第187話 ジョニーとリザルト8
「……っ!? ティータ!」
目が覚める。そこには、俺に抱きかかえられたティータの姿。
そして、目の前にはラトゥとバンシーにアガシオンが俺を心配そうに見守っていた。
「――大丈夫ですの!? アレイさんが、消えたと聞いて心配しましたの!」
「召喚術士さん、ティータちゃんを連れて帰って来れたんですね! 良かった……」
ラトゥとバンシーは俺の帰還を歓迎して言葉をかける一方で、奥にいる『知恵』の妖精とリンは俺たちの帰還に痛ましい表情を浮かべていた。
『そんな……まさか、妖精郷は……? あの少女が帰ってきては、維持をすることは出来ないのだろう! であれば、私は――』
『そうだね。でも、現実だよ。妖精郷は役割を終えたんだ』
『認められるわけがない! それであれば、私は――』
彼女たちは妖精郷というものに存在理由を任せている妖精だった。それはつまり、妖精郷がなくなればその分弱体化をするということに繋がる。
……いや、弱体化というレベルではない。存在理由がなければ、魔力で肉体を維持する妖精は――
『あはは、妖精郷本当に壊しちゃったんだ!』
「ああ、道中とかいろいろと助かったよ。ありがとうな」
『べっつにー? 私はただ、楽しそうだから協力しただけだもん』
俺のことを手伝ってくれた妖精に感謝をすると、そんな風に返される。
……名前を持つ妖精たちの動揺など知らぬとばかりの彼女に思わず聞いてみる。
「……でも、よかったのか? 妖精郷が壊れて」
『知らなーい。ただ、こんな場所にずーっと引きこもって壊れちゃう~って言いながら無理やり繋ぎとめてるような場所ならさっさと壊れたほうがいいじゃない? 楽しく生きるべきなのに、あんな難しい顔して退屈そうにしてる意味なんてないわ』
「お前、凄いな」
なんというか、妖精種らしい妖精だろう。
享楽的であり衝動的。己の感情のままに動き、台無しにすることもあれば何か大きなことにつながることもある。そんなものを体現しているかのような在り方だ。
(……いや、本当の妖精種なのかもな)
妖精郷という小さな世界で生き続けるには、妖精は強かで強欲で……向こう見ずだったのだろう。
『それより、そろそろ起きるわよ? その子』
「……んっ」
「ティータ!? 大丈夫か!?」
「……ああ、んっ……はい。おはよう、ございます。お兄様」
そういって俺を見て笑顔を浮かべる。
「……ティータさんが目を覚ましましたけども……立つことも出来なかったのに、どうやりましたの?」
ラトゥの疑問に、ティータは手に持っている小さな欠片を見せる。
「不思議と……調子はいいです。これのおかげ、ですかね」
真っ白い結晶だ。
それを見たバンシーが驚いた表情を浮かべる。
「……なんですか、それ!? すごい魔力の塊……魔石とは違うような、でも……なんでしょうか? すごい優しい力を感じます」
「あの、私に……くれません……?」
「やるわけないだろ」
魔石を貴重な魔道具とみてそんな風に言い出すアガシオンをバッサリと切り捨てて、ティータを見る。
顔色も赤みがさして、はっきりとした目をしている。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「その魔石のおかげなのか?」
「はい……私の体を支えてくれているんです……こうして、立って歩くのは……久々な気がします」
妖精郷の核で渡されたそれは、おそらく半妖精であるティータのために生み出されたものなのだろう。やっと起き上がれて、人として生きていけるようになったティータ。
そんな彼女は立ち上がり、『知恵』の妖精とリンのところへと歩いていく。
「大丈夫か? 歩けるか?」
「はい……それに、ここは私の力でやらないとだめなんです。ありがとうございます、お兄様」
ラトゥたちは何かわからずティータを見ている。
「どういうことですの、アレイさん? ティータちゃんは……」
「ああ、俺の妹の独り立ちの瞬間みたいなもんだ」
「独り立ち……?」
疑問符を浮かべるラトゥたちを知り目に、ティータは妖精たちが集まり話をしている場所にたどり着く。
「……あの」
『なんだい、妖精郷の核にならなかった半妖精。私たちに恨み言でもあるのかい?』
『知恵』の妖精はどこか棘のある言葉でそう答える。
