像しちゃって食べられない。」


「魚も正面から見るとなかなか気持ち悪いですよ」


「お魚は美味しいじゃん。お刺身とかいいね」


「刺身は美味しいですけど、他好きな食べ物ってなんですか?」


「お肉、お魚あと甘いもの」


「何が好きか聞きましたけど。料理名を聞いたつもりなんですよ。オムライスとか焼き飯とかラーメンとかさ。せめて和食や中華、イタリアンとかで答えて欲しいよね。肉、魚が好きはもうヴィーガンの人が私って野菜とか果物しか食べないっていう時に出る単語であって今ここで肉、魚が聞きたいわけじゃないのよ。あとヴィーガンだっとしたら店選び大変だったから違うって知れてよかったよ」


「なるほど、だったら焼き鳥とか餃子かな。ワシワシ麺の家系や二郎系のラーメン好き。選べって言われたら中華が好きかな」


「二郎系美味しいよね。今度食べにいきましょ。私も餃子好きなんで餃子の店探しましょうか」


「いいね。ラーメン食べたくなってきたな。口がもうワシワシとニンニクを欲しているよ。でも酒飲みたいからまた今度にしよ」


吉祥寺駅北口方面に進み5分ほど歩いた先にあった餃子バルのようなところに入った。


高級そうな佇まいで、餃子屋さんとして王将やダンダダンみたいなダダダダダダダ言っている餃子しか行ったことがないから緊張した。


けれど、彼女が平然と店に入っていくので後ろについて行った。


初めて行くお店は緊張してしまう。一人で基本的に外食しないこともありこういった時も進んで引っ張る甲斐性がないことで自分で嫌になりかけたが年上の女性だからと割り切ることで自己嫌悪を回避した。


「何飲む?ビールかな」


「黒ラベルあるかな」


私が今まで行く居酒屋で黒ラベルが置いているお店に行く事は基本なく、プレモルかドライの二択かなと思っていた。


「ないよ。カールスバーグかヒューガルデンどっちにする?」


「え、なに。シャンディガフ的なやつってこと?」


「いや、カクテル系じゃなくてビールだよ。外国のやつ。」


「ハイネケン、コロナ、バドワイザーとかおけば良いじゃん。何、カール何よ?」


パナマどこよの言い方になってしまった。


「どっちも飲みやすいって言われているやつだから二つ頼みから好みの味の方飲んだらいいよ」


「ありがとう。そうする。後は、もうこういう所あんまり来ないから食べ物任せるよ。なんでも食べられるから適当に頼んじゃって」


店員さんを呼ぶと彼女は2種類のビールと焼き餃子と揚げ餃子、チェリソー、バーニャカウダを注文した。しっかりしてるなと大人なんだなって思ったしハキハキ、パキパキしてて素敵だと思った。


「バーニャカウダって言いたくなるよね。初めて食べるなぁ。イメージはミネストローネのお友達かなって思うんだけどそんな感じ?」


「全然違うよ。食べ物ってことしかあってないよ。野菜だよ。ディップして食べるやつ。


関心しながら写真ないかなと思ってメニューを見たら所1ページ目に餃子1皿700円(税抜き)の表示を見て驚いた。高い。せめて税込であってくれと思ったし。大丈夫かなお金、飲みの席に行くと料金の事を考えてしまうケチな所があるので今日はもうメニューを見ないと誓いメニューを閉じた。バーニャカウダの写真くらい見たらよかった。


