第171話 ジョニーと妖精郷の中と

 ――なるほど。

 今まで俺達が踏み込んでいた森の中が子供の遊び場という言葉に納得がいく。


(まず、空気の魔力がおかしい程に多いな……下手なダンジョンよりも濃いんじゃないか?)


 ダンジョンに踏み込むと、魔力量の違いというのは肌で感じる。だが、それは外気から隔絶された密閉空間だからこその濃さだ。

 いわば、高地に踏み込んで空気の薄さを感じる現象に近い。そして、妖精郷の中は踏み込むだけでダンジョンに慣れている俺でも酔いそうなほどに魔力が濃い。


(多分だが、妖精達が魔力の多い場所を選んで小さく囲い込んで閉じ込めているからの濃さなんだろうが……ここなら、行けるかもしれないな)


 思いつき、召喚符を取り出す。

 先程までは再召喚出来なかったが、魔力を込めるとそれはすんなりと形を取り戻し召喚出来た。


「わっ!?」


 そして、バンシーが呼び出される。

 ……なるほど。魔力が濃いからこそ、召喚獣の再構成が楽なので召喚されやすいというわけだ。もしかすれば、シェイプシフターだけではなくてグレムリン達も行けるのではないか? いや、まあこれはもう少し後で考えるとしよう。


「あれ、召喚術師さん。ここってどこですか? ……もしかして、ダンジョンですか」

「いや、魔力が濃いから勘違いするかもしれないが……目的地である妖精郷だ。とりあえず、色々とあってティータとラトゥだけ残して他の奴が門前払いをされたんだが……俺はティータが心配で、中に侵入したわけだ」

「……やっぱり見てない間に、召喚術師さんってトラブルに巻き込まれますね」


 呆れたような表情を浮かべるバンシー。

 とはいえこんな展開にも慣れたものなのか、しょうがないと言いたげな表情でバンシーは背後についてくる。やはり付き合いの長さはすんなりと意思疎通が取れて助かる。


「それで、走ってるんだが場所が分からなくてな……中心というか、妖精達が居る場所って分かるか?」

「はい。こっちです」

「そっちか……ん?」


 すぐさま答えるバンシーに心強い……と思いながらも違和感を感じる。


「……バンシー。さっき、声を使ったか?」


 そう、普段であればバンシーは己の声を使って音の反響から地形を把握していたはずだ。

 しかし、先程のバンシーは魔力を使う素振りもなく、迷い無しで方向を指し示した。


「……そういえば、使ってませんね。でも、分かるんです。こっちが中心です」

「わかった。そっちだな?」


 バンシーは、ピクシーから進化してバンシーと変化した妖精のモンスターだ。

 つまりは、根幹としては同じ存在なのかもしれない。だから、感覚でここに関して掴むことが出来るのだろう。そして、俺たちは森を進んでいく。


「そっちじゃありませんよ、こっちですからね! ――あ、召喚術師さん。そこの足下には気をつけてくださいね! 踏んだら、多分眠って起きれなくなりますから」

「ああ、分かった」

「あ、そっちは……まあいいか。多分痛いだけだし」

「ぐおっ!? っ……次は、痛いのも……教えてくれ……」


 ……まあ、そんなトラブルもありながらスムーズに進んでいく。

 妖精達にとっては適当に使った魔法の残骸なのだろう。しかし、それが魔力の濃い空間のせいで残り続けて自然のトラップとなっているようだ。

 バンシーが居なければ、間違いなく辿り着けていなかった。


(……バンシーが呼び出せて助かった)


 そうでなければ、俺は下手をすれば遭難していただろう。

 何せ、こうして進んでいるだけでも気分が悪くなり吐き気や目眩がする。恐らく、中心地点には人避けの結界のような物があるのだろう。それを無視している弊害だ。

 流石にこれが長時間続くと辛い。バンシーに聞いてみる


「それで、あとはどの程度で到着するか分かるか?」

「そうですね……おそらく、もうちょっとで妖精達の気配がする場所に到着するかと」

「分かった」


 その言葉を信じて走り続ける。

 そのまま入り組んだ森を抜けて、開けた場所に出てきた。

 ――そして、目の前に広がる光景を見て驚いた。


『――きゃはは』

『見て見て! 可愛いでしょ!』

『はぁ、退屈だなぁ。面白いことないかなぁ』


 ――外で見たよりも多くの妖精達が、花畑の中で楽しそうに踊っている。

 それだけなら驚く事などは無い。驚いたのは……空に浮かぶ太陽とも月とも違う何かだった。


(――あれは、魔力の塊か?)


