第165話 ジョニーとリザルト7

「単刀直入に結論から言いますわ。私達に対する依頼者は……ラボラトリ家ですわね」

「なっ!?」

「ああ、特に個人というわけではありませんわよ? ラボラトリ家の総意……つまり、あの家に関わる者全てが依頼主ですわね」


 その言葉に、ブラドが驚愕しラトゥも衝撃の余りに言葉を失っている。

 この二人が深刻な顔をして動揺している姿は初めて見る。それほどまでに驚きだったのだろう。0


「馬鹿な!? 何の理由があってだ!? ラトゥ様を排除する理由など、それこそグランガーデンの立場を狙う者ならまだしも……!」

「あら? むしろ私からすれば至極当然だと思いますわよ? ラトゥ様の外部に開いてこの里の未来の発展を望む……ええ、とても素晴らしい志ですわ。私がこの里にいれば、間違いなく指示するほどに。ですけども、それが総意ではありませんわ。そして、外部に開かれるということは里の中では許されていた無法が衆目に晒されて裁かれる事になる。そういう意味では、どの家よりもラボラトリという家は外に関わりたくないでしょうね」

「それは……」


 そう言って言いよどむブラド。

 それは、ブラド自身も否定をしきれないと気付いてしまったのだろう。


「携帯血液だけではなくて、この里における暗殺に使われる道具。吸血種を使った様々なデータ。更には血に関する情報。更に秘匿されているような技術……それらはどうやって作られ積み重ねられていたのか知らないわけがありませんわよね?」

「……確かに、それは認める。しかし、それならエリザは――」


 ……気になって近くに立っているクロアに小声で聞いてみる。


「……なあ、里では他の種族の血ってどうやって集めてるんだ? ラトゥ達も直接に血を吸うのは普通はしないって言ってたが」

「……血ですか? 基本的には外部の他の種族から集める吸血種達や協力者が居るんです。それに、我々からすれば貴重な糧ですから良質な血液は様々な対価で集めています。そうして彼らから集めた血をラボラトリ家の方が作った血液を保存する技術で携帯血液にしています」

「良質っていうと……味の違いとかあるのか?」

「そうですね。味とは違いますが……魔力の質や血液の状態など。そういった物で満たされ方が違うんです。質の悪い血では飢えも早くなります」


 なるほど。だから誰の血でも良いというわけではないというわけか。

 確かに、そんな物を里を賄うために集める……正攻法だけでは無理だろう。


「今でこそ、携帯血液という物がありますが……もっと昔の吸血種は血を供給するための他種族を飼っていたそうです。とはいえ、世話の手間や血の取れる量など問題も多く、暴走して討伐される同族も多かったそうです。それに、当然ながら他種族を里に監禁して血を得る事は忌避され敵視されてきました」

「まあ、それはそうだろうな」


 上位種族である吸血種によって囲われているという事実は、他の種族からすれば侵略と取られるだろう。

 鼻歌交じりに暗殺をこなすような存在が、もしも飢えれば自分たちが餌として狩られる可能性がある……そう考えれば、当然ながら脅威とみて手を取り合って吸血種狩りを始めるだろう。

 そして、それに対して抵抗出来るほど吸血種は他の種族と隔絶しているわけではない。


「過去には、何度も他種族との戦争紛いの出来事もあったそうです。ですから……もしも、ラボラトリ家によって行われた事が表沙汰になるとしたら……それこそ、里の様々な事が揺らぐかと」


 クロアの表情は、自分はどうするべきか悩んでいるような感情が見えている。

 ……変革には様々な変化や犠牲が起きる。それの煽りを受けて無事で居られる事は無いだろう。


「少なくとも、ラトゥ様の婚約者であるアレイさんを誘拐してから会談の際に不在を理由にグランガーデン家へ里を外に開く事を拒絶し、更に婚約者の誘拐に関する事実を利用し根回しをした上でグランガーデン家自体の立場を奪い去って実権を握る……そんな算段を立てていたみたいですわね」

(……もう、そこまで行くとクーデターだな)


 信じていたはずの仲間の家が、自分たちを追い込むためにとんでもない謀略をしていた。

 その事実は正面から受けるには辛いものになりそうだ。しかし、ラトゥは衝撃で顔色を悪くしながらもそれでも気丈に振る舞う


「――分かりましたわ。裏付けを取る時間は必要ですが嘘はないと信じましょう」

「ええ、感謝しますラトゥ様」


 そう言ってカミラは恭しく礼をする。

 ……思ったんだが、あの戦闘狂でもちゃんと礼節を持って接する当たり、ラトゥは本当に偉いんだなぁと感心する。しかし、気になったことがある。


「……それだと、エリザはどうなってるんだ? 実家に戻ってるんだろう?」

「――ブラド」

「連絡は取れていません。アレイの捜索の際にも、使いを出しましたが……」


 ……つまり、エリザを当主にという話は……

 ラトゥの表情が変わり、救出をするために立ち上がった所でカミラが冷静に告げる。


「ああ、エリザ様に関しては大丈夫そうでしたわよ。自由に外に動けないようにされていましたが、内部ではある程度自由にはされていましたもの。私達に言付けも頼まれましたわ」

