第176話 ジョニーたちと侵入と
歩きながら、俺は妖精にとある質問をしていた。
「なあ、聞きたいんだが……妖精はルールに縛られるんだよな?」
『そうね。妖精っていうのは在り方が曖昧で肉体に縛られない。だから名前だったり、立場だったりに依存するの。言わば、人が食事をしたり吸血種が血を吸うのと同じくらいに必要なことなのよ』
「そうか……なら、こういうのはどうなる?」
そこからした、俺の質問に対して妖精はキョトンとした表情を浮かべる。
……理解をした瞬間に、今までで見た以上の笑顔を浮かべて俺の周りを飛び回る。
『最高! 最高! 面白いわ! 確かに、私はまだ言ってないものね! ええ、成功するはずよ! ふふふふ、本当に貴方って面白いわ!』
「そうか。なら、やりようがあるな……ところで皆、静かだけどどうしたんだ?」
俺達は妖精の先導によって、妖精郷の抜け道という場所を歩いているのだが……後ろで歩いているラトゥ達は先程から無言だった。
「……むしろ、話を出来るアレイさんが変ですわ……」
「召喚術士さん……正直、歩いててもキツいです」
ここから先は、出会う妖精達は彼女以外は全員が敵となる。だから、俺達は妖精の言う誰にも見つからないはずだというルートを通っていた。
だが、思った以上に消耗をしているらしく頭を抱えたり、長い時間を歩いたように重い足取りになっていた。
「……これが本当に道なのですか?」
『道といえば道よ? 次はこっちね。妖精達には、それぞれが自分の知ってる抜け道があるのよ。悪戯をして逃げるのだって大変だからね。だから、自分だけが知っていて他の子には通れない自分だけの道を持ってるわ。案内がないと、下手をしたら死んじゃうから気をつけないとダメだけどね。その代わり、目当ての場所にだって誰にもバレずに行くことが出来るのよ!』
「……でも、気分が悪いですわね……なんというか、道を通っているのに、道を通っていない気分というか」
ラトゥの言葉に、他の全員が同意するように首を縦に振った。
俺には何も感じないが、魔力の強い存在にとっては妖精が案内している道というのは余程変なルートらしい。
「そうなのか? 俺には普通の道に見えるけど」
「……アレイさん、通った道を思い出せますの? 私は口に説明難しいですけども」
「それは……ん? 確かにおかしいな。ええっと」
思い出せずに振り向いて見ると……先程通ったはずの道が知らない風景になっている。いや、というよりも、道ではなくて大岩だったり大木だったりと、道なんてもの自体が存在していない。
理解を超えるような出来事に、目を白黒とさせている俺を見て妖精はクスクスと笑いながら教えてくれる。
『あら、何を驚いてるの? 妖精の抜け道なんだから、本当の抜け道なのよ? 道なんて、自分で作って通れば良いだけ。妖精郷の皆が当然やっていることだわ。他の子には通れないような道じゃないと、自分だけの抜け道だなんて呼べないでしょ?』
「アレイさんが羨ましいですわ……先程から、上なのか下なのか、真っ直ぐなのか蛇行しているのかも分からない通り方をしていますの……」
「……流石に、慣れてないので私も気分が悪いです……」
バンシーまで弱音を吐いている程に異常な通り方をしているのだろう。
……しかし、気になる事があった。
「なあ、それぞれの妖精が自分の抜け道を持ってるんだよな?」
『そうね、大抵の妖精は自分だけの抜け道を持っているわね。便利だし、持ってない子は悪戯をして捕まっちゃうし、好きに妖精郷を動けないもの。あと、内緒を持っていないなんて、とってもイヤだもの』
「……つまり、先回りしてリンが待っている可能性が高いんじゃないか?」
『まあ、その時はその時じゃないかしら?』
そんな無責任な……と言いたかったが、突如として風景が切り替わるような感覚に襲われる。
目を閉じて奇妙な感覚をやり過ごし……目を開ければ、木々に囲まれて祭壇のようになった場所の奥に扉がある場所へ俺達は立っていた。それが、この妖精郷の最奥へと向かう道なのだろう。
――そして、そこを守るようにリンは佇んでる。
『来ましたか。彼女を求めてきているのであれば、ここを通るしかないでしょう。ならば、待っていればいい。ここから先は催事場。邪魔をするものは通しません』
『流石にリンにバレちゃってたかぁ。飽きっぽい他の妖精なら何とかなったかもしれないのにぃ』
不満そうに言いながら、俺の周囲を飛び回る妖精。
――さて、リンに遭遇することは想定内だ。道中で追いかけっこになる場合が最悪だと考えていたから抜け道自体はとても助かった。
