第172話 ジョニーと妖精の少女と

「――って、詠唱をして唱えないとダメだな。それに、ダンジョンって言う場所じゃないと殆ど使えない」

『へえ、外で魔法を使うのにわざわざ勉強をしたり道具を使う必要があるのね……ニンゲンって面白いわ。それじゃあ、次ね!』


 思った以上の質問攻めに答えながらひたすらに森を歩いて行く。

 何もかもに興味があるのか、妖精郷の外の文化から生き方まで何でも聞いてくる。とはいえ、子供たちの質問に答えてるのと似ているので可愛らしい物だが


『次は……そうだ! 外にはお菓子ってあるのでしょ?』

「ああ、あるな」

『一度で良いから食べてみたいんだけど……貴方は持ってないかしら?』

「食べてみたい?」


 ……妖精種ってそういう食事を取るのだろうか?

 視線をバンシーに向けてみると首をかしげながら答えてくれる。


「食べれるとは思いますよ? 私は肉体がないですけど、そっちの子は肉体がありますし。私なら魔石を食べれば問題は無いですけど、肉体は魔石を受け付けないので……」

『そうね。魔石は食べれないし、ニンゲンみたいに食事をする必要はあるわ、遠い同胞さん? とはいえ、食べるのは数ヶ月に一度くらいだけど』

「……ん? 丁度今、お腹が減ってる時期なのか?」

『そういうわけじゃないけど……気になるじゃない! 私達は殆ど食べる必要が無いから、味なんてものは拘らないし、この森にある魔力を含んだ木の実を口にするくらいだもの! だから、外のニンゲンの作った料理は食べてみたかったの!』


 なるほど、あくまでも、娯楽として食事をしてみたいというわけか。

 ……こうして話していると、妖精種というのが俺の想像を超えて魔に近い存在だということを理解する。

 食事の必要もなく、娯楽でしか食事を必要としない。吸血種は血を飲まなければいけない。竜人種も、噂によれば生命を維持するために定期的な魔石の摂取を必要とするのだとか。

 それを考えれば、食事がおまけになっている妖精種は本当に特殊だ。


(……つまり、ティータの原因はやっぱり魔力不足か? だけども、借金取り達が試していないわけがない。それは試して当然のはずだ。なら、もっと他の要因が関係して――)


 ティータの原因を考える俺に、不満そうな氷上の妖精が飛び回る。


『ねえ、それでお菓子は持ってないの? 答えて欲しいのだけども』

「ああ、悪い。……そうだな、これでいいか?」

『っ!? 本当にくれるのね! ありがと!』


 ポケットから取り出したのは包み紙に入ったクッキーを開けて差し出す。

 冒険者というのは、基本的に冒険者用の行動食を食べている。その中には、甘味もある。こうした日持ちのするクッキーはよく食べる愛用の嗜好品だ。

 意外だったのか、嬉しそうに受け取った妖精は興味深そうに観察しながら、クッキーを受け取る。


『へえ、こういう物なんだ……おもしろーい! わざわざ木の実なんかを砕いて焼き固めるの? 色々と混ぜてるのね? 他にも色々と工夫してそうね!? 他にはどんな工夫をしてるの!?』

