第186話 ジョニーと脱出と
「お兄様、そろそろです!」
「ああ……やっと繭から出れるのか……助かった、ティータ」
「はい! あと少しですから頑張りましょう!」
ティータに手を引かれて繭から抜け出していく
すでにボロボロになっているが、それを見せないように気を張る。ティータが離れたことで力を失っていたこともあり、来る時よりはマシな状態だ。そして、繭の外に出ると――
「――ザントマン」
「や、お帰り。上手くいったみたいで何よりだよ。でも、召喚術士くんもボロボロだね」
「……お前ほどじゃないさ」
そこには体の端々が千切られ、青い顔をした満身創痍のザントマンが横たわっていた。
挨拶自体はなんてことの無いように言うが、その真っ青な顔色から相当な苦痛を味わっているのが分かる。
「……どうして、ここまでお前がボロボロになったんだ?」
「まあ召喚術士くんが居ない間、やることが無かったからね。この繭に干渉して、何度かこいつらの活動を妨害してたんだよ。とはいえ、ぼくも異物だから抵抗が激しくてさ。このざまだよ」
苦笑するザントマンだが、それがどれだけ俺を助け、そして困難な作業だったのかが良く分かる。
なにせ俺自身があの繭によって精神を削られ続けてきたのだ。あれだけで済んだのは、ここでザントマンが俺を助けてくれたからだと考えれば……。
「お前、どうしてそんなになるまで」
「君の仲間になる時にいったじゃないか。僕の核が砕けても君に仕え続けるってさ。まあ、その範疇だよ」
「……そうか。助かった」
ザントマンが、その言葉に込められた意味は俺が思っていた以上に重かった。
だが、それを謝るのは違う。だから俺はやりきってくれたザントマンを一言労う。
「お前のおかげだ」
「はは、そう言ってもらえると召喚獣冥利に尽きるよ。さてと、それじゃあ……おっと」
立ち上がろうとしたザントマン。
しかし、体を支えるはずだった足がまるで朽ちた木のようにボロボロと崩れていく。
「……流石に無理をしすぎたかぁ」
「大丈夫なのか?」
「うーん、ちょっと難しいかな……まあ、魔力そのものを削られてるからね。少なくとも、また長い時間眠ることになりそうだ……本当に申し訳ないね」
そう言っている最中にも体はボロボロと崩れている。
「お兄様……」
心配そうに俺を見るティータの頭を撫でてから、ザントマンを抱え上げる。
「うわっと……いいのかい? 君だってボロボロじゃないか」
「俺の召喚獣なんだ。それなら俺が持つべきだろ? だからティータ、ここからはなんとかしてみる。心配してくれてありがとうな」
「は、はい」
「……あー、でもこれマズいかもね」
「マズいって何がだ……ん?」
ふと、背後を見ると繭が蠢きながら形を作っていく。
――それは、白い龍のような形を取った。
『返せ』『返せ』『逃がさない』『許さない』『この妖精郷は』『決して』『壊させたりしない』
「あれ、流石になりふり構ってない状態だからねぇ。捕まると、少なくともこの世界から出られないようにされると思うよ」
「やっば! ティータ! 走るぞ!」
「わ、分かりました!」
二人で慌てて走り始める。
俺達を飲み込もうと白龍は呪詛をまき散らしながら俺達に向かってズリズリと体を動かしながら追いかけてくる。それは龍というよりも地を這う蛇のようだ。
「速度はそこまでじゃないが、ちょっと逃げてるだけでもキツいぞ!」
「まあ、現実の身体能力とはそう変わらないし、疲れも感覚として感じるからねぇ。あの龍もどきは成り果てた物が寄り添っているだけだからそこまでの力は持っていない。とはいえ、それでも数百を超える意思が寄り集まっているから、もどきでも龍の姿を取れるってわけだ。うーん、数の暴力ってのは恐ろしいね」
「言ってる場合か!」
冷静なザントマンにツッコミながらひたすらに突っ走っていく。
「というか、ゴールはどこなんだよ!」
「最初に僕らがやってきた場所だね。この世界から無理矢理繋げた入り口だから見たら分かるはずだよ」
