第157話 ジョニーは迎え撃つ

「があああ!」

「ぐがっ!」


 バンシーの攻撃が直撃した二人の吸血種は悲鳴を上げて吹き飛ばされる。


「よし! 上手くいった!」

「よ、良かった……ちゃんと出来た……」


 バンシーの攻撃が直撃した吸血種達は動けないだろう。

 そのまま、近くの茂みに隠れていたバンシーと合流する。バンシーの顔は喜び半分、戸惑い半分と行ったところだ。


「や、やりましたけど……でも、なんで私見つからなかったんでしょうか? 茂みにちょっと隠れてただけなのに……」

「それに関しては、バンシー自体が元々は気付かれにくい特性があるんだけどな。それに加えて、吸血種達は魔力に対する探知能力はそこまで高くないんだよ」

「え、そうなんですか?」


 意外そうな表情を浮かべるバンシー。

 気持ちは分かる。俺も最初に聞いたときに同じようなリアクションを取った。


「ああ。実は吸血種っていうのは、魔種としての感知能力自体はそこまで高くない。その代わり、人間とか魔種……言うなら、血の流れる生物に対しては感覚が優れてる。目の前に居る俺の存在のせいで、気付きにくくなってるのはあるだろうな。それに、地上でモンスターが居るなんて想定は普通はされない。だから意識外だったのもあるだろうな」

「ああ、なるほど……なんというか、捕食者って感じですね。吸血種の人って」


 恐らく、他者の血に依存する性質だからこそ捕食者としての能力が強くなったのだろう。ある意味では順当な進化だ。


「とはいえ、バンシーが居てくれれば吸血種達から逃げ切る事だって不可能じゃない。頼りにしてるぞ」

「は、はい! 任せてください! 召喚術士さんは頑張って守りますね!」

「ああ、任せた」


 バンシーの心強い言葉に、俺も笑顔で答える。

 吸血種の二人は恐らく、バンシーの攻撃が直撃した以上はしばらく動けないだろう。今のうちに遠くへと行くべきだろうが……


(この森をどう行けば辿り着けるかは分からないからな……無策で進んでも最悪遭難する。とはいえ、真っ直ぐ進んでいかない事に話にならないんだよな……どうするかな)

「召喚術士さん、危ない!」


 と、突如としてバンシーに押し倒される。

 先程まで、俺が立っていた場所を通り過ぎていくのは鋭い刃のようなもの。


「……まさか、動けるのか」

「ごほっ……はぁ……まさか、召喚術士だったとはな……悪いが、リーダー達に伝えるのは任せた……」

「分かった……ここは、頼んだぞ」


 ボロボロになっている緑髪が立ち上がり、俺達に立ち向かおうとしていた。

 その背後では、赤髪が完全な狼の姿になって走り去っていく。止めようと

 それを見て、バンシーは俺に対して申し訳なさそうに謝った。


「召喚術士さん、ごめんなさい……ちゃんと、気絶させたと思ったのに……」

「舐め、るな……腐っても、我々は吸血種だ……」

「……傭兵とはいえ、見上げた精神だな……まあ、敵に回すと面倒くさいんだが」


 傭兵の中には、もっと仕事に熱心ではないような奴も多い。その中でも、命の危機だとしても仲間に託して体を張れるのは見事と言える。それが俺と敵対している時でなければ最高だった。


(……とはいえ、立っているだけでも限界ギリギリって感じか)


 バンシーの攻撃が直撃した事で間違いなく弱っている。それでも、まだ戦える以上は油断なんて言うのは出来ない。

 そして、緑髪の吸血種が手を震うと何かがこちらに飛来してくる。


「通しません!」


 バンシーが叫び、その音によって壁を作り上げる。

 そのまま飛来した何かは弾かれて軌道が逸らされた。


「ぐっ……ごほっ」

「今度こそ、眠ってください!」


 気力で立っている緑髪へと向かってバンシーは息を吸い込んで攻撃をしようと構え……

 そこで、気付いた俺は慌ててバンシーに指示を飛ばす。


「バンシー! 上だ!」

「上ですか!?」


 と、突然の指示に驚きながらも上空を向いて攻撃方向を切り替える。

 すると、バンシーを切り裂こうとしていた黒い刃が音の攻撃によって消滅した。


「……あれって、さっきの攻撃ですか?」

「ああ……まだ終わってない見たいだな」

「ちっ……まだ、まだ!」


 緑髪を見れば、既に黒い刃を幾つも周囲へと浮かばせていた。

 そして、その数を増やした刃をこちらに向けて放つ。


「はぁ……ごほっ……まだ、まだ……!」

「何度来ても、同じです!」


 もう一度バンシーが声の壁によって弾く。

 ……軌道を追えば弾かれてからそれは大きく弧を描き……俺達に戻ってきていた。


「戻ってきますよ!?」

「とりあえず、あの攻撃を弾いてくれ! 少し考える!」

「わ、分かりました! でも、これを弾いてるだけだと状況は変わりませんよ!?」


 そう言いながらも、指示をした通りにバンシーは黒い刃を弾く。しかし、攻撃と防御を同時にする事は出来ない。あの緑髪が本調子ならこれに加えて他の戦法もしてきたのだろうが……今は、立っているのもやっとの様子だ。だからこそ、まだ対処できている。

 ……いや、現状では俺達をここから動かさない事が目的なのだろう。逃げた赤髪が援軍を読んでくれば間違いなく逃げ切れない。つまり、この攻撃に対する対処を考えなければ。


(……まず、何を使った攻撃なのかだ。あの姿を見る限り、魔力を使った魔法ではない。まず、弾かれても追尾してくるような魔法ならこんな挙動にはならない)


 それに、魔法使いならもっと別の戦闘手段を使っているはずだ。

 魔法使いの攻撃だとしても、魔力が色づく事は無い。つまりは魔具を介した能力か、別の何かである。しかし、刃を浮遊させて攻撃する魔具というのは俺の知識にはない。


(……それに、あの状態で使う以上は魔具を使うよりも手に慣れた攻撃の可能性が高いはずだ)


 つまりは、アレは吸血種の能力を応用した技であると考えられる。そして、緑髪を見れば体の一部がモヤのようになっている。


(あれはラトゥが体を霧に変えた時に似ているな……)


 最初の黒い刃はバンシーの攻撃によって迎撃されて消滅した。それならば、自身の体を変化させた攻撃の可能性は高い。


(吸血種の能力……そうだ。変身能力)


 相棒である赤髪は体を狼に変化させていた。それに似た能力だと考えれば――

 黒い刃。そして何度も追尾してくる攻撃……予想が正しければあの攻撃の正体は分かった。


「バンシー! 叫んでくれ!」

「え!? さ、叫ぶんですか!? 攻撃じゃなくて!?」

「そうだ! 限界まで高い声で頼む!」

「わ、分かりました!」


 突然の指示でもバンシーは対応してくれる。音の壁を消して息を吸い込んだ。


「四方から、喰らえ……!」


 俺達を取り囲むように黒い刃が襲いかかる。間違えれば、間違いなく俺達は致命的なダメージを負うだろう。

 だが迷いはない。そして、バンシーの全力の叫びが森の中へと響き渡った。

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