 まるでこの妖精郷を照らすように輝いているのは……純粋な魔力の塊。魔石に近い物体だろう。

 何せ、木々は太陽を隠している。ならば、光源はそれしかない。


「あんなものがあるなんて凄いな……バンシー、どうした!?」

「――えっ?」


 ふと見ると、バンシーは空を見上げて涙を流していた。

 だが、表情に変化はない。一体どういう涙なのだ。


「泣いてるぞ?」

「……本当ですね。なんででしょう? ……止まりません。勝手に涙が出てきてしまうんです」


 自分でも自覚していないのだろう。

 涙を拭っても涙は止まらない。普段通りだというのに、涙を流し止まらない姿はどこか不気味だ。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫……だと思います。別に悲しい訳じゃないですし、涙が出ているだけですから」

「それなら、このまま進むか」


 本人でも、理由が分からないから曖昧な答えとなってしまうようだ。

 心配ではあるが、大丈夫という以上は信用するしかない。周囲を見渡すが、ティータもラトゥも居ない……というよりも、外に居たような遊んでいる妖精だらけだ。ここは違うのだろう。


「それじゃあ、ティータ達を探さないとな……妖精達に話を聞けると思うか?」

「暇そうな妖精なら話を聞く事は出来るんじゃないですかね? 妖精って好奇心は強いですし」

「それもそうだな……」


 その言葉に、暇そうな妖精を探す。

 ……プカプカ浮きながら、何か無いかとぼやいている妖精が居たな。探せばすぐに見つかり、その妖精はプカプカと浮いて退屈そうにしている。。


『暇だなぁ』

「なあ、少し良いか?」

『……!?』


 話しかけると、飛び上がって俺を見て居る。


『――ニンゲン!?』

「ああ、悪い。驚かせたか?」

『初めて見た! 凄い! ニンゲンだ! 退屈なんて吹っ飛んじゃった! わあ、凄い凄い!』


 大喜びで飛び回っている……が、他の妖精を呼ぶ気配はなさそうだ。


『初めて見た! 道理で外に出てた子が騒いでいたのね!?』

「……君は外に出なかったのか?」

『ええ。だって野蛮でつまらないもの。適当に編んだ魔法をぶつけ合って遊んでるなんて子供っぽくてイヤ。もっと、面白い魔法を作って遊ぶとかの方が良いわ』


 ……妖精達にも、色々と派閥や考え方はある訳か。

 バンシーは場所は分かっても、この妖精郷に関する詳しいことは知らないはずだ。だから、俺はその要請に声をかける。


「なあ、ちょっと頼みがあるんだ」

『あら、何かしら?』

「ここに、俺の妹と友達が居るんだ。だから、妖精郷の中で探したいんだ。案内をしてくれないか?」

『妹って?』


 疑問だと言いたげな表情を浮かべる妖精。

 ……そういえば、最初に入ってきた妖精も妹という概念を詳しくはなさそうだった。


(……ああ、そうか。妖精って言うのはどこかの種族から妖精として捨てられた者の集まりだから――)


 家族という概念に繋がらないのか。

 少し反省しながら、伝わるように説明をする


「そうだな……俺の大切な守るべき存在なんだ」

『へえ、貴方の宝石なのね。それは素敵ね! でも、面白そうだけど案内するのは面倒だわ。何かご褒美がないとイヤだわ』

「……何が欲しいんだ?」


 対価が必要と言われれば、答えるしかない。

 その言葉に、ニコリとした笑顔を浮かべて妖精は俺に取引を持ちかける。


『私の質問に全て答えること。隠し事や嘘は絶対にダメ。それでどう?』

「……そんなのでいいのか?」

『外を知ることは出来ないの! 知識は私にとっての宝石なのよ! それで、不満がなければ交渉成立ね!』


 そう言って俺の指に触れてそのまま飛んでいく。そこが熱を帯びて魔力の文字が浮かび上がった。契約完了の合図というわけか。


『さあ、こっちに来て! 案内するわ!』

「ああ、分かった」

『それじゃあ、行きながら色々と教えてちょうだいね!』


 楽しそうに言いながら飛んでいく。

 ……思った以上に簡単な対価だったと思っていると、バンシーが心配そうに俺に言う。


「あの……召喚術士さん。止める間もなく契約しましたけど……さっき触れた事で呪いが成立しましたよ?」

「……なんだって?」

「その指先の魔力で描いた契約文字って、嘘をつかずにあの妖精に答えないと召喚術士さんの命に関わる部類の罰が起きるような呪いです」


 ……指先を見る。

 渦巻く、刻み込まれた魔力の文字は禍々しく見えてきた。


『ほら、早く早く! 行きましょー!』

「……早まったか?」

「そんな気はしますね」


 協力者を得た……しかし、面倒な対価を背負う羽目になるのだった。

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