「バーニャカウダ。クレームブリュレ。サスティナブル。墾田永年私財法。王政復古の大号令」


「なになに」


「つい言いたくなる言葉を唱えてました」


ビールはすぐに運ばれてきて乾杯をした後二種類とも飲ませてもらい気に入ったヒューガルデンの方をもらった。


「やっぱ、暑い日は酒飲まなきゃねぇ。ウチ、久々にビール飲んだな。お風呂上がりのビールって最高じゃん?今そんな感じ」


「どうでも良いんですけど、基本『お』を付けてお魚とかお風呂って言うのには酒って言うんですね」


「あ、そうだった?意識してなかったな。お魚。お箸あ、そうかも、酒だけなんか酒だな」


「上品だなって思ってたよ流石大人の女性。お布団とかお月様、お便所とかも言ってそうね」


「ウチのことなんだと思ってるの流石に布団、月、お手洗いって言うよ。おを付けなくても便所なんて言わないでしょ。でも君も一人称『私』で珍しいよね。」


「私ってのはたまにいませんか?」


「ウチの周りにプライベートまで私ってしてる人いないかな。俺とかなんじゃないの普通」


「小学校がボクだったんですけど。中学に上がる時にオレにして三年間違和感感じてて高校入学時に私に替えました。そこからはしっくりきたんですよね。だから上品さはないのにやや丁寧さを醸し出してま」


「ラインやでの文章は私だったけどまさか会って話す時まで私とは思わなくて会って驚いた」


「その時言ったら良いのにだいぶ温めてたんですね」


バーニャカウダを筆頭に700円(税抜き)の餃子等料理も来て美味しいけどやっぱり値段には納得がいかない餃子を食べながらお酒のペースもあがっていく。


2杯目は先程彼女が飲んでいたカールスバーグを注文した。彼女は2杯目からは赤ワインを飲んでいた。


色々種類があったが選んでいたのでお酒の知識が豊富である事に理想の女性だななんて考えていたように思う。


「公園でも聞きましたけど、東京の人が多いところと好きな場所ってどんなところなんですか?」


まだ親しくない人とメッセージでやりとりする際に2〜3文で区切って違う話題を話し3球まとめてキャッチボールしている状況になる事がよくある。


実際会った場合でも初対面だと話題がコロコロ変わってしまう。沈黙が怖いから話続けなくてはとの焦りと純粋におしゃべりで言いたいことをすぐ言ってしまう性分な為、何話してたっけ?となる事が多い。


東京について聞いた大事な話の回答がなぁなぁになっていた為改めてほろ酔いとやや親しくなった今もう一度聞いてみたいと思い聞いてみた。


「東京の人口わかる?約1400万人で関東で約4400万人住んでいる。ちなみに関西は約2100万人ね。ちなみにの地元の北海道はあんなに大きいのに約500万人、君の地元は鹿児島だよねちょっと待ってね調べるね。約150万人だってさ。ちなみに東京の面積は45番目の大きさね。数値で言っても実感わかないけどさ、地元では決して会うことはない人が東京にいる。今日もここに来るまでに何人とすれ違ったか分からないじゃん。もう二度と会わない人もまた会う事になる人もいる。将来結婚する人も将来ウチのことを殺す殺人犯と今日電車で隣同士で座っていたかも知れない。そんな出逢いって運命じゃん。運命の人、人生を変えてくれる人ってウチのこれからの人生でいると思うの。一人や二人かも知れないしそれ以上かも知れない。ウチはそんな人と出逢いたいの。確率をあげたいんだよね。今日君と出会えたのも運命じゃん?今のこの時間って幸せな時間だよ。今日生きててよかった。殺されなくてよかったって思えるの。だから東京が好き。」


「私も今幸せだし貴女と会えたの嬉しいよ。確かに東京にいたから会うことが出来たんだもんね。そっか運命か」


「そうだぞだからもっと今を楽しめ青年。酒飲も。お代わりしよっか」


この人は私のことを好きになることはないんだと思った。好きだけど、恋人にはならないようなそんな感じ。こんなことを言う人ってふらっと目の前からいなくなるような気がする。


「ちなみに好きな場所は東京タワーと浅草とあと美術館が沢山あって毎年色々な企画展やってくれる所だね。美味しいスイーツがあるところも外せないね。東京って楽しいんだよ。楽しみが沢山あるところ退屈しないから好き」


