第185話 ジョニーと喧嘩
「ふぐうううううううううう! いやです! はなして、わたし、かえりません! だから、はなしてっ!」
「ダメだ! 帰るぞ! どんだけお前のために動いてると思ってんだ! お前が頑張るとか言ったけどなぁ! そんなの知ったこっちゃねえんだよ!」
「それが嫌だって言ったんです! 私が、ずっとしてもらうだけで、何も出来ないのは嫌なんです!」
無理矢理掴んだ腕を引っ張って繭を出ようとする俺。しかし、それに抵抗してその場に留まろうとするティータ。
あれだけの覚悟を見せていたティータは、必死に俺の腕を離そうと抵抗している。だが、俺を完全に拒絶しきれずに引きずられている。
「こんなのお兄様じゃない! もっといつもは優しくてかっこよくて王子様みたいで! こんなに乱暴なことをする人じゃない!」
「ははは、そう見えてるなら良かった。妹に格好付けたいっていうのは兄としての見栄だからな! 本来は俺なんてこんなもんだよ!」
「聞きたくなかった!」
「ならワガママを言わなけりゃ良かったな!」
思わず笑ってしまいそうになる。ここまで巻き込んだ騒動の末……ラトゥやそのほかの色んな人が犠牲を払ったり、ダメージを受けてきた道中からのなんてことはない。ただの駄々をこねている兄妹喧嘩だ。
格好は付かないが、俺は別に格好を付けてきたわけではない。泥臭い時もあったし、情けない姿だってさらし続けてきたのだ。今更の話だ。
「うううううう! はなして、はーなーしーてー!」
「ダメだって言ってんだろ。帰るぞ」
そうして、ティータも……今は年相応の子供らしい姿を見せて必死に俺に抗議をして抵抗している。
なんだろうか? こんな状況でもそれが嬉しいと思ってしまう。
(……ああ、なんだろうな。これは、そうだ。俺は――)
流されてきた。
見捨てられなかった。
そして、目的にした。
(まったく自分勝手な奴だ)
苦笑する。結局のところ、俺は今の今になるまでティータのことを本気で考えていたとは言えない。
大切な家族だ。一人だけの妹だ。だが、他人に任せて彼女に本気で踏み込むことはしてこなかった。仕方ない部分はあった。だが、それでももっとチャンスはあった。でも、俺は現状でいいと思ってしまった。
「やーだー! かえりません! はなしておにいさま!」
「だから離さないって言ってるだろ!」
ティータは本質的に、活発な少女なのだ。
我が儘を言いたかっただろう。外を駆け回って服を汚したかったのだろう。怒られるようなことをして、怖がりながら逃げたかったのだろう。
でも、それは出来なかった。自分の価値を作られて、求められればその形に成ってしまう半妖精の性質と相まって彼女は深窓のお姫様になった。そうなるべきだと、彼女は小さな部屋に押し込められてしまった。
(でも、それは嫌だったんだな)
目の前でぐずりながら涙目で必死に駄々をこねる少女は、ある意味では今はありのままの姿だ。
だから、これはある意味では――
「やだっ! ばか! ばかおにいさま!」
どこか感慨深い気持ちを持っていた俺に何かを投げつけてきた。
それが思いっきり頭に直撃する。思った以上に痛い。
「いってぇ!? こら、お前何を投げたんだよ!?」
「知らない! あっちいって!」
ついにティータは物を投げ始めた。
……よく見れば、周囲の繭を構成している白い何かをちぎって投げてきてる。拒絶する気持ちが表れているのか、トゲトゲした塊になって俺に直撃している。
「人に向かって投げるなって言われてないのか!」
「いわれてない!」
「なら今言うわ! 投げるな!」
「おにいさまが離してくれないならやだ! いやがることは、やめましょうっていわれたもん! だから、おにいさまが離すまで聞かない!」
「くそ! 正論ばっかり言って! 賢い妹だなぁ!」
しかし、慣れていないティータはずっと投げ続けることもできずにその場に座り込む。
グスグスと泣きながら、話し始める。
「……もう、いやなの……ずっと、ずっと……部屋で寝て……ずっと、迷惑をかけて……」
