第177話 ジョニー達と鬼ごっこ

『さあさあ、アレイ! あと他の子も一緒に逃げるわよ! ふふ、リンは鬼ごっこで逃げた妖精を取り逃したことが無いのよ! 無敗の王者なの! でも、弱ってたるリン相手なら初めて鬼ごっこの勝者になれるかもしれないわね! 楽しみだわ!』

「無敗だって!? それを先に行ってくれ!」


 全力で扉を超えた先を走りながら、俺はそう叫ぶ。

 道は曲がりくねった木々によって作られている。恐らく、この妖精郷の大木の一つに繋がっているのだろう。

 だが、背後からはとんでもない気配が追ってきているのがわかる。


『――さて、悪戯をした悪童を捕まえて仕置をしましょうか』

「召喚術師さぁん! あの人、すごい怒ってませんか!?」

「……そんだけのことを俺と妖精でしたからなぁ」


 彼女からすれば、詭弁とは言え自分の【守護】という立場のプライドを傷つけられたのだ。

 その怒りたるや、もはや止められない程に大きいのだろう。怖くて背後を振り向けない。


「あの状態の彼女に追われると思うと、ゾッとしますわね」

「……あの、召喚術師さん。なんであの人はすぐに追いかけてこないんですかね? あの状態なら、私達が逃げだしてすぐに追いかけてもおかしくないのに」

『それは、多分私とアレイのせいじゃないかしら? だって、あんな揺さぶりをかけたんだもん。立ってるだけでも辛いと思うわよ?』


 なんてことはないように言う妖精。

 背後から感じる気配は立っているだけで辛いような相手が出す気迫ではない。だが、気力だけでは同しようもないダメージがあるのだろう。それは俺たちの命運を繋いでくれているわけだ。