「私も東京タワー好きだし美術館とかも好きなんだけどさ、東京って一人で完結して楽しめる所で溢れてると思うんだよね。確かに退屈しないで楽しめて遊ぶ場所に困らないし。実家帰った時に同世代の人達って休みの日に何してるか気になって同級生に聞いてみたんだけど、出掛ける時は地方雑誌やテレビで特集された古民家カフェにドライブがてら行って綺麗な景色を見に行くって流れらしい。それは遊びに行く場所を行き尽くした結果、捻り出したものだと思うのよ。田舎の遊びは『会う』ことが目的なんだよね。一人でカフェとかに行くことも海や滝を見に行くこともあるんだけど、一人で完結は出来ないと思うのよ。人と楽しむ事に全振りしてるイメージ。


東京は、一人で楽しむ為に一人でも大丈夫なように街全体で包み込んでるような。寂しい街だと思うのよね東京って」


酔ってたのかなんか饒舌に話してしまった気がする。


「考えたらそうなのかもしれないね。東京は寂しさを誤魔化して来た人を拒まずに安心させているのかもしれないね。だから、地元に引き上げるときに大した夢とかもないのに東京でしか出来ないって思い込んで夢破れたみたいに思っちゃうのかもね」


彼女のワインはもう5杯目に達していた。


私はお洒落な瓶に入った覚えられない名前がついたカクテルをストローで啜っていた。


「お便所行ってくるね」と鞄を持ってお手洗いに行った彼女を見て。あ、生理なんだと思った。


「純粋な疑問なんだけどさ、ナプキンって多いときでも安心、朝まで蒸れにくいってCMしてるじゃない?あれを見て新しいの出たんだって購買意欲上がるの?」


お手洗いから戻ってきた彼女に聞き質問としては無作法だったかも知れない。不躾ながらと前置きした方が良かったかも。


「いや、ウチはいつも買っているやつあるからCM見ても購買意欲上がらないかも。てかそんな事思って見てたの。あとお手洗いから帰ってきた子に聞くことじゃないよ」


不行儀で怒られるかなと思ったがそんな事はなかった。


それから、出会い系で初手のメッセージで「なんて呼んだらいい?」って聞かれても登録しているハンドルネームで呼んでくれって思うしいきなり本名聞いてきてどう繋がるのかって話やすぐにLINEやInstagramのアカウント教えてくれって言ってくるのも移して意味があるのかなんて出会い系についてのあるあるを語り合った。


話題は尽きなかったしSpotifyのプレイリストを見せ合った。プレイリストを見るのは裸を見られるのと同じくらい恥ずかしい行為であるが酔っているせいにすることが出来た。好きな音楽、映画、本は人に話す時に言うものと自分の中だけに閉じ込めて言いたくないものがある。


音楽はoasisで映画はバックトゥザフューチャー(2)本はノルウェーの森と答える。


趣味の話題は初対面の出会いとしては手軽な話題ではあるけど共通の趣味でなかった場合と全く興味がなかった場合にとてもつまらない物に変わる。


好きな事について語るのは楽しいし気持ちがいい。それがオナニーにかわり射精まで永遠に語られることがある。


聞き手側も初対面だし相手に気を遣いそれなりのサービス精神で相槌を打つ。しかしオナニー初められたら相槌なんて「そうなんですか、そうなんですね。」の2パターンの言い回しだけで良くなるし相手もそれに気が付かない。話している相手のフィニッシュをアルコールを摂取しながら聞き流す時間が続く。


それが嫌いだからあまり趣味、好きなことについては最初はあまり踏み込まないようにしている。意図せず講演会が始まるケースもあるためそれは避けられない。ちなみに男性の方がオナニーを始めサプライズソロトークライブを行う人が多いように思う。


男も女も結局は自分の話がしたい生き物で話し手よりも聞き手が人間関係を良好に設計するには必要なんだと思う。


学生時代にあれだけ聞かされた校長の話も聞くに耐えられなかったし、あれはどう考えても公開オナニーだった。気持ちよかっただろうな。家で家族が話を聞いてくれないからあんなに長くなるんだろうな。可哀想になってきた。でも良く一人で話を続けられるな、オリンピックの開会式でもすごく話をしていた人を思い出した。オリンピックが終わったのがもうだいぶ前のように感じた。


