第178話 ジョニーとからくりと

「うおわあああああ!?」


 首の横を通り過ぎる魔力の槍に、思わず悲鳴を上げてしまう。

 当たらないのは、的が絞れていないこと。そして、リンが本調子でないことが原因だ。一歩間違えれば直撃して、俺の首と体がおさらばしてしまうことは想像に難くない。


「ケホッ! ……しょ、召喚術士さん……あまり、大きな声を出されると、調整が難しいです」

「わ、悪い! でも、危なかったんだ!」

「後ろからの攻撃が、躱さなくてもなんとかなってるからいいですけど……」


 バンシーから苦言を呈されながらも、必死に槍を打つリンから逃げ続ける。

 だが、どれだけ走っても到着する気配は見えず、今がどの位置なのか分からない。あまりにも先が見えずに、俺は妖精へ叫ぶように尋ねた。


「今、俺たちはどこの当たりなんだ! 目的の中心地は!?」

『ええっと、多分もうちょっと?』

「それさっきも言ってたよな!?」

『んー、なんか近いのに遠い感じがするって言うか。もう到着すると思ったんだけどなぁ』


 首をかしげる妖精の言葉に、俺は思考を回す。


「場所を偽装されてる可能性は?」

『無理だと思うけど。だって、魔力の場所を変えるなんて無理だもの。それに、この中心点は動かせないわ。妖精郷の妖精達は、皆なんとなく位置は分かってるもの』

「なら、方向は合ってるのか……」


 ならば、到着しないのは本当に遠いだけなのか?

 背後の攻撃が俺の横を掠め……ふと、疑問が浮かぶ。


(いくら何でも、数に比べて当たらなさすぎてないか?)


 言わば、回避行動らしい回避行動は取っていない。

 いざとなれば、守ってくれる信頼の上で走っているが……。


「バンシー、ラトゥ! 攻撃を回避するのに、何かしてるか!?」

「いえ、私は特になにも!」

「私も、やってないです……!」


 つまり、ここに至るまでに攻撃は掠めることはあっても、回避するような危険な攻撃は無かったということだ。


(つまりは、あの攻撃は当たってないんじゃなくて……当てる気がない? なんでだ? あれだけの数の槍を放っているんだから、一撃の威力よりも命中を取った結果のはずじゃ……いや、待てよ?)


 妖精の移動というのは、独自の通り道を進んだり地面に接触しないような通り方をする事が多い。

 そう、リンとこちらの妖精の大きな違いはそれだ。妖精としての側面が強い彼女では、俺達の感覚とのズレが如実に出ている。


「妖精! この俺達が走ってる木は、形を変えることはあるか!?」

『えー? 形を変える? 多分出来ると思うけど……普通にやっても無理よ? どうやって変化するかとか、どういう形にするかって魔力で指示をしないと』

「……なら、リンの攻撃は俺達を攻撃するのが目的じゃなくて、到着を遅らせるために槍を使って地形を変化するようにしてるんじゃないか?」


 その言葉に、妖精は納得したような表情を浮かべた。


『……ああ、なるほど! 確かに、足で歩くなら地形が変わると到着が遅くなるわね! 普段なら飛んでたり抜け道を使っていくから分からなかったわ! それに、リンの力なら、中心を守るという目的で変化をさせることも出来るはずよ!』

「つまり、俺たちはまっすぐ進んでるようで堂々巡りにされていたってわけか!」


 あの攻撃は、あくまでも副次的な攻撃。当たればラッキー程度なのだろう。木を隠すなら森の中といわんばかりに、俺達の進行を阻むための槍が混じっているのだ

 しかし、種が割れても問題はある。


「このままだと、足場が俺達に分からないように変化して辿り着けないままになる!」

「つまり、どうしますの!?」

「妖精! 中心に行くには、他に方法はないか!?」

『んー、妖精の通り道は無理だろうし……まず、この道自体は知らないからなぁ。無理矢理通ろうとしても、難しいと思うわよ? リンの力で私達の歩いている道が動いて変わるなら、ちゃんと道を通らないと普通に中央へ辿り着けないようになってるだろうし』


 強行突破は無理ということか。

 思いつく手段はパッと一つはあるが、リスクがあるおまけに失敗する可能性が高い。


「……リンの槍を防ぐ方法があれば、それが一番だ。ただ、問題は攻撃を防いでも本命が素通りしたら意味が無い。そして、正面から捕まればリンに勝てないってのがある」

『まあ、鬼ごっこって縛りつけちゃったもんねー。鬼に捕まったら終わり。抵抗するなら、どうなっても文句は言えないもの』


 ルールを作ってしまえばそれに従わないと罰を喰らうわけだ。

 鬼ごっこである以上は、俺達は捕まってはいけない。鬼が全員捕まえるまでは危害は加えられないだろうが、それでも抵抗すれば本気のリンによって粛正される。

 走りながら、意見を求める。


「何か他に思いつく方法はないか!?」

「……」

「えーっと……うーん、思いつきません」

『考えるのはそっちの仕事だからなぁ~』

「だよなぁ!」


 しかし、考えていたような顔をしていたラトゥは呟く。


「……方法ならありますわ」

「ラトゥ!? 本当にか!?」

「ええ。ですが……少々、リスクがありますけども……」

「構わない!」


 その言葉にうなずいたラトゥは、俺に近寄った。


「アレイさんの血を飲ませて頂いて……しばらくの間、彼女の攻撃を塞ぎますわ」

「……リスクって、そっちのか!?」


 思った以上の力押しな提案に突っ込むが、しかしそれも手ではある。

 直接戦えば、さすがに分が悪いだろう。それでも、攻撃を防ぐだけであれば十分に可能性はある。


「ええ、飲みすぎないようにしますが……アレイさんには負担をかけますけども」

「いや、それよりもラトゥが大丈夫なのか!?」


 先ほどまで、リンにやられて倒れていたのだ。

 確かに俺も血を失っているが、それでもこのままリンを相手にあの無差別な槍の攻撃を防ぐ……しかも、漏れのないようにという負担を考えればラトゥのほうがキツいに決まっている。


「ええ。私はしてやられて、ティータさんを連れていかれてしまいましたわ……だから、ここでそれを取り返させてほしいんですの。ただ、アレイさんに負担をかけるのは申し訳ありませんが……でも、今の私では血に頼らなければ――」

「いや、分かった。好きなだけ吸ってくれ」


 首筋をあらわにして、覚悟を決める。


「ラトゥが出来るっていうなら、出来るんだろ? なら、頼んだ」

「……ありがとうございますわ」


 そして、噛まれて俺の血が失われる感覚。

 気が遠くなりそうになるのを、必死に堪える。


「――では、行ってきますわ」


 そして、十分だとばかりに走る俺たちを背にラトゥはリンに立ち向かう。


『諦めましたか?』

「いいえ……恥をかかされた借りを返すだけですわ」


 そう宣言したラトゥ。

 背後から放たれる、リンの槍がバキンと魔力がぶつかり破壊される音が響いた。


『……気づかれましたか』

「ええ、時間稼ぎが目的でしたら、それを挫くまで」

『さて、どの程度できるか見物ですね』


 背後では大きな魔力が渦巻く気配がして、空気を切る音が聞こえる。

 だが、俺たちの元に一本の槍も届いてはこない。


(……信じる)


 ラトゥは、覚悟を決めて宣言したのだ。ならば、俺は信じて突き進むだけ。

 そして、妖精が嬉しそうに叫んだ


『……見えたわ! 中心よ!』


 俺たちは、木々に囲まれた祭壇のような場所を見つけてたどり着いた。

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