さて、ここからは確認を取った詭弁を使う時間だ。抜け道上等。妖精の在り方を聞いてから、俺は記憶に引っかかっていた欠片が繋がった気がした。そして、それを実践する。
「【守護】の妖精。俺達は妖精の遊び相手だ。そして、お前は言っていたな? 子供たちの遊び場であれば、別に踏み込もうと構わないと」
『――なにを』
「であれば、事情があろうと俺達に危害を加えたのはルールに違反しているんじゃないか? 『守護』は宣言を守らなかったことになる!」
俺は大声で自分が正しいと胸を張って宣言をする。
馬鹿げた事を言い出すという表情のリンは、訂正するように俺に伝えた。
『――いいえ、貴方の目的は妹である彼女の身柄であるはずです』
『あら? 違うわよ? 私が誘った遊び相手よ?』
リンの否定に、それを打ち消すように妖精も宣言をする。
リンは、俺が妖精と契約をした場面を見て居ない。そして、彼女にとって俺の行動は予想外だった。だから、否定は出来ないのだ。
『詭弁です。ここは遊び場では――』
『私にとっては遊び場よ?』
その言葉を否定しようとするリン。
しかし、その言葉を言えない。彼女にとっては庇護すべき妖精である以上は彼女たちに危害を加える事は難しい。
それほどまでに【守護】という名前は、重い。魔法という概念を使う際にも言葉という物は大きな意味合いを持つのだ。
『いえ、名前のない妖精達に取っては妖精郷は遊び場、ですか。その認識を是正していませんでした。ですが、その妖精は私の警告を無視し、裏切りを――』
「していない」
『してないわよ? だって、私は退屈なんて吹き飛んじゃいそうな、楽しそうなことって言っただけだもの』
俺と妖精の言葉にリンは目を見開いた。それは間違いなく、リンのミスだった。恐らく、ティータを使った儀式という物には時間が掛かるのだろう。
だから、焦って俺達を追い出してしまった。リンは、妖精を敵であると認識せずに俺達を追い払ってしまった。そして、それはここに来て致命的なミスとなる。
『――ですが、拘束をしていた吸血種を救出し、貴方の妹である彼女の元へと来ています!』
『私が誘ったの。何か内緒のことをしてる所に悪戯をするのは面白そうだもの』
その言葉に愕然とした顔をするリンに、妖精は笑顔で告げる。
『契約を不履行するなんて……【守護】の名折れね?』
『――っ!』
クスクスと笑いながら言われた言葉に、リンは苦しそうに胸を押さえて膝をつく。
胸から黒いモヤのような物が発生してる。あれは魔力の淀みだろう。
(……魔法の契約に似てるな。世界のルールを騙すように、妖精のルールの穴を突いて利用する)
とはいえ、条件が良かった。
例えば、もっと悪知恵が働く妖精や名前を持っていない妖精であれば俺達の詭弁など無視をしてしまえばいい。何なら利用して、逆に呪いを使って縛りを入れてくる可能性もあるだろう。
だが、【守護】をする存在が詭弁を弄し、裏を突くようであれば妖精郷を守るのは難しいだろう。名前と立場に縛られたからこその裏技。そして、これが成立したことによって起きたのは――
『――ぐっ、うううううう』
契約を不履行した。自信の存在理由を汚した。その代償として、致命的な呪いを受ける。
俺達からすれば、リンは詭弁に負けただけだ。しかし、リンからすれば致命的なまでの呪いを受けたのと同位である。しばらくは、リンは本来の力を出すのは難しいだろう。
『さあ、リン! 今から鬼ごっこよ! あの扉に先に逃げた私を捕まえたら勝ちね!』
そして、リンの様子を見た妖精は俺達を連れてそう宣言をして通っていく。
――さて、ここまでは順調。だが、ここから先の話は違う。
『――鬼ごっこ、ですか。分かりました……遊びに、付き合ってあげましょう』
苦痛に歪めた表情をしながらも、立ち上がり俺達を見る。
リンは最初に、この先へ邪魔者を通さないという宣言をした。だから俺達が押し通ればリンは【守護】の力を取り戻す。
だから、妖精に頼んだのだ。遊びで踏み込んだという理由を作る事を。そうすれば、リンの呪いは解けずに不完全な状態で追いかけることになる。
『ですが、覚悟をしなさい……【守護】の名を、汚したことを』
唯一のリンをやり過ごす方法……だがしかし、それは彼女の恨みを買うことになる。
そして俺達は、今から怒れる守護の妖精から逃げ最奥を目指す……ティータを助けに行く第二段階に入るのだった。
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