第173話 ジョニーと妖精郷の中央と
――そして、辿り着いた妖精郷の中心地点。
そこでは、予想してない光景が広がっていた。
『誰ですか?』
『――これって何が起きてるの?』
そこには、リンと名乗った妖精が鎖のような物でラトゥを拘束している姿だった。
手には武器を構え、完全に戦闘態勢になっている。
「ラトゥ!? どういうことだ!」
『……ああ、客人の一人ですか。道理で結界が動いている気配があると思いました』
俺を一瞥してから、無感情にそう言ってこちらを警戒するリン。
ラトゥは意識を失っているのか、抵抗せずに地面で鎖に縛られながら苦しそうな表情を浮かべている。
答えが返ってくる期待はしていないが、それでもリンに対して声を荒げる。
「どういうことだ!? それに、ティータはどうしたんだ!?」
『彼女は回収しました。吸血種の彼女は妨害をしたので拘束しました』
「回収だと!? それに妨害って言うのはどういうことだ! 俺達の目的は、ティータを治療して欲しいって話だったんだ! なのに――」
俺が言い切る前に、リンはこちらに向かって何かを投げ付ける。
「っ!? 【壁よ】っ!」
『おや』
飛来してくる凶器に反応できない俺を見て、バンシーが慌てて声を壁にして弾き飛ばした。咄嗟の対処で怪我はしなかったが……完全なる敵対行為だ。
『遠き同胞よ。邪魔立てをしますか』
「同胞って……妖精ってだけで仲間扱いしないで欲しいです。私は召喚術士さんの召喚獣なので」
『ふむ。妖精という繋がりだけですからね、それは仕方ありませんか。ですが、小さな同胞よ。貴方は何故そちらにいるのですか? 外部からの侵入者。そのような存在の案内をするなど、許されざる行為です』
名指しで俺を案内してくれた妖精を見るリン。
しかし、彼女はその言葉に首をかしげて笑顔を見せた。
『あら、変な事を言うわね。もうこの中に入って、私と契約をして案内した客人よ? 大切な客人に無礼をする方が許されざる行為じゃないかしら? それに、侵入してきたとしてもその責は私にないわ』
『……それもそうですね。それに、気まぐれな小さき同胞達にはそのような期待はしていません。しかし、すでに警告をしたので、ここから先はその客人に関わる事は妖精郷における反逆と見做します。ですから、すぐにこちらへ――』
『――あはは! 本当に!? いいわいいわ! 楽しいわ! 退屈なんて吹き飛んじゃいそう!』
笑いながら、案内してくれた妖精は飛び上がって喜ぶ。
それを見たリンは、ため息を吐いて首を振った。
『……そうなりますか。やはり名のない妖精というのはどうにもやり辛い。こういう時は――』
一瞬で視界から消える。
俺が周囲を確認すると、背後にリンは回り込みいつの間にか槍を手に持ち構えていた。
『騒動の大本を潰すまで』
回避は出来ない。
防御も間に合わない。いや、したとしてもこの距離だと貫かれる可能性が高い。
そう判断した俺はバンシーに視線を向ける。その意図を察したのか、覚悟を決めた表情を浮かべた。
「――【
『味方ごと……ですかっ!?』
地面を抉るようなバンシーの咆哮が俺とリンの丁度間に直撃して、その余波によって俺は吹き飛ばされた。
しかし、リンは既に回避していたのでダメージはない。だが、距離は十分に開けられた。
「ぐっ、げほっ……!」
『時間稼ぎでしかありませんね』
『なら、もっと時間を作っちゃいましょうか! そーれ、ドロドロになっちゃえっ!』
吹き飛ばされた俺の上から、楽しげな妖精の声が聞こえた。
周囲の風景がぐわりと歪んだような感覚。魔力を使っている気配から、妖精が何かの魔法を使ったのだろう。地面が溶け出し、風景が崩れ、まるで絵の具で溶けたような空間になる。
俺の元にやってきたバンシーと妖精の周囲だけは元の空間のままだ、これなら逃げられるだろう。
『あはは! じゃあね、リン!』
「いったん引きます、召喚術士さん!」
「……分かった!」
『じゃ、付いてきて!』
そして、俺達はいったん中央から妖精の先導についていって逃げる。
――今は逃げて再起を図る。
『……面倒な事になりましたね。間に合えば良いのですが』
逃げる前に聞こえたリンの独り言が、何故か俺の耳に残るのだった。