好きな音楽の話をしたり行きたい個展の話をして今度一緒に行こうねと約束が増えていった。


次の約束を取り付けても本当に次があるのかなんて考えるが今は考えない方がいい。


酔っている時に行間を読むことが出来ない。


会って7時間しか経っていない他人の考えている事なんて分からない。


ラストオーダーが来た。いよいよ宴もたけなわになってきましたってやつだ。初めて使った言葉。


ワインとハイボールを1杯ずつ頼んだ。


時間はあっという間だった。恋愛の話が続いていた。


「一目惚れってした事ありますか?」


「昔あったかな。高校生の頃に一目惚れして3年間ずっと好きだった。告白もしなかったしお付き合いすることもなく終わっちゃったけど」


「一目惚れで3年間も片想いしてたってエピソードは思い返すと青春って言い方をしたら美化されるからいいですよね。青春だね」


「そうねぇ、君はないの?」


「そんな青春みたいな事はあまり経験していないな。そもそも一目惚れって本当にあるのかって疑っているタイプなんで外見を見て好きになるなら、街歩いてたら可愛い人や綺麗な人、乳がデカイ人とすれ違うたびに好きになって大変そうだしさ。」


「巨乳が好きなんだね。でも街歩いてて一目惚れってないかも。そもそも歩いててそんなに人の顔見てないし。今マスクつけてて顔分からないし」


「まぁ好きですけど乳ならんでも好きですよ」


牛乳、豆乳、母乳。


「そんな胸に熱い視線向けられても見せないから」


「残念だな。一目惚れって学生のうちまでなのかもしれないですよね。今ってお金とか仕事とかやっぱ気にしちゃうし」


「そうよねぇ、お金持ちでなくてもいいから借金してないかは重要かも」


「あ、私奨学金借りてるから300万くらいの負債を抱えているんですよね」


溜息が出てしまう。


「ウチも奨学金返さなくちゃ40まで毎月大変よね」


彼女も溜息を吐いていた。


トイレに行ってくるねと彼女はポーチを持って向かっていった。


生理って大変だなぁと思った。毎日血が流れると鉄分等はどうなっているんだろうか、しっかり補えているのだろうかと少し心配にもなった。


彼女がいない間に普段は絶対にしないであろう。会計を済ませるということをやってみることにした。


出会い系で会った時に男が払うものだと思っている女が嫌いである。もちろん、私が裕福でお金に困っていないお金配りとかをしてフォロワーを集めているような人であればそんな事は思わないだろう。


しかし、私は現在無職であるしお金は生活費の為に遣いたい。だから、今までは女性と会った時に割り勘や最高全額出してもらっていた。


私が相手より多く支払ったことはない。けど、今回はお酒で気分が上がっていたのか会計を済ませて華麗に決めたいと思った。


店員さんを読んで伝票をもらうと9600円ほどした。思ってるより高かったけどもう後には引けなかった。


支払いが終わり領収書を貰うと外に出て煙草吸ってますと伝え彼女の事を待った。


「ごめん遅くなって、いくらだった?5000円でいい?」


財布を出しながら言ってきた彼女はどのくらいの会計だったか分かってるんだと思った。


「いいよ。大丈夫よ。カードで払ったし現金あまり持ちたくないから。」


財布を出してきたし払う気が見えたからまぁいいっかと思って受け取らなかった。


「じゃあ今度はウチが払うね」


また、次があるか分からない約束が増えた。


そのあとは、少し散歩をして終電でお互い帰った。


家に呼ぼうかとも思ったしホテルにも行きたいと思ったが生理だったしなんとか踏みとどまった。


「今日はありがとう。また遊ぼ!」


と電車に乗って揺られてる間にラインが来ていた。


井の頭線は本当に揺れる。


こんなことなら座るために各駅停車に乗ればよかった。


「ありがとう。また遊ぼう!気をつけてね、おやすみ」


とだけ返した。


そういえば、会ってから一度も名前を呼ばなかったなと思ったし名前で呼んでたら変わったかなとも思った。


帰ってすぐに寝た。お風呂も入らずに寝たのはいつぶりだっただろう。


8月が終わった。


二章の終わり。

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