第175話 ジョニーと彼らの目的と

「……こ、こは……?」

「ラトゥ!」


 ――奪還した俺達は、必死に逃げてようやくリンを振り切った。

 そして隠れながらラトゥを拘束していた鎖を外して様子を見ていたら力ない声ではあるが、目を覚ました。


『ああ、ようやく目が冷めたみたいね。でも、リンがここまでするなんて何をしたの? 守護とはいっても、ここまで乱暴をすることなんてないと思うんだけど』

「……よう、せい……? アレイ、さん……はな、れて……!」


 まだ体もろくに動かないだろうに、ラトゥは這うようにして俺を庇うように動こうとする。

 そんなラトゥを落ち着かせるために経緯を説明する。


「大丈夫だ! この子は協力してもらってる妖精なんだ! それよりも、ラトゥ! 何があったのかを教えてくれ!」

「ようせいと、きょうりょく……ふふ、あいかわず……おもしろいひと、ですね……わかり、ました……ただ、すこし……かたを……」


 今にも意識を失って倒れそうなラトゥの頼みだ。そう言われて俺は肩を貸す。


「――ッ!」

「いっ!?」


 ……突然の首筋に走る痛み。そして、体から何かを失うような虚脱感……おそらく、俺はラトゥに血を吸われているのだろう。

 ラトゥを見れば、その表情はまるで砂漠で水を見つけた遭難者のようで、声をかけるのはためらわれる程だった。


「あの、召喚術師さん。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。それよりも、警戒しててくれ……」

『血を吸って魔力を回復するんだ? ふーん、吸血種って変なの。わざわざそんなことをしなくても、空気にある魔力を吸収すればいいのにねー』

「ソレガ出来タラ苦労ハシナインダガ……」


 好き勝手に言ってる後ろになにか言い返す余裕もなく、想像以上の勢いで血を吸われていく。

 ちゃんと意識を持って加減なく吸われているときは、ドンドンと視界が白くなり体が冷たくなっていくんだな……という知ることがなければよかった知識を覚えながら、限界を迎えてラトゥの背中を軽く叩いた。

 

「ラ、ラトゥ……! それ以上は死ぬ……!」

「――あっ、申し訳ありませんわっ! ……かなり、魔力を失っていたので……本当に、ごめんなさい」


 おそらく、相当に追い込まれていたのだろう。理性を失って飲まれていたらしい。ちょっと倒れそうなくらいにくらくらしているが気合で意識を保つ。

 さて、これで話が聞ける体制は整ったはずだ


「それで、ラトゥ。何が起きたんだ? 教えてくれ」


 その言葉に、考えを纏めているのかゆっくりと目を閉じる。

 そして、彼女は小さく口を開いてなぜ拘束されることになったのか……そこまでのことを説明し始める。


「……私が拘束された理由、それはティータさんの扱いに関して抗議をしたことが原因ですわ。その時は、必死に抵抗しましたが……おそらく鎖には魔力に対して阻害をする何かがあったのか、捕まった瞬間に意識が朦朧として何も出来ず……」

「大丈夫だ。むしろ守ろうとしてくれたんだろう? それだけで助かる。ただ、抗議っていうのはどういうことだ? ティータはどう扱われていたんだ?」

「扱いというよりも、彼女の処遇に関してですわ……アレイさん、聞いても一度こらえてくださいまし」


 そう前置きをするラトゥ。

 嫌な予感が足の底から這い上がってくる。だが、それでも俺は覚悟を決めてうなずいた。


「ティータさんはこのままだと、この妖精郷のナニカのために……犠牲にされることになりますわ」


 ――ある意味では予想していた。なぜなら、この状況であれば可能性の一つとして当然思い当たる内容だからだ。

 それでも、事実を突きつけられて頭が真っ白になる。なぜ、どんな理由で……そんな立ち上がり叫びたいという気持ちでをグッと堪えて、ラトゥの次の言葉を待つ。


「私がリンさんに連れてこられた場所でティータさんを見て……驚いたように、彼女はこの妖精郷に置いて必要な鍵になる可能性がある……だから、そのためには彼女の存在を使う必要があるのだと言っていましたわ」

「なぜ、それをラトゥさんが知っているんですか? そんな事を、わざわざ外部の人間に伝える理由がないような……」


 確かに。なぜ、ラトゥに事情を説明したのか?

