第170話 ジョニー達と妖精たちと
『嫌だわ! 怖いのが来たわ!』
『こっちに来るわ! 追いかけっこよ!』
妖精郷の中を進むたびに、妖精達は先程まで俺達に絡んでいたのがなんだという程に素早く逃げていく。
これはこれで交渉が出来るのか? と不安にはなるが、逆に考えれば普通の妖精が逃げるのならこちらに対抗してくるのは普通ではない妖精だ。むしろ状況的には望ましいのかもしれない。とはいえ……
「流石に警戒心が強いな」
「その……妨害されるよりは、まだマシですけども……」
ラトゥはそう言いながら、苦い表情を浮かべる。
というのも理由は簡単だ――
『怖いわ、怖いわ!』
『危ないわ! 逃げないと!』
『森の奥に逃げましょう!』
怯えきった表情で、逃げ惑って森の奥へと向かう妖精達。
確かに、最初は俺達に対して害意がなかろうと攻撃してきた。それはそうなのだが……まあ、見た目は可愛らしい小さな女の子のような妖精達なのだ。本気で怯えている姿は、まるでこちらが悪いことをしているような気分になる。
「……気分が良い物ではありませんわね」
「まあ、気にしなくて良いんじゃないですか? どうせ外部の人間なんて怯えられて当然ですからねぇ」
流石にカミラも気の悪そうな表情になり、借金取りはどこ吹く風という表情だ。
ちょっとした人間性も見えるのだなと思いながら、気になって聞いてみる。
「それで、ジャック。このまま奥に進んで大丈夫なのか? 妖精達の敵だと思われたら危ない気もするんだが」
妖精達によって、この森は支配されているという。
ならば、道を惑わしたり罠を仕掛けたりしている可能性は十分にあるだろう。俺の質問の意図をくみ取ったのか、頷いて答える。
「問題は無いだろう。少なくとも、妖精種が仕掛ける罠程度ならダメージはないだろう」
「……えーっと、聞きたいんだが……俺達はどうだ?」
「死ぬ事は無いだろう」
さらっとそう言ってずんずんと進んでいく。
……その言葉を聞いて、全員がジャバウォックから一歩下がって付いていく。まあ、誰だって異常な奴に巻き込まれて死にそうな目に会うのは嫌という事だ。
そのまま、本当に大丈夫なのかと思いながら森の奥へと進むのだった。
『――止まりなさい』
そして、どんどんと薄暗い森の奥に進んでいくと、突如として声が響いて聞こえてきた。
ふわりと空から現れたのは先程見たような可愛らしい子供姿ではない、まるでお伽噺に出てくる精霊や女神と呼ばれるような女性だ。その身に包む服は、先程の妖精とは違って冒険者が着るような戦闘装束に身を包んでいるのを見れば、戦える相手だと分かる。
「ようやく出てきたか」
『――竜種ですか。この妖精郷にどのような用事かは分かりませんが、貴方のような存在そのものがこの場所にとっては毒となります。故にすぐさまにでなければこちらも抗戦致します』
「悪いな。だが、妖精共がこちらに手を出さなければ大人しくしているつもりだったぞ」
『手出しをしなければと? 外との交流が絶えてから随分と長い刻が経ちましたが、まさか竜種が客としてくるとは思いませんでした。近くに巣でも作るつもりですか』
「いや、後ろの者たちが客人だ」
そう言われて、困惑するような表情で彼女はこちらを見た。
まず最初に、ラトゥが名乗りを上げる。
「初めましてお目に掛かりますわ。私は、吸血種のグランガーデン家当主であるラトゥ・グランガーデンと申しますの」
『吸血種……なるほど、よろしいでしょう。私は妖精郷の守護であるリンと言います』
リンと名乗った彼女はそう言って視線を合わす。
周囲には気付けば先程まで逃げていた妖精達が集まり、遠巻きにしてこちらを見ている。それだけ、リンという妖精の実力が信用されているという訳か。
『客人達であるということは、こちらに来た要件があるはずですね? それについて聞きましょう』
「まず、吸血種達との交友の復興……というのもありますが、一番の要件はこちらですわ」
そういうと、狼の背中に背負ったティータを見せる。
それを見たリンは驚いた表情を浮かべた。
『――同胞、ではない? しかし、半分は混じっている……まさか、ここまで半分だけ妖精として生きてきたのですか?』
「ええ。こちらのティータさんは半妖精としてアレイさんの妹としてこの日まで生きてきましたの。ですが、彼女はある日から体調を崩すようになって、そのまま眠りに就く時間が増えましたわ。このまま目覚めない可能性もあったから、力添えをして頂きたく妖精郷に訪れましたの」
『……なるほど。ここまで半妖精として生きてきたのですか』
じっとティータを眺めているリン。
……しかし、悲しげな表情を浮かべて首を振る。
『生憎ですが、私では判断が付きません……半分だけ妖精種として、ここまで長い時間を生きてきた者を見たのは初めてですから』
「そんな……!?」
『ですが、あくまでも私の役割は守護。知恵の役割を持った妖精であれば分かるかも知れません』
……知恵の役割?
