エピローグ
第188話 ジョニーは結論づける。
――俺は帰りの馬車の中で座りながら、頭を下げていた。
俺の前には借金取りが笑顔を浮かべて座っている。圧のある「お前本気でわかってんだろうな?」と言外に言いたそうな笑顔だ。
「それで、ティータさんを置いてきたと?」
「……はい」
「彼女の身柄を引き受けている私に相談もなしに?」
「それは、まあ……あの場での判断というか……」
「なるほど、なるほど。そうですか。ティータさんのために様々な用意をして資金をかけて運んできた私に何もなしでですか」
「本当にすいません!」
場の流れで色々と決めてしまったが、冷静になればとんでもない事をしてしまった。今回に関しては俺の非しかない。
ちゃんと借金取りに相談して、ティータ自身の意思の確認などすれば穏便に話は進んだはずだ。場合によっては揉めるどころか喜んで認めてくれたはずだろうが……まあ、あの場の空気で勝手に全部決めたらそりゃ怒る。なので誠心誠意で謝る他ないのだ。
「……ふぅ……まあいいでしょう。ティータさんの意志であるとは確認が取れていますからね。ならば、最終的な決定という面では変わらないでしょうからね」
「あら、意外と素直に認めるんですのね?」
ラトゥの言葉に借金取りは苦笑して答える。
「怒ったことは仕方ありません。それに、妖精たちとの販路として繋ぐ存在はとても重要です。我々のような人間と根本的に違う存在の妖精と繋がる接点が存在しない。ですが、ティータさんが介して妖精たちとの交渉。しいては商売に繋がるのであれば今後も得なのですよ。丁度こちらには吸血種の方々との交易で度々来る予定もありますからね」
「そういえば、私達とも今後についての話を詰めていきませんとね。はぁ……気が重いですわ」
「ご愁傷様です。では、とりあえず吸血種の皆様が求めている――」
……借金取りは、ラトゥと商売に関する話へと移行していった。
一旦は謝る段階は過ぎたということだろう。そのタイミングを見計らって、ジャバウォックが俺に声をかける。
「ふむ、アレイよ。ティータという半妖精と別れることになったが良かったのか?」
「良かったのかって……どういうことだ?」
「まずはお前自身は納得しているのかを聞こう」
ジャバウォックの疑問。
俺が様々な苦労を重ねてここまで連れてきたティータとの別れについて結論は出ている。
「ああ。ティータの意志を汲んだ上での選択だ。後悔はないよ」
「ふむ。では本題だ。お前の冒険者をする動機の問題はどうなっている?」
「……俺の動機?」
「お前は家族である半妖精を冒険者として危険に飛び込んでいく動機にしていた。だが、それがなくなった以上はアレイ。お前は何を持って冒険者であり続ける」
――そうか。
俺が冒険者を続けていたのは借金の返済。そしてティータのためだった。しかし、ティータの体調が回復して今後の顛末も変わっていく以上は借金の返済という条件は先の見えない目標ではないのだ。
(借金を返したら……俺はどうする?)
冒険者というのは危険が常に付き纏う。
そう、俺は自分の命を掛け金にしてきたが……その必要が無くなったときに、何をするべきか。
「もしも、アレイよ。お前が冒険者を辞めるというのであれば我との契約は終わりだ。召喚獣という契約の中では闘争も条件となっている。お前が戦いを離れる選択を選ぶのであれば力を貸す道理はないのでな」
「……ああ、そうか。そうなるのか」
召喚獣というのは、召喚術士が戦い続けるからこそ契約をする。
何よりも魔力という報酬に関しても、戦いから離れれば支払うことが出来なくなっていくのだ。俺がもしも冒険者を辞めたらどうするのか……気になって、召喚獣を呼び出して聞いていく。
「わ、私は冒険者さんが解除するまでついて行きますよ?」
「!」
バンシーと回復したシェイプシフターの返答は、俺がどういう道を選ぶとしても付いてきてくれるようだ。
……まあ、なんだかんだ長い付き合いだからな。
「アガシオンとグレムリン、お前は?」
「……冒険者を辞めるなら……契約は解除ですかね……魔具との遭遇も減りそう、ですから……」
「召喚術士ガ戦イヲ辞メルナラ、目指シタイ事ガアルカラ俺ハ、オ別レダナ」
アガシオンとグレムリンはその際にはお別れだという。
仕方ないのかもしれない。この二人は拘るものが存在している。道が違えば、契約は解除するしかないだろう。
「そうか……」
――思い返す。
冒険者としての苦労。死にかけた事も何回もあった。
(……とはいえ、面白い出会いも多かったんだよなぁ)
ラトゥもそうだ。ルイたちという友達も出来た。
もしも俺が冒険者を辞めるとしても、きっとその繋がりは消えないはずだ。
(……王都の学院に戻って、ツテを頼って召喚術をメジャーにするために研究職になるって道もあるな)
