第159話 ジョニーと危機と

「こほん――栓の無い話はここまでにしておきましょうか」


 と、妙な空気を切り替えるように目の前の女はそう切り出す。

 どこかブラドに似ている空気を感じる……とはいえ、ブラドよりも影を感じる。


「ラトゥ様の婚約者様。自己紹介になりますが、私はカミラといいます。以後、お見知りおきを」

「……アレイだ。それで、俺を誘拐したのはお前達なんだよな?」

「ええ。私達が依頼を受けてアレイ様を誘拐しました」


 にこやかで、丁寧な口調はどこか借金取りを彷彿とさせる。

 その身に纏う濃厚な暴力の気配は、策謀で生きている借金取りとは違った明確な脅威としての圧力がある。しかし、気になりカミラに聞いてみる。


「それで、わざわざ丁寧に挨拶をしてきた理由はなんだ? 何を狙っている」

「おや、心外ですね。これでも敬意を持っていますからね? 私の部下を痛めつけたのは不快ではありますが……それ以上に、油断をしていたわけでない吸血種を出し抜いて逃げ出した事は驚嘆に値しますからね。私は、優秀な人間は好ましく思っていますから」


 ……その表情に嘘はない……嘘であった方が良かったかも知れない。

 何故なら、徐々にその相貌は凶悪に歪められていく。まるで、ラ捕食者としての表情だ。そこに含まれている感情は見覚えがある……それは、ジャバウォックと対峙したときと同じ顔だ。


「――だから、味見をしたくなりましたのよ。吸血種と戦えるような人間……面白いですわよね?」

(クソ! 戦闘狂タイプかよ!?)

「ひっ……で、【破壊の咆哮デストロハウル】!」


 バンシーが凶悪なカミラの気迫に押されてか、咄嗟に攻撃をする。

 先程まで木の上で立っていたカミラは華麗に回避して地上に降り立つ。そして、その表情は喜色満面の笑みだった。


「あらあらあら……これだと、仕方ありませんね。攻撃を仕掛けられたのなら、反撃をしないと。ああ、残念です。依頼主からは可能な限りは戦闘行為は慎めと言われていますが……攻撃されたのなら、手加減できない相手ですからね。なら、戦闘行為は仕方ないですね」

「どの口が言ってるんだよ……」

「ふふふ、この口ですけども?」


 完全にマッチポンプだ。自分たちから襲うように仕向けて、仕方ないという体で戦おうとしている。多分、バンシーが攻撃しなくても俺達に手出しをさせるように何かしてきたに違いない。

 つまりは……あの女に目を付けられた時点で回避は不可能というわけだ。それに、どちらにせよ逃げ出すためには戦うしか無い。


「……やるぞ、バンシー」

「は、はい!」

「ああ、良い表情ですね。やはり、戦いは良い。退屈な依頼かと思ってましたけど、なんとも素晴らしい依頼になりそうですわ!」


 そして、吸血種の傭兵……カミラとの戦いが始まるのだった。

 ……妖精郷に行く前に、こんな面倒な騒動に巻き込まれるとは。日頃の自分の行いを思わず見返しそうになるのだった。



 ――時間は少し巻き戻り、カミラが去った直後から吸血種の里ではラトゥ達がアレイを探すために必死に情報を集めていた。

 屋敷の中でも会食をするための部屋で全員が座って情報を共有していた。


「今回の傭兵達に依頼をした一族に心当たりはありまして?」

「生憎は……ただ、見つからない以上はアレイの幽閉場所などを用意する事を考えると放棄されている屋敷を持っている貴族が怪しいかと。少なくとも監視の目から何も情報が来てない以上は監視のない場所に運ばれたと見て間違いないでしょう。それであれば、監禁されているであろう場所は数カ所に絞り込めます」