彼女たちからすれば、核になる話だったはずが裏切られたようなものだ。怯んだような表情を浮かべるが、それでも決して逃げずにまっすぐにティータは妖精たちを見る。
「恨みはありません」
『なら、なんだい? 僕たちはこれから大切な話があるんだ。子供は帰ればいい』
「いいえ。私も……貴方達の今後について協力させてください」
『……はぁ?』
『半妖精が何を言っているの?』
突然のティータの言葉に妖精の誰かがそんな声を上げる。
しかし、『知恵』の妖精だけはまっすぐにティータを見ている。
『その意味を詳しく教えてくれるかい?』
「この場所は、もう妖精郷じゃありません。でも、妖精たちが生きていく場所にはなります。だから、今後は人と……他人と関わる必要があるはずです」
『それは確かにね。でも、君である必要はあるのかい?』
「人と関わるのに、妖精たちだけでは困ることが多いはずです。だから、人に近い私がいると便利なはずです」
『……まあ、確かにね。半妖精でも吸血種よりは近しい』
時間に対する感覚、物に対する感覚、そのズレは大きい。
だが、それを正せる存在がいれば利用される事も減りスムーズに話が進むだろう。
『だけど、意味がわからない。君は幼い、そして義理もない。そんな君が僕たち妖精を手伝う理由はなんだい?』
「頼まれたからです。この欠片を渡してくれた人から」
そう言ってみせると、妖精たちは驚いた表情を見せて動きを止める。
『――それは妖精郷の……あの人の魔石だ。本当に君に託されたんだね。でも、いいのかな?』
「いいのかなって?」
『その魔石があれば、君は普通に生きていけるはずだよ。君を同意の上でも犠牲にしようとした。なら、そんな義理はない。こんな場所まで乗り込んできた君のお兄さんと帰ればいい』
そう言って『知恵』の妖精は俺にそれが本心だろう? と言いたげな視線を向ける。
だが、俺は笑みを浮かべて堂々と受け止める。そしてティータはその言葉に答えた。
「そういう選択肢もあります。でも……そんな選択をして、私は笑顔でお兄様の隣を歩けないです。お兄様はいつだって私のためっていいながら、無茶なことをして……いつだってみんな幸せになるお話をしてくれました。なら、私だってお兄様みたいに幸せに終わる結末を作りたいんです」
『……その程度の理由で?』
「失礼です! 大きな理由です!」
……怒ってるティータを見てちょっと嬉しくなる。
「……あの、ティータさん。少し……変わりました?」
「ああ。妖精郷の核で大喧嘩したからな……ちょっとワガママになったんだよ」
「えぇ……?」
バンシーが聞いておきながら少し引いている。
何してんだコイツって視線を向けられるが、それでも必要なことだった。
「まあ、色々と面倒な出自で動けずにただ、待つだけでつらい日々を過ごしてたたティータだからな……動けて、本当の意味で生きていけるってなってアイツなりに考えているんだ」
――だから、ティータの選択を俺は応援する。
「で、でも、ティータさんのために色々と頑張ってたのに……いいんですか?」
「いいさ。家族なんだからな」
……俺の妹が自分として生きるため。そして、本当の意味でティータを俺の妹として一緒に生きるために。
「――お兄様、お話が終わりました」
「ああ。それで、どうするんだ?」
「……ここに残ります。魔石が安定するかって話もありますし……お兄様の妹として、胸を張って帰りたいですから。妖精郷で、一緒に今後どうするかって話を手伝います」
「ああ、なら一旦お別れだな」
俺までここにいるという選択肢はない。
――まあ、無理を言えばできるだろうが……ティータだってそれは望まないだろう。
「……お兄様、絶対に帰りますから。そのときになったら……いっぱい、いっぱい色んなことをしましょうね」
「ああ。約束してたからな。ピクニックだって、なんだって行ってやる」
そして俺はティータを抱きしめる。
妹と、いずれ一緒に街を歩く日を夢見て。
――そして、ティータと分かれて妖精郷の外へと行くときにふとラトゥが呟く。
「そういえば、アレイさん。フェレスさんとの契約とかは大丈夫なのかしら? 借金の話とか、まだ終わっていない気がしますけども」
「あっ」
色々と忘れていた俺は、これから待ち受ける説得と説明に苦労する未来に頭を抱えるのだった。
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