もはや忘れそうになるが、俺はもともと領主としての勉強をするために王都の学園に通い続けていた。
その時の知り合いを頼り、現状ではマイナーである召喚術を研究するといえば席は用意される可能性が高い。なにせ、冒険者として実績を残している。有用であると判断されれば国で研究をする魔法使いとして老後まで安泰だろう。
(商売をするっていう手もあるな)
借金を返した後に、知り合った奴らを頼って商売に手を出すのもいいかもしれない。
恐らく大変だろう苦労もするだろうが……まあ、それでも危険とは無縁で平和な日々は過ごせるだろう。多分。
(――だけど)
それでも、様々な選択肢が見えても俺の中に納得の出来ないわだかまりのようなものがある。
不思議な事に、俺はもしや――
「さて、召喚術士よ。借金を返し終えたとき……お前はどうするか、聞かせて貰おうか」
……はは、結論は出てしまった。
なんてことはない。俺はただのジョニー……物好きで、酔狂な馬鹿だという事が分かったのだ。
「……俺は――」
「おや、何の話かと思えば借金返済の話ですか?」
と、借金取りが会話に割り込んでくる。
「ああ、ティータも治った以上は治療費も減るから借金の返済の目処も――」
「ははは、アレイさんも面白いことを言いますね」
あははと笑っている借金取り。しかし、目が笑ってない。
……何やら嫌な予感がしてきた。
「まず、前提としてあの屋敷の名義は私の物ですからね。以前の襲撃で破壊された修理費などはありますが……補填として吸血種の里でお詫びの保証金は貰いましたが、それでも全額ではありません。なので、一部返済されきっていない修理費は貸し出し中のアレイさんに請求されます」
「え?」
「契約書にも残してありますよ? まあ保全費用ですね。まあ、それはある程度勉強しても良いですが……それはそうとして、今回のティータさんを置いてきた事によって受けた損害は別料金ですね。旅費とは別計上になりますよ」
「えっ、それは妖精郷との交易で……」
「あっはっは」
借金取りは目どころか、顔が笑っていない。声だけ笑うのはとんでもなく怖い。
「こちらにもティータさんを使うプランはあったのですよね。彼女は貴重な存在ですから、色々と想定していた方法はあったんです。ですが……まあ、置いてくると妖精達と約束をした以上は私は手を出せませんからねぇ? 稼げるのだって、あくまでもアドリブで損をしないってだけですよ?」
「……そ、それはそうだよな」
「ということで、その損害費用に関しては……まあ、未来の稼ぎまで請求するようなアコギな事はしません。なので、請求としてはティータさんを利用するために準備していた計画を中断する場合にかかる損害費用分にしておきますね。まあ、そうですね……このくらいですかね?」
手元でペンでさらさらと金額を書いていく。
そして俺はそれを見て……ひっくり返った。
「アレイさん!?」
「召喚術士サン!?」
返済どころか、金額が更に増えている現実に俺はどうあがいても冒険者から逃れられない事実を理解して力尽きてしまうのだった。
……どこまでも思い通りにさせてくれない現実はなんとも残酷だった。
倒れたアレイから離れて座ったフェレスにジャバウォックは声をかける。
「……ふむ、フェレスよ」
「どうされました? ジャックさん」
「怒っているフリをしているが……楽しそうだな?」
無表情だったフェレスの表情は、その言葉で崩れて堪えきれない笑みを浮かべるような顔を浮かべる。
「分かりますか?」
「我でなければ気付かれまい。しかし、何が楽しいのだ?」
「……アレイさんは、どうにもこうにも。最初からずっとこちらの予想を裏切ってくれましたからね。いつの間にか、彼が何を巻き起こすのか……楽しみになってしまったんですよ。まあ、商売人としても未知の可能性を見せてくれるというのは……心躍るものがありますからね」
心底楽しそうに、倒れて介抱されるアレイを見守るフェレス。
「私の想定に、吸血種との交易までは想定しても妖精郷との交易の可能性などありませんでしたからね。全く……面白いですよ。本当に」
「酔狂だな」
「おや、理解してくれませんか?」
「いや。その気持ちは十分に分かる。アレイのような騒動を巻き起こす者は見ていて飽きぬからな」
ジャバウォックも同意してから、ふと呟く。
「……しかし、そうなればアレイはフェレスが飽きるまで冒険者を続けるしかないのだろうな」
「ええ、まだまだ彼が引退するのは早いですよ。引退して何をするかなんていうのは、その時になって悩んで貰いましょう」
「苦労するな、奴も」
苦笑するジャバウォックも、アレイがまだ楽しませてくれると嬉しそうに目を細めるのだった。
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