しかし、分かる可能性があるというだけでも俺達はそれに縋るしかない。
『子供たちそちらの少女を運んでください』
リンの言葉に、狼の背中からティータが妖精達に囲まれて浮かび上がる。
「……大丈夫なのか?」
「妖精は悪意を持って危害を加えることはない。それに、上位の存在からの命令であれば厳守する。安心すればいいだろう」
ジャバウォックの言葉であれば大丈夫か。
……そして、そのまま妖精達が奥へと消えていこうとするのを慌てて止める。
「待て待て!? 俺達はどうすれば良いんだ?」
『……何か必要が?』
「俺はティータの家族なんだ! だから、どうなるか分からなくてもちゃんとついて行かせてくれ!」
そう懇願する。
大した事は出来ていない兄だが、それでもこのくらいはさせて欲しいという意味も込めて。
『同胞ということですか。それであれば、確かに他種族に任せるのは不安でしょう。ですが、この妖精郷の奥まで踏み込んでいい者は限られます』
「……ここは妖精郷に踏み込んでいるわけじゃないのか?」
『子供たちの遊び場であれば、別に構いません。それに警告をするほど狭量ではないので』
……俺達が踏み込んでいたのは妖精の子供たちの遊び場であり、そこで遊びの一環として魔法の攻撃をされていた訳か。
遊び感覚で殺されかけたと考えると、とんでもない種族だな……妖精。
『かつて、我々との交流を担っていた吸血種との絆に免じてラトゥ。貴方は許可致しましょう。ですが、それ以外の者に関しては守護者として許可することはありません』
「アレイさんは、ティータさんの家族ですわ。でも、ダメですの?」
『なりません。では、行きましょう』
そういって、ラトゥはリンに連れられて妖精郷の奥へと行ってしまった。
だが、ここで待っているだけというのは性に合わない。
「おい、待ってくれ!」
そして、俺はその背中を追いかけて踏み込み――
特に何も起きなかった。
「……ん?」
「あら?」
「おや?」
ラトゥを見送った俺も、カミラも、借金取りも首を捻る。
……脅しだったのか? ジャバウォックが意外そうに呟く。
「ふむ、アレイは結界に阻まれていないか」
「阻まれないって……結界の中なのか?」
しかし、あまりにも自然に踏み込んだせいで実感がない。
「では、試してみますか。行きなさい」
試せば早いとばかりに、カミラは視線で狼にやってみろと指示を飛ばす。
素直に狼は踏み入れようとして……そのままバチンという音と共に踏み入れようとした足が弾かれる。痛そうに足を振っている狼はそのままカミラの背後まで戻っていく。
「私の部下は入れませんね」
「ああ、私は怖いので踏み入れないようにしておきます」
借金取りとカミラは無理だと諦めて静観している。
しかし……俺は何故入れたのか? 分からないが……
「とりあえず、俺は行ってくる! ジャックは……」
「我が入るのは許可されまい。それに、結界が壊れて妖精共と戦いになる可能性が高い。それにだ」
そして、俺が踏み込んだ場所の周囲に視線を向けている。
俺も視線を向け……
「ご、ゴーレム!?」
俺は数体の土塊で作られたゴーレムに囲まれていた。
「本来であれば、偶然にでも入り込んだ異物はあのゴーレムが排除するのだろう。妖精共の作る魔道人形はそれ相応に厄介だ。アレイ一人では荷が重いだろう」
そう言って、ジャバウォックは踏み出すと結界を腕で殴った。
バチバチという騒がしい音がすると同時に、ゴーレム達は一気に視線をジャバウォックに向けて殺到する。
「行ってくるといい。こちらは任せろ」
「――悪い! 頼んだ!」
「お前達も暇だろう? 暇つぶしだ」
「……まあいいですわ。後から追加料金は請求はしますわ」
「あの、私の安全は守られますかね?」
背後から聞こえるカミラや借金取りの声を後に、俺はそのまま妖精郷へと踏み込んでいくのだった。
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