「言付け?」

「ええ。『竜人種の血を準備した。飲む時を楽しみにしている』ですって」


 その言葉に、息を吐いて椅子に座るラトゥ。

 恐らく、無事を伝える符丁なのだろう。


「……カミラ、貴方の言葉を信じますわ。それで、報酬は何を望みますの?」

「そうですわね……今回の件に関して、無事に解決した際に私達を保護してくださいます? 里を追い出された身ですけども、吸血種の里から追っ手だのを送り込まれるのは面倒ですもの。それに、今後も傭兵をする上で下手な風評を流されるのには支障がありますから、当主であるラトゥ様のお墨付きを頂ければ何よりの報酬ですから」

「……金銭でも、この里への居場所の要求でもありませんのね」

「ええ。お金は稼げば良いですし、里を出た時点でもう帰る気はありませんから。それに、ここからラボラトリ家と面倒な騒動があるのでしょう? 関わりたくないですもの」


 あっけらかんとそう答えるカミラ。

 里を追い出されたのか、自分で出たのかは分からないが……あそこまで割り切ってるのは凄いな。


「……分かりました。グランガーデン家として、貴方達の立場も保証致しますわ。そして、今後の傭兵としての活動に支障がないように取り計らえばよろしくて?」

「寛大な処置に感謝します」


 そして、交渉が終わり……扉が開かれる。

 そこには、どこで何をしていたのか……借金取りの姿だった。しかし、疲れているのか息を荒げ髪型も乱れている。そして、背中には何かを背負っていた。普段見ない姿に思わずラトゥが心配して聞く。


「フェレス様? どうされましたの?」

「いやあ、少々厄介なことになりましたね。まさか、取り次ぎの吸血種達から命を狙われるとは思いませんでしたよ。あ、お茶って出ます? 久々にこんなに走ったので疲れましたよ」


 まるで世間話のような軽さでそういうフェレス。


「――どういうことですの?」

「まあ、言葉通りですねぇ。アレイさんを探している間に私とイチノでコンタクトを取ってくれた吸血種の方との商談に行ったんですが……いやあ、まさかいきなり吸血種の暗殺者達に囲まれて命を狙われるとは思いませんでしたね。イチノのおかげでなんとかなりましたが、どうにもティータさんも狙っているみたいですね。眠っていた馬車が破壊されてこうして担ぐ事になりましたよ」


 ……なんだって?


「どういう事ですの!?」

「……妖精郷に行かせたくないのか。妖精種との交流が再開すれば、なし崩し的に里は開かれる事になる。それならば、妖精郷に繋がる存在を消せば良いと考えたか。確かに、妖精種に関してはグレーな存在だ……アレイこそ、貴族だから危害を加えることは問題になるが……妖精種そのものは事故で死んでも表沙汰にされる事はない。元々、ラトゥ様が妖精種を守った時点で考えられていたのかと」

「……まさか、そんな手を取るなんて」

「まあ、そちらの詳しい事情は分かりませんが……落ち着くまではイチノには身を守るために行動して貰う事になりそうですねぇ」


 借金取りの気楽な言葉だが、今の状況はとんでもなく追い詰められている。

 ブラドの家とラトゥの家……こちらは味方かも知れない。しかし、今までこの里で権力を積み上げてきた家の手の物がどこまで根深いか分からない――つまりは、吸血種の里は完全に敵に回ったと考えて良いだろう。


「それで、どうしますか? 妖精郷に行くのを急がないとティータさんの体調もどこまで持つか分からない。特注の馬車も壊されましたからね……あれ、賠償請求出来ますかね?」

「それは後々に承りますわ……ですが、妖精郷の場所が分かりませんの。本来は、会談で妖精郷に関する情報を引き出してから安全に連れて行くつもりでしたのに、こんなことになるなんて……」


 ラトゥの沈んだ顔。つまりは、このままだと妖精郷にいく事すらできない事になる。

 どうするべきか。何か手はないか。絶望的な状況に……一人が声を上げた


「――そんな皆様に、良いお話がありますわ」


 ――カミラの言葉に、全員の視線が向く。

 そこには、にこやかな表情と手に持った地図。そして、予想だにしない提案をしてきた。


「実は、妖精郷に行くための地図を持っていますの。私達に、目的地までの安全な護衛を依頼しませんこと? 値段は良心価格でお受けしますわよ?」


 ――そして、俺達にそれを断れる選択肢は存在しないのだった。

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