第169話 ジョニーと妖精郷と

 妖精郷に続く森の中を、俺達は馬車を捨てて徒歩で前へと進んでいく

 俺とジャバウォック、そしてラトゥは先導しながらラトゥと借金取りを守り、最後尾をカミラ達に任せるという形だ。言葉も少なく森の中を進んでいく。

 徐々に奥へ行くにつれて、周囲の空気が変わっていく。それは、地上だというのにダンジョンのような感覚だ。


「……なんだか、変な感じがするな。ダンジョンに居るみたいだ」

「ええ。恐らくですけども、魔力の影響ですわね。この森の魔力の濃さはダンジョンに近いものですわ。それと……なんというか、何かが混じっているような、不純物のような感じがしますわね」


 不純物? と違いの分からない俺は首を捻る。

 だが、ラトゥの言葉に同意するようにジャバウォックが頷いて解説をする。


「混じっているは正しい。地上で生きるには、妖精種たちは体の作りが特殊だ。だからこそ、こうした森のような外界と閉ざされた空間を自分たちの王国に作り上げる。つまり、この森の全てが自然に出来たものではないというわけだ」

「全てって……もしかして、木も草も空気も全部って事か?」

「そうだろうな。純粋な妖精種が集まればその程度は出来るだろう」


 ……絶句する。確かに人間でも、魔法使いであれば結界のようなもので小さな空間を作る事はある。

 竜種も己の住む場所を快適にするために巣を作り上げる。それでも、ジャバウォックの説明が正しいのなら妖精種は巣を作るような感覚で森自体を作り上げたのか?

 ラトゥも、その言葉に慄くように質問を重ねる。


「……ですが、この森は私達吸血種の里にも繋がっていますわ。もしも、森を妖精達が作り上げた理想郷なら異物をそのままにしておくとは思いませんわ」

「いや、奴らの本質は奔放であり無責任だ。作り出した物が無秩序に広がったとしても奴らにとっては自分たちの生息圏に影響が無いのなら気にすることはない。いや、むしろ外部からの娯楽を喜ぶ性質だ。あえてそのままにしているかもしれんな」

「つまり、適当な奴らってことか?」

「そうだな」


 身も蓋もないな……しかし、ジャバウォックの知識には助けられる。流石はドラゴンだ。

 あくまでも今まで生きてきた中で得た知識を伝えているだけなのだろうが、それだけでも値千金の価値がある。


「なあ、妖精と話すときの注意点とかあるか? 一応聞いておきたいんだが」

「ふむ。注意点か」


 ジャバウォックなら知っているかと思って聞いてみると考え込む。どうやら判断は合っていたようだ。

 少し考えてから、一言。


「まともに取り合うな」

「は?」

「まともに取り合うな……というのは、どういう事ですの?」


 俺とラトゥはジャバウォックの言葉に質問を返す。

 今から、ティータのために妖精郷に行き方法を妖精達に聞こうとしている。だが、マトモに取り合うなというのは理に適っていない。


「言葉通りだ。正確に言えば、普通の妖精を相手にするなだな。その意味は今から分かるだろう」


 ジャバウォックが木々を見て、そういう。

 そして俺達は気付いた。俺達のことを監視しているのであろう、魔力を持った何者かの存在に。



『あ、気付いた気付いた』

『ホントだホントだ! やっと気付いた! 隠れんぼは終わりだね!』


 突如として脳裏に言葉が響く――ジャバウォックがドラゴンの姿を取っていたときと同じだ。魔力による会話方法だ。

 だが、借金取りやカミラ達は慣れない魔力による干渉に不快感を感じてか頭を抑えている。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫、ですよ。いえ。流石にこんな方法で会話をする存在に合うのは初めてなので、少々驚きましたが」


