第183話 ジョニーと、■■■と
「久しぶりだね……って言いたいけど、まったく……召喚術師くんがそんな調子でどうするんだい? 君が諦めたら全部ご破算だろ?」
魔力を込めた瞬間に、視界は真っ白に染まり……目の前には、ザントマンが当然のように座っていた。
アガシオンやシェイプシフターたちと違って戻る気配のなかったザントマンが戻ったことに思わず動揺してしまう。
「……ザント、マン? お前……戻れたのか?」
「んー、説明が難しいんだよね。まあ戻ったわけじゃなくて特殊な状況だって思ってくれたらいいよ」
「そうか……それは残念だけど、それでもこうして喋れて嬉しいよ」
周囲を見渡せば、そこは不思議な空間だ。絵の具を零したように色が流れて空間を形作っていた。
自分がどうやって立っているのかもわからない。ぼんやりとした感覚が常に俺に纏わりついている。
「……それで、ここはどうなってるんだ?
「認識で言うなら夢の世界って言うのが近いかな。この妖精郷を作り出して、そして妖精郷を存続させている彼らが見ている夢だよ。だから、僕はこの場に対しての相性が良かったみたいだね」
「なるほど……だから、ザントマンがこうしてこの場に存在することが出来たって訳か」
「そういうことだね」
ザントマンは眠らせる力を持っている。
偶然だろうが、もしかしたらザントマンも何かしらの新しい力を手に入れられたのかもしれない。だが、それよりも先に俺のピンチのために無理をしてこの場に現れてくれたのだろう。
「……助かる。それで、この世界について分かるか?」
「当然。そのためにやってきたようなものだからね。君の妹さんの場所まで案内する事だって出来るよ」
「なら、ティータの場所にまで案内をしてくれ。手遅れになる前に」
「了解。それじゃあ、こっちだよ。着いてきて」
道もない空間を真っ直ぐ歩き始めるザントマンの後ろを俺も迷わないように後ろを付いていく。
……この空間で歩いていると、まるで自分が溶け出してしまいそうな気分になっていく。
「んー、まあ話でもしようか。黙って二人で歩くのも変だしね」
「……ん? ああ、そうだな」
「さてと……とはいえ、雑談って気分じゃないだろうし……現状の色々を整理しておこうか。召喚術士くんも、それでいいよね?」
「ああ」
「まず、この妖精郷っていうのは魔力で出来た一つの夢の世界みたいなものだね。普通に考えて、現実で魔力が殆どの存在がダンジョンの外で生きていくのに不具合だらけ。あんな風に生きる事は出来ない。それを実現するための箱庭なんだ。まあ、いわば人為的なダンジョンと言ってもいいかな?」
「ダンジョンか……ああ、ジャバウォックとやってる事は同じなのか」
「そうだね。アレに近いことをやってる」
なるほど。そう言われれば納得出来る。
ジャバウォックは自分の望みを果たすため。妖精郷は、妖精達の楽園を作り出すため。それぞれの目的で魔力を使いダンジョンを作り上げたという訳か。
「そして、ここは妖精郷を維持するための意思の空間ってわけだね。なにせ、魔力には意思はないからね。だから、この空間に異物が住み着かないように。そして、妖精達が間違って妖精郷を歪めたり壊さないようにする場所なんだ」
「なるほど……そんな場所にいて問題はないのか?」
「普通はあるね」
「……普通は?」
引っかかって聞いてみると、俺を見ながら興味深そうな顔を浮かべる。
「普通に僕みたいな適正があるわけじゃない召喚術士くんなら……普通はこの空間の意思に飲まれて、そのまま動けなくなるんだけどね。でも、多少は引っ張られてるみたいだけど、普通に喋れて動けるっていうのは凄いことだよ」
「そうなのか?」
「普通は自分じゃない意思とか声が混じると、自己が曖昧になるんだよ。どこまでが自分なのか分からなくて体の動かし方も分からなくなるのに。よっぽど自我が強いのかな?」
「……ああ、そうかもな」
自我の強さでは無く、恐らくそれは俺の前世が原因だ。
前世の記憶があることが、ここで運良く働いているのだろう。他人の声が聞こえてこようが、俺には自分であって自分ではない記憶が残っている。
「とはいえ……感情が鈍い感じがするな。なんというか、ぼんやりする」
「ああ、それは仕方ないよ。溶け出しそうになるところを必死に留めてるけど、影響はあるからね。そのせいでぼんやりしてるんだよ。それでいうと、妖精達ってやけに感情が大げさでしょ? 今の召喚術士くんと同じような感覚を常に味わってるんだよ。そして、感情が希薄化するとそのまま魔力に溶け出して消滅するから感情を大きくしているんだよ。まあ、意識してるわけじゃないだろうけどね?」
「そういう理由があったのか」
そう言われて、妖精達が常にこの感覚を味わっていると思うと少しだけ不憫に感じる。
彼女たちが浮世離れしているのも当然だろう。常に夢を見ながら現実と空想の境も曖昧なままなのだから。
「……っと」
「ザントマン? ……どうしたんだ!?」
ふと見ると、ザントマンの体が欠損している。
驚く俺の前で、ザントマンが手を振ると欠損がまるで無かったかのように消え去った。
「んー、攻撃を受けてるね。妖精郷の意思って奴らも近づいて気付いたのかな? 異物である僕達を排除しようとしてる。まあ、僕がなんとかするから召喚術士くんは気にしないで良いよ。余計なことを考えると、飲まれるかもしれないからね」
「……ああ、分かった。悪いが頼むぞ」
「うん、任されたよ」
ザントマンと別れて、そのまま俺は正面へと真っ直ぐに進んでいく。
世界を構成する絵の具の色が、淡い色から徐々に赤や黄色。まるで敵意を表すように変化していく。
目の前のザントマンの表情は苦しそうに歪み、それでも足を止めない。だから、その意思に答えるために俺は迷わず進んでいく。
「……よしと。ここかな?」
そして辿り着いた場所にあったのは……まるで繭のような何かだ。
白い糸が何重にも絡まって円形のボールのようになっている。
「……なんだこれ?」
「この世界の中心だね。恐らく、この繭を構成している糸は妖精だったものだよ。この中に妹さんはいると思うけど……気をつけた方が良いね。糸は残骸だけども、まだ意思は残っている。きっと、この世界を存続させるために異物である召喚術士くんを排除しようと抵抗してくるよ」
「抵抗……まあ分かった。やることは変わらないさ。それじゃあ、行ってくる」
そして、繭に触れる。
ズブリと。まるで沼に踏み込んだように中に取り込まれていく。しかし、徐々に進むと声が聞こえてきた。
『触るな』『触るな』『帰れ』『我々の物だ』『応報しろ』『奪え』『無くしてしまえ』『消してしまおう』
「……ぐ、ぎっ!?」
繭のような何かから声が聞こえ……神経を直接触られるような不快感と苦痛が俺を襲う。
ズタズタに引き裂かれそうな感覚だが、それでも俺は止まらずに先へと進んでいく。
「ぎっ、ぐ、うううう……!?」
ガリガリと、何かが削られていく。
俺の中に残っている何かが喪失していく。
『来るな』『来るな』『消しているぞ』『ああ、これはなんだ?』『二つある』『これはなんだ?』『分からない』『でもいい』『削り取れ』『消し去れ』
……ああ、そうか。前世の俺の記憶が削られているのだ。
今の俺の意志を守るために。
『来るな』『寄るな』『我々のものだ』『忘れてしまえ』『消えてしまえ』
「……ティー、タ」
――何を考えていた?
『もっと削ろう』『死んでもいい』『殺してしまえ』『全部消してしまおう』
何かを喪失していく。何かが消えた。それは……
ダメだ、思い出せない。失ったことすら思い出せない恐怖はある……だが、それでも目的は忘れていない。
(俺の妹を……助ける)
そして、俺はボロボロになりながら進んでいき……
「……てぃー、た?」
繭の中で包まれるように眠る少女。
おれはティータの元に辿り着いたのだった。
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