第182話 ジョニーと作戦と

 スプリガンは警戒している。

 己の体を弾け飛ばした旗が、危険な物だと認識しているようでアガシオンを視線に入れて構えている。


「行くぞ!」


 その言葉に、アガシオンは走り出してスプリガンめがけて突進をする。

 旗によって体を壊されたばかりのスプリガンはその突撃を嫌うように横跳びに回避をする。しかし、その巨体は突如として壁に阻まれたかのように弾き飛ばされた。


「そこは、通しません!」


 バンシーに指示をして作らせた壁だ。

 とはいえ、呪いの塊であるスプリガンの体を受け止めたことですぐさま壁は黒く変色して崩壊していく。


「あた、って……!」


 アガシオンは弾かれてバランスを崩したスプリガンに、旗槍のように柄を向けて旗を突き出す。

 しかし、スプリガンは刺さる寸前……己の体のサイズを変化させて子供のようなサイズになる。当然ながら、突き刺そうとしていた場所は何もなくなり空振りとなる。


「しまっ……!」


 スプリガンは地面を蹴ると、己の体をまるで弾丸のように打ち出す。

 その突進を食らったアガシオン……だが、バンシーはとっさにアガシオンを保護するように壁を作っていたことで直撃を防ぐことができた。


「アガシオン! 大丈夫か!?」

「大丈夫、です」


 無事だったことは何よりだ。そして、スプリガンは体のサイズをもう一度大きく変化させていた。

 ……危険なリスクを背負ったが、それでも必要な情報はそろった。


「アガシオン! ど真ん中をぶちぬように投げろ!」

「は、い!」


 旗を掲げて、その槍をアガシオンは――まっすぐに投擲した。

 突然の投擲にスプリガンは驚いたような反応をするが、すぐさまに自分の体のサイズを変化させて小さくなって回避する。先ほどの壁による妨害を考えて、ただ回避するのは邪魔される考えたからだろう。

 そして、予想通りにスプリガンの体は子供のように小さいサイズとなる。


「バンシー! あとは考えなくていい! 本気でいけ!」

「わかりましたっ!」


 そしてバンシーは本気の咆哮を放つ。

 スプリガンを狙ってではない。狙いは『光輝の旗』だ。


「ごほっ! これで……!」


 砕け散った『光輝の旗』。燃える旗まだ完全に消滅はせず破片はスプリガンの体へと降り注ぎ……。


「――GAAAAAAA!!!」


 今まで言葉を発することのなかったスプリガンが、叫びながら苦痛に顔を歪めて身もだえしている。

 『光輝の旗』の効力は旗が燃えきるまでだ。つまりは、あの魔道具の本体は旗の部分にある。そして、破壊された直後であれば効果は残っていると考えた。

 柄を破壊し、その破片に効力が残っているのならスプリガンにダメージを与えられる。


「GI、GU、UUUU!!」


 だが、それだけでは足りない。

 あの巨体の一部を破壊するのに唯一の武器を失うだけでは意味をなさない。

 だから――奴の特性に目を付けた。体を小さくすることは一見メリットだろう。だが、それはつまり当たる場所が多くなるということでもある。


「頭から酸でも被ったような感じだろうな」

「……『光輝の旗』は、燃え尽きて、効果はなくなった……けど」


 しかし、スプリガンは未だに悶えて苦しんでいる。

 いくら武器が消滅しても、食らったダメージが消えるわけではない。そして、俺の目的はスプリガンを完全に沈黙させることではないのだ。


「ティータ!」


 そして祭壇の中央……ティータを眠らせている場所へとたどり着いた。

 『知恵』を名乗る妖精は、俺を見て驚いた表情を見せて拍手をする。


『……やれやれ。スプリガンを倒すなんてねぇ。この結果は予想していなかったけど……まあ、それも今更だね』

「どういう……」


 ――そして、俺の目の前でティータの体は消えてしまう。

 あまりにもあっさりと。


「ティータ!?」

『時間の問題だったからね。さて、これで君の妹は核となった。妖精郷を存続するために必要な太陽となったわけだ』

「うそ、だろ?」


 それは、俺が遅かったのか。

 ティータがすでに失われてしまったという宣告を理解して、俺の膝は崩れ落ちてしまう。


『嘆く必要はないよ。彼女は妖精郷そのものとして生きることになる。安らぎと平穏の中で、永遠に揺り籠として妖精たちを守る存在になったんだ。それこそ、何千年と生きることができるんだよ』

「そんなことは望んでなんか!」

『君の妹さんは同意したんだよ。それでいいってね。そうじゃないと、無理やり核にすることなんてできるわけがないじゃないか』


 ――それは。

 嘘だといいたい。だが、俺はこの妖精を利用した。嘘をつけず、質問に答える性質を。だが、それでも聞かざるを得ない。


「ティータが、望んだのか?」

『僕たちの事情を知って、僕たちが核となってほしいと頼んだ。そして、彼女は同意したんだよ』

「……何か、言って……いたか? 俺に」


 震える声で聞く。


『「ごめんなさい、お兄様……元気になって、一緒に遊びに行きたかったけど……約束、守れなくてごめんなさい」だったかな?』


 ……ああ、いつか約束していた。一緒にピクニックに出かけることを。

 だからティータが核になってもいいと望んだのは事実だと、俺の心は受け止めてしまった。


『さて、ここまでの被害は大きかったけども……まあ、望むものを手に入れたんだ。だから、今なら君たちの帰還を邪魔したりしないよ。なにせ妖精郷のために必要な核を連れてきたのだからね』


 笑顔でいう『知恵』の妖精の顔も目に入らない。

 この世界で頑張ってきた理由が。この世界で、守ってきた理由が消えてしまった。


「――っ!?」


 茫然自失として、真っ白になった俺は不意に痛みを感じる。

 それは、俺の持ってきた召喚符の一枚が燃えるような熱を放っていたことによる痛みだ。


(これは……)


 ふと見れば俺たちについてきた妖精が、言葉を封じられながらも必死に俺の周囲を飛んで何かをアピールしている。

 それは、まだあきらめるなと言いたげな様子だ。


(いや、そうか)


 まだ、失っていないのだ。

 なら、諦めるには早いに決まっている。


『――君、何を』


 そして俺は召喚符を手に取り、その燃えるような熱さを感じながら魔力を込めた――。

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