「分かった!」
そして俺達は真っ直ぐに走り続ける。
背後から追いかけてくる白龍だが、それでも
「出口が、見えてきました!」
「あそこか!」
徐々に見えてくる。この世界にあって異物とも言える光る井戸のような箇所。そこが俺達がやってきた場所なのだろう。
それを見た瞬間に、背後の白龍が動く速度がさらに早くなる。
『逃がさない』『逃がさない』『逃がさない』『逃げるな』『ここで』『終わりなど』
必死に追い続けてくる白龍の呪詛は、俺達の耳に聞こえ続けている。
しかし、それは徐々に呪いと言うよりも懇願になっていく。
『ああ』『ここは』『理想郷だ』『我々の』『続けてきた』『望みだ』
「お兄様……この人達は……」
「分かってる。分かってるんだ」
自分本位な感情に振り回される存在である妖精。
それが仲間であり家族とも言える妖精達のために犠牲となってまで望んだ場所なのだ。それに賭ける思いも。そして、その執着も。それはきっと、想像も付かないほどに深く切実なものなのだ。
『ああ、だから』『奪わないでくれ』『我々は』『もう』『奪われたくない』『失いたくない』
その繭を構成する白い糸は絡みつこうとしてくる。
触れた糸からは感情が伝わってきた。無念と、憧憬、悲壮。あらゆる感情が俺達を侵食してくる。
「召喚術士くん、取り込まれたらダメだよ!」
必死なザントマンの声。
俺の失った記憶の隙間に、まるで染みこむようにその感情が入り込んでくる。
『分かってくれるだろう』『理解してくれるだろう』『壊れてしまうんだ』『だから』『だから』
「分かるさ」
泣いているようなその声に、俺は答える。奪われる悲しさも、失う辛さも俺は知っている。
その気持ちは理解出来る。それだけ必死だったのだろう。それでも――
「それでも、俺は返してもらうよ。お前達に、妹を奪われたくないから。悪いが、お前達を踏みつけて、先に行く」
結局のところ俺はワガママなのだ。
奪われても、なんだろうとも。それこそ、転生したとしても。自分のこれという物だけは譲らなかった。
だから転生しても俺はずっと変わらず生きてきた。失っても、埋められても決して消えない俺の業だ。だから、こんな所までやってきたんだ。だから、どれだけ共感しても、どれだけ理解しても譲れない。
『――』『ああ』『そうか』『我らも』『奪うことに』『なるのか』『それは』「嫌だな」
そういって、捕まえようとする白龍の勢いが弱まる。
最後に聞こえた声はまるで普通の人のようで、思わず振り向く。そこに居たはずの白龍はボロボロと崩れていって、そこには一人の優しげな顔をした妖精が佇んでいた俺達を見ていた。
「ああ、なら。そうなりたくないから、ここで妖精郷は終わりなのだろう」
その言葉には諦観があった。
――目の前に居る妖精こそが、最初の妖精なのだろう。
「理想郷は既に崩れた。頼めた義理はない。でも、あの娘達を……妖精達を頼んでもいいかな?」
そんなことを言われて、俺が答えようとする前にティータが叫ぶ。
「はい! ……貴方たちの思いは、決して無くしません」
「いいのか?」
「ええ。だって……ここで犠牲にしていいなんて諦めたことを言ったら、お兄様の妹を名乗れませんもの。だって、お兄様はとってもワガママで欲張りで……優しい人ですもの!」
「……まあ、俺の妹なら俺と同じくらい欲張りなのがいいな。」
苦笑しながら答えて、頷く。
その言葉に頷いた妖精は、俺達に何かを投げた。危険な気配がないので受け取る。
「君たちの助けになることを祈ってるよ」
そう言って、消え去った。その瞬間に、世界が音を立てて崩れ始める。
「おおおお!?」
「ああ、核だった人が消えたから崩れてきたね。早く出ないとマズいよ」
「出るぞ、ティータ!」
「は、はい!」
そして俺達は崩れ去る妖精郷の核から脱出するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます