遠い星

箕田 はる

遠い星

 星が降り注ぐ深夜。

 コウタは決まって、窓を開けて空を見た。

 夜にも関わらず、窓から差し込む光が眩しく、俺はいつも目が覚めてしまっていた。

 コウタの小さな背が影となり、部屋に伸びている。

「おい、また起きてるのか」

 俺は目を擦りながら、コウタの背に声をかける。正直、早く閉めて欲しかった。

「兄ちゃん、見て。凄く綺麗だよ」

 コウタがはしゃぐように、空を指さす。

「あんまり大声出すと、母さんに怒られるぞ」

 俺がそう言って諫めると、コウタがあっと言って、両手で口を覆った。

「早く寝ないと、明日寝坊するからな」

 俺は渋々ながらも、コウタの隣に立った。

 空一面に輝く星が見える。果てしなく遠い場所にあるはずのその物体が、この地球という星に存在を伝えていた。

「分かってるってば。だけど、何だかこうして見てると、懐かしい気持ちになるんだ」

 窓枠に頬杖を突きながら、コウタがうっとりした目で空を見つめる。

「何だか、オジサンみたいこと言うんだな。まだ六年しか生きてないのに、懐かしいも何もないだろ」

 俺が呆れた声を出すも、「僕はもしかしたら、別の星から来たのかもしれない」と言い出した。

「……なに言ってんだよ」

 俺は顔を顰める。

「だって、宇宙にはたくさんの星があるんでしょ? お母さんもよく、僕を川から拾ってきた子だって言うし」

「それは、お前が悪いことした時に、脅しで言ってるだけだろ。本当にそんなはずがないじゃないか」

「本当にそうなのかな」

 コウタは俺の方をじっと見る。俺は気圧されそうになるのを堪えて、「当たり前だろ」と強く出る。

「お前は正真正銘、あの両親の子供だよ。宇宙の本とか、テレビの見過ぎだ。宇宙人なんて、いるわけないだろ」

「いるよっ。絶対に」

 頬を膨らませ、コウタが再び空に視線を戻す。

「じゃあ何で、そう思うんだ? お前は見たことがあるのかよ」

 俺はコウタの横顔を見つめ、問い質す。何の根拠をもってして、そんな事を言うのか気になったからだ。

「だって、僕がそうだから」

 まだそれを言うか、と俺は呆れていた。コウタはどう転んでも、地球人であることは間違いない。

「それなら、他に仲間は? どこにいる」

 コウタが明らかに今考えている風に、うーんと唸る。

「えっと……きっと、どこかにいると思う」

「会ったことはないのか? お前の星はなんて星なんだ?」

 俺が色々聞いたせいか、コウタの目には次第に涙が溜まりだす。まずいと思った時には、「お兄ちゃんのイジワル」と言って、俺を睨んだ。

「何でイジワルなこと言うの? 僕が宇宙人だから?」

「だから、宇宙人じゃないって」

「宇宙人なんだっ」

 コウタが顔を真っ赤にして、とうとう涙をボロボロこぼし出す。

「もう良いよ。分かった。お前は宇宙人だ」

 俺はコウタを抱きしめて、頭を撫でてやる。

「だからもう寝ろ。泣き虫は故郷の恥だぞ」

 コウタの手を引き、ベッドに連れて行く。俺が認めたことで安心したのか、それともたんに眠かったのか。

 コウタは目を擦りながらベッドにもぐり込むと、あっという間に寝息を立て始めた。

 俺はしばらく寝顔を眺めてから、そっと部屋を出る。

 シンと静まり返っている家を出て、真夜中の町を歩いた。

 小さな公園に着くと、煙草の臭いが漂い背広の後ろ姿が目に入る。

「よお」

 俺の気配に気づき、男が振り返る。けだるそうな目で俺を見て、片手を上げた。

「よくそんなもん、吸えるよな。体の機能がぶっ壊れたらどうするんだよ」

「へーきだろ。ある意味、研究に貢献してるってことだし」

 男が肩を竦める。

「そっちも毎日、幼稚な勉強ばっかで辛いんじゃないのか?」

 俺の姿を見て、男が鼻で笑う。十一歳という設定のせいで、体格が幼いのは仕方がないことだった。

「辛いけど、興味深いこともあるからな」

 特に人間の心がどうあるべきなのか、というのを教育しているのが面白い。善悪について、考えるという行為は俺たちの星にはないからだ。

「お前が一緒に住んでる奴、自分を宇宙人だって言ってるんだろ? まさか自分の隣にいるのが、そうだとは思ってもみないだろうな」

 男が煙草を落とし、足で踏みつける。それから、それを拾うと口に入れて呑み込んだ。いくら証拠を残さないという規則であっても、俺には出来そうもない。

「面白い奴もいるもんだな。いっそ、連れて帰るか?」

「やめとけ。役に立たない」

「そうか? 良い実験台になりそうだけど」

「無闇に誘拐したところで、俺たちの存在が疑われるだけだ」

 現に、記憶の削除に失敗した事例もあり、地球人の中で噂が広がりつつあった。

「まぁ、俺たちの仕事じゃないからな。あくまでも、この地球の偵察することだ」

 男が首をゴキゴキ鳴らした。それから空を見上げる。

「遠いな。俺たちの故郷は」

 俺も空を見上げて、「ああ」と同意する。

 まだしばらくは、戻る予定はないはずだ。

「帰りたくなったか?」

 男がニヤニヤとした顔で俺を見る。

「そりゃあ……まぁな」

 そう言いながらも、思い浮かぶのはコウタの顔だった。俺が帰る時には、関わった地球人の全ての記憶が消される。

 コウタの記憶からも、言わずもがなだ。

「俺たちは仕事で来てる。下手な感情は抱くなよ」

 心を読んだかのように、男が俺の肩を叩く。

「分かってる。プロだからな」

 俺はそう言って、男に背を向ける。

 空にある光のどれが、自分の故郷だか分からない。

 だけど今は、不思議と寂しくはなかった。

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