「分かりましたわ。では、まずはそちらを当たりましょう。メイド達で動ける者を使いますわよ」


 次なる手を決めたラトゥ達へ、リート達も声をかける。


「僕達にも手伝える事はあるかな? アレイは友達だからね。助けてあげたいんだ」

「……そうですわね。捜索の手伝いを頼んでもよろしくて?」

「ああ、それでいい。というか、アレイもアレイだ。何もせずに捕まるって油断しすぎだろ」


 ルイが呆れたようにそう言ってのける……が、落ち着きはなく椅子に腰かけながらも貧乏揺すりをしている。

 本心ではアレイを心配して、今すぐにでも動き出したいと言う気持ちが見て取れるほどで、周囲は緊迫した状況ではあるが少しだけ笑みがこぼれる。

 視線に気付いたルイが噛みつくように言う。


「なんだよ。なんかおかしいところでもあるか?」

「いえ、アレイさんが心配な気持ちは同じだと思いまして……ですが、簡単に捕まったのは私達を信頼した上だったと思いますわ……だから、私達が守り切れなかった事が申し訳ありませんの」


 そう言うラトゥ。

 そんな様子を眺めながら、フェレスは手を上げて発言をする。


「ああ、私は今回に関しては動きません。あくまでも私の目的は吸血種の方々との販路を繋ぐ事ですので。まあ、あまり出しゃばって心象に影響はしたくないので。それに、銀等級がこれだけ揃っていれば必要はありませんのでね」

「私はフェレス様の手足ですので指示通りに」

「……まあいいけどよ」


 ルイは微妙そうな顔を向ける。とはいえ、

 とはいえ、現役である銀等級冒険者が二チームも動いているのであれば本来は過剰なくらいだ。それほどまでに、冒険者の強さとは一般とは格別しているのだ。


「それで、アレイに化けてた敵ってのは?」

「……カミラという吸血種だ。久々に見たので覚えていなかったが……過去に暗殺部隊へ所属していた。問題があって最終的に里を追放されたが」

「暗殺部隊……物騒ですね」

「元々、それが生業だ」


 そう答えるブラドに、ルイは質問をする。


「なんでそいつは追放されたんだ? 暗殺部隊なんてご大層なチームに所属してるなら手放すのも無理だろ」

「……そうだな。戦う可能性がある以上は説明をすべきか」


 身内の恥をさらす事に抵抗感を抱きながらも、ブラドはリート達へと伝える。


「カミラは突然変異的に血が濃く生まれた優秀な吸血種だった。変身能力だけで言うなら私に匹敵するだろうな。一時はドラク本家の末席として迎え入れる話すらあったほどだ」

「……聞いている限り、問題が無いどころか優秀過ぎるほどでは?」


 その言葉に、頷く一同。

 ブラドは頭が痛いとばかりに言葉を続ける。


「酷い悪癖があった……吸血種としての血が強い弊害だったのだろうが、病的なほどに好戦的な戦闘狂だったのだよ。特に、狩り狩られるような戦闘を好んでいた。その悪癖で、何度も暗殺任務を達成できず血の海に変えて無用な犠牲者を出す。目に余って暗殺部隊から除名して里で飼い殺しにしようすれば、里の中で戦いを求めて騒動を起こす程だった。正直、追放してからはあの性格だ。野垂れ死んだと思ったが……」


 その言葉に、リート達……そしてラトゥも嫌な予感がするとばかりの表情を浮かべていた。

 そして、ルイが口火を切る。


「……それだと、アレイが目を付けられて戦う羽目にならねえか?」

「流石にそれはないだろう。捕らえられて武器も何もかも無いのだ。抵抗手段……いや、そうか。奴は召喚術士か」


 ブラドも、その可能性に行き当たる。


「……案外不味いかもな。口実が作れれば、幾らでも戦うぞ」

「急ぎますわよ! 自体は一刻を争いますわ!」


 そして、慌てて動き始めるリート達を見ながらフェレスはノンビリとお茶を啜りながら呟く。


「大変そうですねぇ……ふむ、イチノ。このお茶、意外と美味しいですよ」

「後で私も頂きます」

「ええ。意外と特産品として売れるかも知れませんねぇ」


 どこまでもマイペースなフェレス達だったのだ。

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