『まあ、リンって頑固でプライドが高いものねぇ。普通の妖精なら泣きながらしばらくは休眠しちゃうわよ。よくやるわねぇ』

「しばらくっていうのは?」

『さあ? まあ、あなた達の感覚で言うなら年単位じゃないかしら。核にダメージを受けるなんて、普通の妖精だったらありえないし』

「……やっぱり、妖精種ってのはぶっ飛んでるんだな」


 年単位で動けなくなるようなダメージを受けても寝ていたら回復するとは。とはいえ、そのレベルのダメージを負っているなら、リンの行動は相当に制限されるはずだ。

 そんな話を聞いてか、一緒に走っているグレムリンが俺に提案をする。


「召喚術師、オレノ道具ハ使ウカ? 弱ッテイルナラ、罠ガ効クカモシレナイ」

「罠か? どんなのがある?」

「爆弾ニ、吊リ罠、他ニモ足止メ程度ナラ、十分ニ出来ルハズノガアル」

「そうか! なら、リンが追ってくるのを遅らせるために――」


 ――落雷のような音と共に、隣で走っていたグレムリンが消し飛んだ。


「……は? グレムリン!?」

「……召喚術師……コレ、ヲ……」


 俺に最後に手渡して送還されるグレムリン。


『やっばっ! 急ぎましょう!』

「アレイさん!」


 妖精とラトゥの言葉に考えるよりも先に足が動く。

 先程までグレムリンが居たはずの場所には魔力で出来た槍が刺さっていた。そして、一瞬でその槍の場所にリンが出現する。


『外しましたか。とはいえ、一つ取ったなら上々』


 リンはまるで自分の辛さなど出さずに、こちらを冷徹な目で見据える。

 その表情は冷酷な狩人のようで、思わず俺は理不尽を嘆く気持ちが声に出てしまう。


「嘘だろ!? あんなのアリか!?」

「あれは、魔力によって武器を作って投擲。そして、その魔力の武器を起点にして転移しましたわね……」

『ひっさびさに見たわね、リンのあの技……ずいぶん昔に、本気で怒らせた妖精たちを懲らしめる時に使ったときくらいしか見たことがないわ』

「……まあ何も言わないでおくが、アレの注意点はあるか!?」


 妖精に聞くと、首を傾げる。


『えーっと、当たらない?』

「そりゃ当然だな! 他には!?」

『まあ、今のリンなら連発はできないだろうから一発一発に集中しておけば大丈夫じゃないかしら。それに、走れないみたいだし』

「わかった! その情報は助かる」


 つまり、通常状態であればあの攻撃を連発しながら転移して、そこから白兵戦であの武器を使って攻撃をしてくるわけか。

 ……化け物だ。しかし、チャンスがある以上は乗り越えるしかない。


(……まず、グレムリンが送還された俺に使えるのはシェイプシフターとバンシー。シェイプシフターの模倣と、バンシーの音の能力を使うなら――)


 脳裏で手持ちの札を考え、そしてリンのことを考える。


(まず、縛りを受けた状態で俺たちを捕まえることしか出来ない……まあ、妖精基準の捕まえるだけど。逆に言えば、明確な戦闘行為はできない。さらに、俺たちの嫌がらせで相当に弱体化してる。こうして、走って逃げている状態の俺たちをすぐに追ってこないのがその証拠だ。ただ、あの投擲による転移が厄介だから――)

「アレイさん!」


 ラトゥの声にとっさに俺は身をかがめる。

 そして、先程まで俺の頭部があった場所をリンの槍が飛来していった。


「……あ、あぶねぇ」

「大丈夫ですの!?」

「ああ、大丈夫だ! なあ、目的地までは後どれくらいなんだ!?」

『えーっと……んー? 分かんない。時間って気にしたことないから。ただ、魔力の感じで場所は分かるよ』

「了解!」


 妖精に細かい時間を聞くのが間違っていた。

 ……とはいえ、そう遠くはないはずだ。リンが時間を気にしていたということは、すでに何かしらの準備に入っている可能性が高い。

 つまり、それだけの時間が用意できる場所にある。


「なら、そう遠くないはずだ!」

『アレイって凄いねー。なんか、すぐに馴染んでるっていうかさ。ねえねえ、また落ち着いたら妖精郷で一緒に観光しない? アレイがいるなら面白そうだし!』

「わかったわかった! 落ち着いたらな!」


 呑気すぎる妖精の言葉に突っ込みながら、必死に走り続ける。

 背後では次なる投擲の準備をしているはずだ。


「バンシー! シェイプシフター!」

「はい!」

「!」


 俺は指示を飛ばす。

 そして、シェイプシフターはすぐに意図を読み取って模倣をした。それは――


『わっ、アレイが二人! すごいすごい!』

「バンシー!」

「分かってます!」


 シェイプシフターは俺の模倣をした。シェイプシフターの能力であれば、一見しても判別など出来ず分からない。

 そして、バンシーに頼んだのは音の操作だ。


「ラトゥ」

「分かっていますわ」

「助かる! 妖精の君は、俺に隠れてるように案内してくれ! リンにバレないように!」

『……ああ、なるほど! 面白いわね! わかったわ』


 そして、俺とシェイプシフターはあえて誤認させるように動く。


(……固まっていたら的は一つ。なら、的を分散させる)


 体調が万全でない以上は、敵が考えるリソースを複雑にする。

 地味な一手ではあるが、これで時間は作れるはずだ!


『――面倒ですね』


 遠くからリンの声が聞こえたような気がし――


「……うおあっ!?」

「なっ!?」

『うっわ! ここまでリンがキレてるの始めてみたかも!』


 まるで、雷雨が如く、背後から魔力に寄って作られた槍が俺たちを狙って放たれる。


「調子が悪いんじゃないのか!?」

『んー、だからそのための体力を回復してたんじゃない?』

「なるほどなっ!」


 そして、俺たちはさらなる猛攻を回避しながら先へと進もうとするのだった。

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