「そうか」
「みんな、すき……でも、治るかもわからない……なら、妖精になって……お兄様たちと……過ごせるようになるかもしれない方法で、頑張るほうが……ずっといい……それなら、わたしだって……できるもん……」
「……そうだな」
何もできずにただ頼るだけで居たくなかったのだろう。
たとえ確率が低くても……俺たちに、反抗することになったとしても。それでも自分で選んで何かをつかみ取ることができなかったティータにとっては、その選択肢は何よりも魅力的だったと理解できる。
「なあ、ティータ」
ティータへの言葉はシンプルだ。
「俺は、お前と一緒に歩きたい。だから、もうちょっと兄ちゃんに時間をくれないか?」
ティータのわがままも、思いも、感情もすべて飲み込んで。
お姫様であり続けるだけじゃなくて、一緒に歩ける方法がないかを提案する。彼女を抱えて歩くんじゃなくて、一緒に並んで歩けるように。
「……いっしょに?」
「ああ。こうして話が出来た。ティータの気持ちも分かった。でもな、まだ俺たちは試してないこともやってないことも数えきれない程ある。俺はずっとお前に言えなかったんだよ。一緒に頑張れって」
可哀そうな子だと。庇護すべき子だと。
そう決めつけていた。だが、そうじゃない。
「兄ちゃんに我が儘言ってくれ。それ聞いて、俺と一緒に頑張って、んで、ダメだったときは……また考えるか」
「……それ、ぜんぜんなにもかんがえてない……」
「はは、確かにな。でも、そうやってお前と兄妹で居たいんだよ。俺は」
ここで手を放してしまえば俺はこの子と兄妹ではいられない。
だから、俺も我が儘をぶつける。
「ティータ。お前がダメな時は一緒に死んでやる。だから、帰ろうか」
「……おにいさま、死んだらやです……」
「そこは頷いてくれよ」
苦笑する俺だが、ティータの抵抗はなくなっていた。
「……もうちょっとだけ、がんばります」
「そうか」
「でも、一緒に死んでもうれしくないです」
「そりゃそうか」
「だから……やくそく。いっしょに、がんばってくれるって」
そう言って、柔らかく微笑むティータ。
そして俺も笑顔を浮かべて……表情が思わず凍る。
『逃げるな』『ふざけるな』『かえせ』『にがさない』『ちぎるな』『とるな』『うばうな』『かえせ』『なげるな』『逃げるな』『まだ、消えたくない』『うばいかえす』
繭を形成していた白い糸は、逃さないとばかりに俺たちに向かってその食指を伸ばし始める。
俺はティータを抱きかかえて、自分が来た場所へと突っ込んでいく。しかし、
「お兄様!?」
「だい、じょうぶだ!」
ティータを抱えて逃げ出そうとする俺に触れる糸は、俺の意思を削ってきて思わず足が止まる。
今すぐにそこに寝転がって何もかも投げ出したくなるような倦怠感。しかし、ティータに触れている感覚が俺の意思を補充してくれる。おそらく、ティータを失ったことでバランスを欠いているのだ。だから、来た時のような記憶を傷つける真似ができないのだろう。
「ぐっ、はぁ……」
それでも辛いものは辛い。
……ああ、そうか。なら、こうすればいい。そして、ティータに顔を向ける。
「なあ、ティータ」
「え、は、はい」
「今な? 死ぬほど兄ちゃんはキツい。泣きそうなくらいだ。だからさ……歩くのに、手を貸してくれないか?」
「……わたし、が?」
「ああ。助けてくれ」
その言葉に俺の横に立ったティータは、恐る恐る俺の体を支える。
「……お兄様、大丈夫ですか?」
「ああ、ゆっくり歩いてくれ。助かるよ」
ティータを傷つけることは出来ない。繭がティータに危害を加えれば、ティータは不信感を抱く。だからティータの足取りは妨害されない。
何よりも――
「よいしょ、よいしょ……!」
一生懸命になりながら、俺を支えて歩くティータに間違ってない選択をしたと思うのだ。
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