第158話 ジョニーは逃げ回る

「――――!」


 ……バンシーの本気の叫びは、もはや超音波といえる程の高音であり、俺の耳では聞きとれない程だった。

 それでも、真っ直ぐ立てなくなるようなグワングワンと頭が揺れる感覚がある。これがバンシーという種族の全力かと感心しながらも耳をていると、黒い刃は突如として動きを止めて落下してくる。


「――ギィ……」


 泡を吹きながら痙攣しているそれは……コウモリだった。

 他にも、俺達の周囲にはボトボトと落ちて痙攣している。それを見て、不思議そうな顔を浮かべるバンシー。


「えっと、これは……」

「これがあの吸血種の攻撃の正体だ。魔具じゃなくて良かったよ……魔具だったら俺の見当違いって事で全滅だったからな」


 あの吸血種は、己の体の一部をコウモリへと変身させた上でそれを使って攻撃していたのだ。

 吸血種の体の一部を変化させれば普通のコウモリとは比べものにならない程の強さと強度を持つ事になる。普通であれば、何匹も放ちながら破壊されるまで何度もターゲットを狙いながら追尾してくる厄介な攻撃だっただろう。

 しかし、コウモリとは聴覚に優れている。それは普通の生物だと聞こえないような音すら聞き分けるほどだ。そこに、バンシーの全力の叫びを聞かせれば下手な攻撃よりも有効というわけだ。


「吸血種の方は……あっちも伸びてるか」


 見れば、緑髪の吸血種も泡を吹いて気絶している。

 体をコウモリに変化させているのだ。多少のフィードバックもあるだろう。耳元で爆音を流されたようなものだ。現代で言うならスタングレネードが直撃したような物だろう。

 ……念のために一応近寄って確認をしてみる……よし、ちゃんと息はしているな。


「はぁ。助かったぞ、バンシー」

「いえ、召喚術士さんの知識にビックリです。コウモリって言うのも知らなかったですし、こんな対応があったんですね」

「まあ、偶然だけど知ってたんだ。ここで役に立つとは思ってもなかったけどな」


 前世の知識に引っかかる情報はたまに役に立つ。

 特に、生物学だのそういったものは王都で一部が秘匿している情報だ。情報は金になり価値がある。これを利用して儲ければ……という話にもなりそうだが、まあ当然ながらそんな上手くいくはずがない。


(権力がなけりゃ、思いつきは上の貴族に取られるし貴族だとしても、それを自分の手柄にする根回しは政治だからなぁ……)


 俺のような木っ端貴族が自分の知識で大儲けをするにはコネクションと運が必要になる。

 それに頼るくらいなら、自分で使う知識にするほうがまだマシというわけだ。さて、それはそうと……


「そろそろ行くか。これ以上ここに居ても、追っ手が来る。思った以上に時間を使ったからな……」

「そうですね。それじゃあ行きましょう」

「ああ。さてと、道を見るに……このまま行けば良さそうだな」


 そのまま俺とバンシーは森を進んでいく。

 ……このまま迷子にならないといいんだが。そんな不安も感じつつ俺は進んでいくのだった。



 森の風景はどこまで進んでも変わらないように見える。

 土地勘のない場所であれば、迷い込むのも仕方ない。そこで、ふとバンシーが俺に質問をする。


「あの、召喚術士さん」

「……なんだ?」

「ここって……どこですか? その、風景が全然変わらないので分からないのですけど……」

「そうだな……」


 俺達は歩みを進めながら、考えていた事があった。

 まるで変わらない風景。道という道もない中で、一つだけ分かる真実がある。


「……森を進むときのコツを前に、ルイから聞いたんだがな」

「はい」

「まずは、道を見て踏みならされてるかどうかを確認するべきらしい。獣も通らない道は行き止まりだったり、場合によっては危険に繋がっている事もあるらしい。森で道なき道を通るのは慣れてない限りは避けた方が良いらしい」

「そうなんですね……なんで急にその話をしたんですか?」


 ……まあ、シンプルに言えばだ。


「残念な事にだな。獣道が無い時のパターンは聞けなかったんだ」


 迷ったという。

 ……その言葉に、やっぱりと言いたげな表情を浮かべるバンシー。

 こうして地上の森を歩いて思ったが……ダンジョンとは違って、明確なゴールが見えないのだ。


「えっと、どうするんですか? このままだとどこに行くかも分からないんですけど……」

「俺も結構困っては居るんだよ。とはいえ、屋敷がある以上は吸血種の里から遠く離れてる訳じゃないとは思う……案外、外から来る奴が迷い込まないように何かしらの魔具を使って人払いをしてる可能性もあるか」


 忘れていたが、意図的に侵入者を選別する事が出来る魔具も存在する。

 貴重な物だが、里の秘匿という重要な要素を考えれば使っていてもおかしくはないだろう。


(そうなると、ブラドが俺達に外を見せずに道案内をさせた理由も納得が出来るか。最初は道を知られたくないからかと思ったが……魔具の影響があれば、外に出ていたら悪影響が出るわけだ)


 納得をしていると、バンシーが何かに気付いたのか俺の裾を引いてアピールする。


「どうした?」

「もしも、魔具で人払いをしてるなら……私みたいな召喚獣だと違和感を避けれるんじゃないですかね?」

「……なるほど。魔獣でもない魔種に近い存在のバンシーなら確かに条件から除外されてる可能性が高いか」


 良い案だ。人避けをしているような魔具の場合は認識を狂わせて辿り着けないようになっている。だからバンシーに進んで貰えば辿り着ける可能性は高い。


「分かった、頼む――」

「だ、誰ですか!?」


 と、バンシーが声を上げる。

 それは近くの茂み。ガサリと言う音がして俺とバンシーは警戒する。追っ手の可能性もあれば、魔獣などが出没する可能性だってある。

 ――しばらく待って、そして現れたのは。


「……ここに居たか」

「ブラド!?」

「ブラドさん!」


 ……まさかのブラドだった。


「ここに居たのか……探したぞ。浚われたと聞いて探していたんだが、ここに居たか」

「もしかして、ラトゥ達も探してるのか?」

「ああ、お嬢様も心配している。里までは案内するから付いてこい」


 ……バンシーと俺は顔を見合わせた。

 そして、質問をする。

 

「ブラドに聞きたいんだが……」

「なんだ?」

「お前は誰だ?」


 その瞬間にブラドに成り代わった何者かは表情を変える。そこに、バンシーは間髪入れずに攻撃をした。

 バンシーの方向を一瞬で回避したブラドを名乗る何者かは、飛び退いてその正体を現す。


「あらあら……こうもあっさりとバレますのね」


 それは、ラトゥ達とも違う吸血種の女性だ。どこかブラドに似ているような顔立ちをしている。

 ……恐らく、俺を浚った傭兵達のリーダーなのだろう。


「後学のために、どうしてバレたのか教えて貰ってもよろしいかしら?」


 その言葉に、俺はすぐさま答える。


「ブラドなら、俺がラトゥに馴れ馴れしい態度をしたら文句を言うに決まってる」

「……あの子、まだそんな感じですのね」


 呆れた様子の吸血種の女性に、追い追われの立場だというのに妙な空気になるのだった。

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