『んー、まあここなら大丈夫かな?』
そう言って妖精が羽を休めて止まる。
俺もバンシーもその場に座り込んで息を吐いた。
「……さて、まずは色々と考えることはあるが……お前は良かったのか?」
『ん? 私?』
「そうだ。裏切ったことになるんだろう?」
『んー、別に大丈夫かな。どうせ、リン以外は気にしないだろうし。妖精なんてそんなものだから』
……あっけらかんとそう言われると、感謝をするべきなのだろうがどう反応するのか分からなくなるな。
「まあ、気にしても仕方ないですよ。妖精なんて、マトモに正面から付き合うのはよっぽど暇か変人くらいじゃないと上手くいかないんで」
「……まあ、妖精の一種なお前が言うならそうなんだろうな」
さて、それよりもだ。
「……何があって、ラトゥは裏切られてティータが連れて行かれたんだ?」
「ううん……分かりません。妖精さんは分かりませんか?」
『たいして事情は知らないし、妖精郷に関しての話はどうせ名前持ちの妖精達でやってるから私は知らないわ』
「それなら仕方ないか……じゃあ、聞くならラトゥからか」
拘束をされて動けなくなっているラトゥ。
彼女なら、何が起きたのかを見ているのだろう。そうでなければ、あのように意識を刈り取って拘束されるような状況になることはないはずだ。
「でも、あの人が見張ってますよ」
『リンを直接相手にするなら大変よ? 妖精郷の守護をしている名前持ちの一人なんだから。多分、あの拘束されてる人もリンの力だろうし』
「だよな……」
まず、俺を無力化するためにやってきた攻撃がなんなのかすら判別できなかった。
俺自身、強くなってきたという意識があっただけにちょっとだけヘコみそうだ。
(まあ、召喚術士の本領はそうじゃないから仕方ない)
「ああ、バンシーも守ってくれてありがとうな」
「いえいえ、ああしないと多分死んでましたから……でも、魔法を使わずにあんな攻撃をする妖精って怖いですね。魔法まで合わさると、相当に厄介かと」
(……魔法使ってないのか)
……思った以上の怪物か。
まあ、怯えずに覚悟をしていたがそれでもドラゴンの前に止めに出てきたのだからそれだけ実力はあるのは当然か。
『まあ、魔法の心配はしなくて良いわ。リンの使う魔法は基本的に守護だから、そこまで攻撃的な魔法は少ないもの。妖精郷の中で、そんな威力の高い魔法を使うのは守護をする役割のあの子からすれば死ぬほど嫌でしょうし』
「なるほど……それならやりようはあるか」
『へえ、弱そうなのになんとか出来るの?』
「ああ。俺は召喚術士だからな」
そう言って召喚符を構える。
魔力を通し……そして、召喚されるのはシェイプシフター。そして、もう一人。
「……ウウ、頭ガ痛イ……」
「よく戻ってくれた。グレムリン」
「ン……召喚術士。久シブリダナ」
それは、グレムリン。俺の仲間の一人であり、今まで沈黙を続けていた仲間だ。
周囲を見渡して、ため息をはいてグレムリンが俺に言う。
「……デ、マタ面倒事カ?」
「ああ、そういうわけだ。力を貸してくれるか?」
「アア、イツモノ事ダシナ」
そんな諦めたような、面白がっているような表情を浮かべて俺に告げるグレムリン。
隣でシェイプシフターもやる気を出してアピールしている。
「シェイプシフターも頼むぞ。ザントマンとアガシオンはまだ戻って来れないみたいだが……まあ、最初の頃みたいな気分でやるか」
「そういえば、懐かしいですね」
最初の頃の、まだ冒険者として初心者ダンジョンを攻略してからのメンバーだ。
――あの頃みたいな気分を思い出して、全員に告げる。
「よし、まず最初の目標はラトゥの奪還だ。そこから、事情を聞いてティータの場所に行く。やるぞ」
その言葉に頷いた面々を見て、気合いを入れる。
さあ、仕切り直しの奪還の始まりだ。
「……イヤ、詳シイ事情ハ説明シテクレ」
「一応何をするのかは教えて欲しいです……」
「あ、悪い」
……出鼻をくじかれたが、そのままグレムリン達にも事情やこの後に関する説明をするのだった。
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