 そんなバンシーの質問にラトゥは答えた。


「それは、その提案をした妖精から協力を求められましたの。彼女の存在を譲渡すれば、妖精郷が完成した後でも、吸血種とは繋がりは続けてやろうと。そして、望む報酬も渡していいと言われましたわ。当然ですが、そんな要求は答えられないから断りましたけども」

「だから、事情を知ったラトゥを事が収まるまで拘束しよう……ってことか?」

「ええ。おそらくはその通りだと思いますわ……油断していたとはいえ、ティータさんを彼女たちに連れて行かれてしまって申し訳ありません……」


 頭を下げるラトゥを慰めようとすると、妖精が裏のない言葉でつぶやく。


『仕方ないんじゃない? 中央だったら守護の力は一番強いもの。頑張れば竜とだって戦えるってリンは言ってたから」

「……庇ってくださりますの?」

『別に~? ただ、謝ってばっかりで面白くないから事実を教えただけ』


 本当にそう思っていたのだろう。

 とはいえ、ラトゥ自身も少しだけ意識を正したようだ。謝罪をするのではなく、ここからどうするのかという意識に。


『でも、不思議ねぇ。妖精郷に必要な鍵って……【知識】がなにか考えたのかしら? そこにはやけに偉そうで色々と言ってくる妖精が居なかった?』

「確かに、案内された先に居た妖精がティータさんを見て驚いた顔を浮かべた後に、その指示を飛ばしていましたわ」


 知識の妖精……その存在が、ティータを生贄にすると決めたのか?


『なら、ルカで間違いないっぽいかな? ルカが決めた決定なら一応は妖精郷の総意ってことにはなるわ。だから、名前を持ってる妖精たちは間違いなくその外から来た貴方の妹? を使って何かをすると思うわ。間違いなく危険で死んじゃうかもしれないけど……それで、どうするの? 諦めて帰ったほうが死ぬ危険もないし安全よ?』

「そんなのは決まってるだろ」


 たった一人の妹が、危険に晒されているのだ。

 なら、命を張らない理由にはならない。そして、俺は一人でなにかできると思い上がる程強くはない。

 だから全員を見る。そして、俺はまっすぐに目を見て頼んだ。


「――ティータを俺は助ける。だけど、俺だけじゃ無理だ。すまん、お前たち。力を貸してくれ」


 そうして頭を下げる。

 俺にかけられた言葉は――


「もちろんですわ。私も守れなかった責任がありますの」

「どうしたんですか、召喚術師さん。今更じゃないですか」

「ソウダナ。イツモノコトダ」


 そして、喋れないシェイプシフターも俺に向かってできると意思表示をしてくれる。


『んー、面白そうだから手伝ってあげる。契約もあるし、何をするかわからないけど契約が果たされないのは面白くないもの』


 そう言って妖精も俺の肩に座った。


「……ありがとう。それじゃあ、助けに行こう。それで、どこに居ると思う?」

「私が見たときには、最後に丁重に森の奥まで連れて行かれるところでしたわ」

『そこから先は、私達みたいな名前なしじゃ入れない妖精郷の一番大切な場所のはずね……ふふふ! そんな場所に入れるなんて楽しみ!』

「……ブレないなぁ、お前」

『楽しんでこその妖精よ?』


 マイペースだが、今の俺にとってはとても心強い協力者だ。

 そして、俺たちはティータを助けるために妖精郷の最奥を目指すのだった。

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