 そう言いながらも、借金取りの表情は辛そうだ。ダンジョンなどで魔力に日頃から触れて慣れていない中で突如として魔力による干渉を受けるのはキツいだろう。

 ラトゥは、干渉してきた声に対して返答をするように声を張り上げた。


「――妖精の方々。私は吸血種のグランガーデン家の当主であるラトゥ・グランガーデンと申しますわ!」

『きゃっ、赤い瞳の女の子だわ! 可愛いわね!』

『ええ! ええ! お祭りが近いから素敵よ!』


 機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。

 しかし、姿は見えない。そして、飛び回るようにして魔力は動き回っている。


「それでは、こちらの話を――」

『お祭りなら飾り付けね! 飾り付けには赤い宝石が綺麗だわ!』

『それじゃあ頂きましょう! キラキラの綺麗な赤い宝石!』

「っ!?」


 そして、無邪気な声と共に襲ってくるのは魔力による攻撃。

 咄嗟に回避したラトゥ。その魔力が直撃した地面は腐れて溶け落ちる。


「何を――」

『あら? もしかして追いかけっこなの? それじゃあ、貴方たちが羊役ね!』

『私達は狼ね! ふふ、可愛い羊を食べちゃいましょう!』


 そういうと周囲の魔力が動きだして魔力をまるで雨あられのように降り注がせる。


「うおお!?」

「くっ、話を聞いてくださいまし!」


 全員で必死に回避する。ラトゥは交渉をしようとしながら必死に声を挙げる。

 しかし、全く意に介せずまるで子供が遊ぶように俺達に魔法をぶつけてようと投げ付けてくる。


「どうなってるんだ!? クソ!」

「アレイ。黙らせた方が良いか?」

「頼む!」


 このままでは、交渉以前の問題だ。

 魔法による攻撃を回避し続けても、この先に何かが待ち受けるような気はしない。


「分かった」


 そういって息を吸い込んだジャバウォック。

 魔力の方向を見て、叫んだ。


『散れ』

『きゃあ!?』

『怖いのが来るよ! 皆に言わないと!』


 その力のある声を聞いて、その瞬間に魔力は一瞬で遠くへと消えていく。

 魔法による攻撃が収まったのを見て、俺達はようやく息を吐いた。


「……ありがとうな、ジャック。しかし、どうなってんだ。モンスターじゃなくて妖精種なんだよな?」

「あれが一般的な妖精種だ。己の快楽に忠実で奔放。そして何よりも共感に欠けている。奴らにとってはあの魔力による攻撃も遊びだ」

「遊びって……呪いに近い致死性の魔法でしたわよ!?」


 ラトゥの言葉だが、ジャバウォックはそれはそうだろうと言いたげな表情だ。


「魔力によって構成された妖精にとって、魔力による攻撃は人間で言うじゃれ合い程度にか感じないだろうな。魔力の耐性が高いというよりも、そのものだから効果が薄い。それに、己の体を作り替えるのもお手の物だ。欠損しようがこの森ほどの魔力の中に居ればすぐに治る」

「……聞けば聞くほど、別の存在としか思えませんね。交渉をするには、同じスタートラインに立たないと行けないんですがね」


 呆れたような借金取りの言葉は正論だ。

 対等に取引をするためには、意思疎通が必要だ。しかし、ここまで一方通行だと前提条件から考えなければならない。と、カミラは頭を振りながら俺達に話しかける。


「……エリザ様の妖精に惑わされるなというのは、会話の出来る真っ当な妖精を見つけろという意味ではありませんか?」


 そうは言うが、詳しく知っていればエリザは素直に伝えるのではないだろうか?

 と、ラトゥはカミラの言葉に同意する。


「私も同意ですわ。おそらく、エリザも詳しくは知らないから伝わっている忠告を伝言にしたのだと思いますわ。つまり、これから私達は妖精達の中で会話の通じる妖精を見つけて話をするのが目的になりますわね」


 その言葉に頷き……しかし、出会い頭に邪気もなく攻撃をしてくる妖精達にここからまともに対応出来るのかと先行きの不安を感じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る