第167話 ジョニーと彼女の異変と

「うおっ!?」

「――思ったよりも遅かったですわね。ブラド達が頑張ったのかしら?」


 ガタンと揺れる馬車に驚く俺を尻目に、カミラが他人事のようにそういう。

 外を見れば、そこには顔を隠した数人ほどの吸血種の集団。そして、馬車の馬は既に始末されておりそれが衝撃の原因だったようだ。


「はぁ……馬だって貴重ですのに。まあ、里の吸血種達からすれば私達のような追い出された落第者なんて気にしないのでしょうけども」

「……間違いなく、吸血種の里に居る暗殺部隊ですわね。本当にラボラトリ家は私を始末するつもりですのね」


 どこか悲しげにいうラトゥ。

 ……嘘はないと分かっていても、実際に目の当たりにするとショックはあるだろう。


「ふむ、我の出番か? 吸血種であれば歯応えがありそうだ」


 ジャバウォックは立ち上がる。

 しかし、そんなジャバウォックに対してカミラは忠告をする。


「あら、竜人種の方は動くのでしたら手加減は必要ですよ? 彼らは吸血種の里の精鋭ですもの。下手に死なせてしまうと今後の関係性に影響しますわ。それに、敗北を悟る場合には自決をする可能性もありますもの。生け捕りに出来るように出来ますかしら?」

「それならば、我には向いていないな。必要になれば呼べ」


 そう言って座るジャバウォック。

 ……本当に素直だな、このドラゴン。座ったジャバウォックを見てから、カミラは俺に向かって尋ねる。


「それで、襲撃してきた追っ手の対処をしてくるうつもりですけども……アレイさんはどうなされる?」

「……まだバンシーもシェイプシフターも呼び出せないな。すまない、戦力にはなりそうにない」


 召喚をしようとしても、まだ形にならない。

 とはいえ、あくまでもカミラに倒されてからの間がないから再召喚出来ないだけではある。グレムリンやザントマン、アガシオンと違って夜が明ければ呼び出せるだろう。


「私だけでは少し手が足りないのですけども……それなら、仕方ありませんわね。ラトゥ様を動かして申し訳ありませんが、私と一緒に下手人を捕まえてくださりますか? ラトゥ様を相手にすれば、流石の暗殺部隊でも勝てる道理はありませんもの」

「分かりましたわ。元々、身内の問題ですもの。客人であるアレイさん達に面倒をかけるのも申し訳ありませんものね」


 そう言って、ラトゥとカミラが揃って馬車から出て行く。

 以前帰ったときにはイチノさんに助けて貰っていたといっていたが……それはあくまでも俺との契約で力を失っていたからだ。今のラトゥであれば、精鋭だとしても同格ではない吸血種に負ける道理などないだろう。

 ……外から聞こえてくる音の質が変わった。先程までは競い合うような戦闘音だが、今度は蹂躙するような破壊音が響く。その音を聞きながら、ふと思う。


(……なんというか、じっとしてるのも落ち着かないな)


 こうして待つだけというのは性に合わない……というよりも、妖精種達の住処に向かっていることで自分でも焦っているのだろう。そういった気持ちを消化したくて、何かをしておきたいのかもしれない。

 落ち着かない俺を見てか、借金取りが後ろから声をかける。


邪魔になるなら大人しくしていましょう。今のアレイさんは吸血種を相手に戦えないんですから、待つ事も仕事ですよ」

「……まあ、それはそうなんだが」

「ジャックさんが戦わずにこうして待っているんですから、ただでさえ戦えない私達が落ち着かないのは彼にも失礼ではないですか? 竜人種は血気盛んと聞きますからね」

「……そうだな」


 ……借金取りから、そう諭されて納得する。

 まあ、確かにそうだ。ジャバウォックは正確には違うのだが……俺だけ落ち着かずにそわそわしているのも情けない。


「……ティータの様子は聞いても大丈夫か? 任せていたが……」

「ええ、構いませんよ。状態はとても落ち着いていますよ。流石に特注の馬車に比べれば快適ではないでしょうが……どうにも、吸血種の里まで来てから徐々に体調が復調しているんですよね」

「……妖精種達の住んでいる場所が近いからか?」

「でしょうね。命を狙われた後に、移動方法に関して注文を付けなかった理由もそれです。この状態であれば必要はないと判断しました。アレイさんも見てみますか?」


 そう言われて、馬車の奥に寝かされているティータを見に行く。

 ……確かに、目に見えて調子が苦しい。寝息も安定しているし、安らいだ顔をしている。だが、それよりも……


(……なんだ?)


 違和感を感じる。それも、とても強い。


「なあ、ティータの様子……おかしくないか?」

「本当ですか? ……いえ、私が見る限りでは普通ですが。イチノからも、調子が良さそうだと聞きましたよ」

「……そう、か」


 どうやら、借金取りは違和感を感じないようだ。

 しかし、言語化が難しい。なんといえばいいのだろうか……


(今にも、消えて溶け出しそうだ)


 ティータが、まるでこのまま消えてしまうのではないか……そんな印象を受けるのだ。

 そして席に戻ると座った俺に静かにジャバウォックが話しかけてくる


「アレイ。お前の観察は正しい」

「……どういう、ことだ?」


 ……気のせいかと思ってた違和感を、ジャバウォックから肯定される。

 だが、それは決して良い物ではないのだろう。


「妖精種というのは、移ろいやすい。同じ同族がいる場所が近寄っている事で在り方が混じらない純粋な妖精種に近くなっているのだろう」

「……それは、大丈夫なのか?」

「あまり良くはないだろうな。意識がない状態で続けば存在そのものが妖精種に引っ張られる。魔力が意思を持ったような存在だ。過去も現在もない妖精種に成り果てれば二度と帰って来れまい」


 ジャバウォックの言葉はとんでもない事実を伝えていた。


「帰って来れないっていうのは……?」

「肉体を捨てるということだ。妖精種は吸血種に比べても肉体の魔力の割合が大きい。だからこそ、あらゆる形になれる」


 ……それは覚えている。


「完全な妖精種になれば、小さな己を維持する核を残して肉体の全てが魔力に変わる。そうすれば、死体が生き返ることがないようにもう二度と元の形には戻れないだろう」

「……そうなれば、ティータはどうなるんだ?」

「恐らく肉体を持っていた頃の記憶を欠落して、別物に変貌するだろうな。妖精種というのはお前達が魔物と呼ぶ存在に近しい存在だ。それでも地上で生きていけるのはそぎ落として奇跡的なバランスで成り立っているからだ。だから、妖精種の殆どは己の住処から出てこない。この森以外で会うことも困難だろう」


 ……生きていればいいという言葉がある。

 それには同意だ。生きてさえ居れば、後はどうにでもなる。しかし……もう、記憶も無くして別物になった時には……ティータは本当にティータと呼べるのか?


「ジャバウォック、どうすればいいんだ?」

「手段は妖精種に聞くしかあるまい。多少でも引き留めたいなら、物理的に触れておくといい。自分が人間だと無意識に自覚させておけば多少は進行が遅くなるだろう」

「分かった……教えてくれて助かった」

「構わん。契約者なのだからな」


 ……せめて、出来る事か。

 立ち上がり、借金取りに聞く。


「なあ、ティータの手を握っててもいいか?」

「ええ、構いませんよ」


 そして、俺はカミラとラトゥが戻ってくるまでに……ティータの手を握ってせめて元気になってくれるように祈りを込めるのだった。

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