第160話 ジョニーと戦闘狂と

「あははははは!」

「バンシー!」

「はい!」

「これも対応しますのね! なら、これはどうですの!」


 もはや戦場とばかりの有様だ。

 地面は抉れ、木は折れ、俺達はボロボロになり、カミラは縦横無尽に動き回り俺達を嬲る。


「――受けるな! 回避しろ!」

「わわわっ!?」


 壁を作り防御しようとしたバンシーに指示を飛ばすと慌てて回避。そして、先程までバンシーが立っていた場所は貫かれた。

 ――なんともめちゃくちゃな戦い方だ。カミラはブラドに化けていたように、自分の体を変身させるのが得意なのだろうが……その変化させる速度と幅が先程戦った赤髪や緑髪とは大きく違う。

 狼の腕で殴りかかってきたかと思えば、今度はカマキリの鎌へと変化する。バンシーの壁で阻まれるとみれば、その腕を鋭い槍のように変化させ、生半可な攻撃をすれば腕を巨大なクマのように変化させて薙ぎ払ってくる。千変万化という言葉が似合う戦い方だ。


(クソ! 変身能力持ちだって聞いたが……俺の知ってる変身能力持ちとは大違いすぎるだろ!?)

「ああ、楽しいですわね! もっともっと、抵抗をしてくださいね!」

「くそ、こっちは必死なんだよ!」


 自身の体を自由自在に変化させながら戦う。そのスタイルは、もはや吸血鬼とは思えない……別種の怪物だ。

 まず、変身能力というのはラトゥが体を霧にするのを好まないのと同じでリスクが大きい。自分の体を意図的に変化させるというのは相当に不快なはずだ。笑いながらそれをやってのける精神性の異常さがよく分かる。


「バンシー! もう少し耐えてくれ!」

「は、はい! 頑張ります」

「ふふふ! もっと戦ってくださるのなら、大歓迎ですわ! もっともっと楽しみましょう!」


 自身の体を完全な狼に変化させたカミラが突撃してくる。

 咄嗟に回避。そして、バンシーに指示を出す。


「叫べ!」

「――っ!」

「おっと、危ないですわね」


 と、バンシーが叫んだ瞬間に体を元の吸血種へと戻した。

 ビリビリとした衝撃。カミラも耳を押さえて不快そうな顔をするが、さっきの時のような気絶をする程の被害は受けていない。


「フフ、私の部下を倒した方法なら既に知っていますのよ。よく考えましたわね」

「お褒めにあずかり恐縮だよ」


 軽口を叩きながらも脳内で考え続ける……奴の戦闘スタイルを見る限りでは十分に戦えている。

 確かに理不尽な戦い方だが……冒険者達にとっては本来のモンスター達と戦うときの気分に近い。そういう意味で


「しかし、やはり冒険者というのは面白いですわね。この戦い方をしても動揺せずにすぐに対応しますもの」

「慣れてるからな」


 軽い会話をしながらも、お互いにピリピリとした空気で動きを見ている。

 ……恐らく、バンシーの音というのは体を変身させる上でネックになるのだろう。仕組みは分からないが、聴覚の優れた何かに変身すればそのダメージをモロに喰らう。

 こちらも、攻撃に転じて回避されればその瞬間に一気にピンチになる。だからこその硬直であり、次なる動きを考えての会話だ。


「ですが、残念ですわね。アレイ様、まだ本調子ではありませんのね?」

「……どうしてそう思う?」

「その戦い方は、相方とする存在が一人では足りませんもの。本来はもっと沢山の戦力を使いこなすのが戦い方でしょう? 戦い方も、どうにもぎこちないですわ」


 ……よく見ている。その表情は、本当にも勿体ないと言いたげな顔だ。

 恐らく、心の底から残念がっているらしい。俺の知っている中では本当に珍しいタイプだ。


「傭兵だって言うのに、そんな楽しんで戦うのは良いのか? 冒険者なら好きなだけ戦えるぞ」

「あら、仕方ありませんでしょう? 私の生き様ですもの。それに、モンスターを相手に戦うのは趣味じゃありませんわ。やはり、こうして血の流れる相手を相手に戦ってこそですわ」


 どこから陶酔したような表情を浮かべながら笑みを浮かべるカミラ。

 ……ある意味では吸血種らしいといえるかも知れないな。そこで、ふと気が逸れたような表情をするカミラ。


「……そろそろ時間がなさそうですわね。まあ、本調子ではないようですし……楽しむのは諦めましょうか」

「簡単にやられるつもりはないぞ」

「あまり趣味ではないので見せたくはないんですけども……」


 俺の言葉に返事をせずに、そのまま立ってこちらを見て居るカミラ。

 ……何を仕掛けてくる? バンシーが近くに立ち警戒をする。だが、まだ動かな――


「――召喚術士さん!」

「うおっ!?」


 バンシーが俺を突き飛ばす。

 すると、地面から突き上げるかのようにカミラが飛び出して、バンシーの体が切り裂かれた。

 そのまま魔力へと戻っていく。


「バンシー!」

「あら、逃しましたわね……ですが、これで邪魔な手駒は消しましたわ」


 その姿は巨大な爪となっている。脚先を見れば、そこは植物になっていた。

 ……まさか。


「その姿……ツチグモと、アルウラネか!?」

「あら、流石冒険者ですわね。モンスターの姿を一瞬で見破るなんて」


 にこやかに言うカミラ。その背後で先程まで俺達が見張っていたカミラが枯れて崩れ落ちる。

 ――ツチグモは巨大な蜘蛛に似たモンスターであり、地面に潜み食らいつく特技を持っている。そして、アルウラネは植物に擬態したモンスター。疑似餌と呼ばれる獲物に似ている姿の実を作り出して騙し討ちをする特性がある。


(今までは、地上に居るあっても魔獣の変身だったが……モンスターの変身の複合か!)

「あまり気乗りはしませんのよね。モンスターの姿は流石に無粋でしょう?」

「……召喚術士にそれを言うかよ」


 なるほど。好みの問題でやっていなかっただけか。

 それでも、その能力の使い方は間違いなく飛び抜けている。体を元のカミラに戻して俺に近づく。

 既に俺を守ってくれる存在は居ない。


「では、連れて帰らせて貰いますわ」

「……くっ!」


 背中を向けてダッシュで逃げる……が、すぐさま飛びかかられて地面に引き倒されてしまう。

 背中に座って呆れたようにいうカミラ。


「往生際が悪いですわよ? せめて、敗残兵らしく素直に捕まれば痛い思いをしなくて済みますのに」

「生憎、冒険者ってのは諦めが悪いもんなんだよ……!」


 何か手はないかを考える。

 このまま捕まれば、今度は俺を監視した上で拘束される。更に、あの屋敷から別に移動する事で少なくとも、逃げ出せるチャンスは消えてしまい相手の思い通りに事は進むだろう。


(何か……何か無いか……!)

「では、諦めが付くように意識は刈り取らせて頂きますわ」


 そう言って、俺の首に手を当てる。

 ――グッと締め付けられる。苦しくはないのに、意識が遠のいていくような感覚。


(……なに、か……!)


 必死に懐を探り、残った召喚符に魔力を手当たり次第に込めていく。

 しかし、どれも魔力は形にならずに素通りしていく。


(……た、の……む!)


  ――そして、最後の頼みと手に掴んだそれから、魔力に応じる手応えを感じた俺は残った魔力を注ぎ込んだ。

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