「あー、俺は料理人じゃないからそこまで詳しくは説明できないぞ?」

『それなら、考えてみるから大丈夫よ! 聞いてみただけだから! ありがとうね!』


 楽しそうにクッキーを食べるわけではなく、触ったり叩いたり弄ったりして観察して考えている。

 ……何というか妖精などを抜きにしても知識欲が本当に凄い。妖精の中でも、この個体は変わり者というわけだろう。

 それに同意するかのようにバンシーも感想を述べる。


「あの子、面白いですね。妖精自体は好奇心旺盛ですけど、こういう知識欲みたいな物はあまりないはずですから相当な変わり者ですよ」

「確かに、勤勉だったり物知りな妖精なんてのはお伽噺でも聞いたことはないな」

「まず、あまり昔のことを記憶自体しませんからねぇ」

『……んっ! サクッとしてて、ふんわりとした小麦とミルクの香り! 甘みも程よくて美味しいわ!』


 ようやくクッキーをかじったのか。驚いた表情を浮かべながらクッキーの感想を述べている。

 嬉しそうにクッキーを食べ尽くして満たされた表情を浮かべている。


『やっぱり、物を食べるって良いわね。満たされるって感じ』

「魔力だと満たされる感じは無いのか?」

『まず、魔力が無い状態になったことがないから分からないわ。私達みたいな名前も無い子供はこの妖精郷から出る事なんて間違っても無いもの』

「まあ、こんな魔力の濃い場所に住んでたら外に出たら息苦しく感じるでしょうからねぇ」


 バンシーの言葉でなんとなく理解する。

 妖精達にとっては、魔力のない場所は空気の薄い水中のような物なのかもしれない。そんなことを歩きながら

気付いていた。

 そして、ため息をはいて声をかける。


「なあ、妖精さん。聞いて良いか?」

『あら、何かしら?』

「お前、わざと遠回りしてないか?」

『……凄いわ! 内緒にしてたら分からないと思ってたのに! どうして分かったの!?』


 やっぱりか。

 なんというか、ダンジョン探索を続けてきた感覚で「この道筋はおかしい」と直感的に感じたのでカマをかけてみたが……見事に当たっていたようだ。


「分かったのは勘だ。それで、悪いが本当に急いでいるんだ。質問に答えるのも付き合ってやりたいけど、出来れば真っ直ぐに案内してくれ」

『だって、ニンゲンが来るなんて何時になるかなんて分からないもの。少しでも長くお喋りしたかったの。だから――』

「なら、また遊びに来るっていうのはどうだ? それなら、今回だけって事にはならないだろ?」

『けいや……えっ? いいの? 約束だなんて。もっと契約が増えちゃうわよ?』


 不思議そうに聞く妖精に、俺は答える。


「ああ、分かってる。それでも、俺はティータの元に行きたいんだ。そのくらいは覚悟の上だ」


 自分の首を絞めるのだとしても。

 ただ、平穏に終わるのだとしても。

 兄として妹の側で見守ってやりたいのだ。

 ……後で苦労する俺には謝っておこう。悪い、俺。


『……ふふふふ! いいわ。約束しましょう!』

「ああ」


 そういって、妖精は俺の指を握った。

 しかし、それは先程とは違うまるで握手のような物だ。


『これは約束よ。遊びに来てね?』

「……ん? 文字は良いのか?」

『いらなーい。だって、契約して遊びに来て貰うなんてつまらないもの!』


 そう言って気まぐれそうに飛びながら道を変更する。

 ふと思い出したように、妖精が声をかけた。


『ねえ、貴方。名前はなんて言うの?』

「アレイだ」

『アレイね? ふふ、アレイなのね! じゃあ、付いてきてね!』


 そう言ってまるで空を踊るように飛びながら進んでいく。

 ……何故か機嫌の良くなった理由が分からない俺にバンシーが教えてくれる。


「妖精って基本的に享楽的な存在で、あんまり感情が持続しないんですよねぇ。だから強い感情を持つことに憧れがあるんですよね。だから名前を付けて自分の存在を縛ることでわざと強い感情を持つんです。バンシー泣き女とかみたいな感じで」

「そうなのか……でも、機嫌が良くなる意味ってなんだ?」

「だから、召喚術士さんが妹のティータちゃんに向けている感情が好ましい。そして、そんな好ましい人が遊びに来てくれる約束を自分からしたくれた。それに名前まで教えてくれた。だから今凄い嬉しいんだと思いますよ」


 ……つまり、知らずに俺は完璧な交流をしたという訳か。

 良い事とではないかと思う俺に、しらけた目を向けるバンシー。


「まあ、だから裏切ったり機嫌を損ねると落差で相当に面倒なので頑張ってくださいね」

「面倒っていうと……?」

「まあ、妖精郷に何年も囚われるなら良い方じゃないですかね」

「……俺、ちゃんと帰れるかな」

「頑張り次第じゃないですかね?」


 他人事のように言うバンシー。

 助けてくれといいたいが、遮るように妖精の声が聞こえた。


『遅いわよ! もうちょっとで到着するわよ!』

「――分かったよ、すぐに行く!」


 面倒な事は全部後回しだ! 任せたぞ、未来の俺!

 そう考えて、俺はティータ達の待つ場所へと脚を進めるのだった。

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