第168話 ジョニー達と襲撃者と

 ティータの手を握っていて気付かなかったが……気付けば外で聞こえていたはずの音は消えていた。

 そして、馬車の中に戻ってくるラトゥとカミラ。



「戻りましたわ」

「何時かこんな機会があると思ってましたけども……ふふ、暗殺部隊と戦えるなんて良い経験でした」

「……ティータが起きてたら、カミラは身支度を整えてから入れって言ってたところだったぞ」」


 ……汚れ一つないラトゥとは対象的に、カミラはなんの汚れかわからない赤黒いシミなどをそのままに入ってきたが。

 激しい戦闘の痕跡というのであれば納得はするのだが……ラトゥの様子を見る限りでは、カミラは純粋に自分の趣味で楽しんだ結果汚れたのだろう。


「大丈夫なのか? 暗殺部隊とやらを殺したりしたら問題になるんだろ?」

「殺していませんよ? 吸血種なんていうものは、ある程度体を潰しても再生しますもの。まあ、少々痛い目は見てもらいましたけどもね? 同族であれば、加減の程度もわかりますから。これでしばらく追手は心配ないですね」


 本当か? と少々信用しづらいという顔を浮かべていたのか、苦笑しながらもラトゥはカミラの言葉に頷いた。


「ええ。少なくとも、彼らもそこまで積極的ではなかったですわね。私を始末したい身内だけではない……ということなら、少しだけ嬉しいですわ」


 そういうラトゥには、誰も犠牲者を出さなくてよかったという思いと、敵だけではないという安心感が見て取れる。

 ……やはり、自分の同族と敵対するというのは気丈に振る舞っていても心に来るのだろう。


「……そういえば、馬はやられたんだよな?」

「ええ。ですがラトゥ様がすべてが終われば補填をしてくださるとのことで。ああ、やはり持つべきは理解が早くて懐の深い依頼主ですこと!」

「いや、そっちはどうでもいいんだが……この先に行くのはどうするんだ?」


 代わりの馬などは用意出来ないだろう。

 既に、馬車は進んで人気のない場所だ。それ以前に、馬を育てて使えるようにしている奴はいないだろうし。


「もちろん、歩くしかありませんね」

「そうか……いや、待てよ? カミラ。あんたの部下って動物に変身できたよな?」


 その言葉に、カミラから嫌そうな表情を浮かべられた。


「馬車馬のような扱いをされるのは心外ですわね。それに、こういった物を運ぶのに魔力の消費などを考えれば難しいですわ。というよりも、それで収支が取れるのなら最初からその方法を取っていますわよ」

「それもそうか……悪いな、変なことを行って」

「いえ、無知ゆえですからそれは許します。けども、吸血種の変身というのは思っている以上に重要なものですから、あまりそういう事を言うと闇討ちされてもおかしくありませんわよ?」


 ……本気のカミラの忠告をされる。

 飄々としている相手から、本気の進言をされるとやってはいけないことをやったんだと実感するな。今後は気をつけよう。


「わかった……ところで、ティータを背負って運ぶのは大丈夫なのか? 調子はいいらしいけど、それでも背中に背負って運ぶのは相当負担があるはずろ?」


 人間を運ぶのは大変だ。それに、病人や体の弱い相手を気遣いながら背負うのでは相当に負担が大きい。

 そういった疑問を口に出すとカミラが手を叩く。すると、ノソリと一匹の巨大な狼が歩いてきた。驚く俺達に、カミラは笑顔で狼の頭を撫でる。


「部下の一人が運びますわ。揺れないですし、人間が背負うよりはマシでしょう?」

「……人を背負うのは良いのか?」

「家畜や獣扱いされて、そのように扱われるのが好まれないだけですわ。それに、子供を運ぶなら消耗は大きくありませんから」


 なるほど、たしかに言われてみれば毛並みもよく、ティータを背に乗せて歩くなら馬車と同じくらい良さそうだ。ふと気になって思って狼の人の目を見る。

 ……なんというか、哀愁と諦観が漂っていた。多分、本来はよくないんだろう。最低限の妥協ラインだったのかもしれない。心の中で深い感謝をしておく。

 と、ラトゥは違う表情を……純粋な驚きを浮かべていた


「……カミラ、もしかして貴方が里を出たのは、追放された同族のために――」

「あら、ラトゥ様。そんな大層な意義や意図はありませんよ? ただ、生きるために傭兵をしていたら手駒が必要で、そこに使えそうな行き場のない同族が集まっただけですわ。勘違いされると、仕事がやりにくくなりまもの」


 そう言ってから話を打ち切って、カミラは借金取りにティータの扱いについて聞きに行く。

 ……俺はなんとなく気になって、ラトゥに話を聞く。


「追放された同族のためって……詳しく聞いてもいいか?」

「……そう、ですわね。まず、吸血種というのは能力には血の影響だけではなくそれぞれの個性が大きく出ますわ。特に変身能力と言うのは個体差が大きく、あのように巨大な獣に変化したり、未知の生物に変身することができる吸血種もいますわ」

「おお、凄いな……でも、あの人達は里を追放されてるんだよな?」

「そうですわね。変身能力は個体差が大きくて制御をできる者と出来ない者で違いが大きく出ますわ。そして、制御の出来ない吸血種というのはその能力がどれだけ強くて珍しくても、意味がないとされますわ。だから、里にいるドラク家出身の人間は体の一部だけを変身させてコントロールしていますのよ」


 なるほど……たしかに俺が見た吸血種のほとんどはブラドのように体の一部だけを変化させている。

 だが、カミラの連れている吸血種の多くは完全に変化している吸血種が多い。一部だけの変身のように制御を出来ないから追放されたというわけか。


「でも、上手く運用すればいいような気もするけどな」

「それにも、ちゃんと理由はありますわ。獣化の変身というのは、見た目だけでなく内面まで変化してしまう……つまり、考え方や在り方も獣に寄っていきますの。傭兵として戦うのであれば、多少の理性の喪失などはなくても構いませんが里に所属する兵としては失格ですわ。ですから、制御できないのであれば――」

「あら、内緒話ですか?」


 と、カミラは俺たちの会話に混ざる。


「いえ、内緒というほどの事ではありませんわ。アレイさんに、追放された吸血種の話をしていましたの」

「ああ、なるほど」


 納得したカミラは、特に追求することなく先ほどの狼を呼ぶ。

 確かに、その話を聞けば行き場のない吸血種に居場所を与えたカミラは仲間思いなのかもしれない。まあ、本人に直接言うような命知らずな真似はしないが。


「フェレスさんと話をしましたけども、これで問題はないそうですわ。ここからは歩いて妖精郷に行くことになりますけど、お二人は歩くのは大丈夫でして?」

「ふふ、この程度で音を上げるような鍛え方はしていませんわ」

「むしろ、冒険者が無理なんて言えるわけがないな」

「それは失礼を。ただ、気をつけることがありますの」


 神妙な顔で、カミラはそういう。


「エリザ様からの忠告ですけども、妖精たちに惑わされないように……詳しくは時間が足りず、聞けませんでしたけどもおそらく本気であの方が忠告するなら相応に危険だと判断出来ますから」

「……そうですわね。エリザが危険だというのなら本当に危険なのでしょう。でも、妖精に惑わされない……どういうことかしら?」


 疑問を口にするエリザ。

 しかし、その答えを持っている彼女はここにいない。そして、全員は心の中で少しだけの不安を抱えながら、妖精郷へと続く道に足を踏み入れたのだった。

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