第156話 ジョニー達は追いかけられる

「――よし、このまま行くぞ」

「ほ、本当に行くんですか!?」


 正気じゃない人間を見る目で俺にそう聞いてくるバンシーに迷いなく頷く。


「ああ。ここで待っていてもいずれ部屋を総当たりされたら見つかるのは時間の問題だ。なら、無理矢理にでも通る方が良い」

「でも、吸血種がいっぱい居るんですよ? それだと見つかったら終わりなんじゃ……」

「まあ、考えはある」


 一応だが、上手くいくはずだ。

 まだ吸血種達はバンシーの存在に気づいていない。ならば、尾の作戦は普通に上手くいくだろう。


「少なくとも、バンシーが要になってる。だから頼んだぞ」

「……信用しますからね? 無理をしたらダメですよ?」

「ああ、任せておけ。それじゃあ、俺が大声を出したら頼むぞ」


 そして、隠し扉から出た俺達は部屋に立ち……俺は閉じる前の隠し扉へと振り向いた。

 そして、そのまま腹の底から声を出す。


「うわあああああああ!」


 隠し扉に向かって思いっきり悲鳴を上げて叫んだ。

 俺の意図を読み取って、バンシーは俺の叫びを増強させて反響させる。そして、それは隠し通路の中を反響して伝わっていき上の階へと届く。


『うわあああああああ!』

「なんだ!?」

「悲鳴だと!? 下手に怪我をしたら問題になる! 急ぐぞ!」


 バタバタという音がして二階へと上がっていく。

 その騒動に紛れて扉を開けて、部屋の外に出る。やはり、俺の悲鳴を聞きつけて慌てて上に行ったか。出入り口の見張りはいない。恐らく、窓から逃げる可能性を考えて外で待っているのだろう。

 その結果に満足していると、バンシーは意外そうな顔で俺を見ている。


「……本当に真っ当な手段で驚きました」

「俺をなんだと思ってるんだよ。よし、いくぞ」


 この室内の明るさでは、吸血種の力もそこまでではない。これが夜の暗い中などであれば俺は見つかっていた可能性があったが……噛み合ったようだ。

 そのまま、玄関を出て……目の前に広がるのは一面の森だった。


「……そりゃそうか。人目に付かない場所なら、森の中だよな……クソ、どこだよ。バンシー、今の位置に関して探る事は出来るか?」

「え、えっと……流石に反響する空間がないのでここは難しいですね……それに、森の中は小さい生物が多いので中々場所を探るのは難しくて……」

「そりゃそうか……まあ、仕方ない。捕まる前になんとか逃げるぞ」


 寝ている間に捕まり、ぐっすり眠ってから起きた事を考えると……時間的にはまだ明るい時間だ。しかし、夜になってしまえば吸血種達の時間となり逃げる事など不可能だろう。

 だからこそ、この時間の間に逃げて日が暮れる前に森を抜ける。もしも捕まれば、逃げられないように脚の骨を折られたり、マトモに動けないように血などを抜かれて弱らせられる可能性は大きい。


(……まだ時間的には大丈夫だが)


 だが、警戒するに超した事はない。

 そして、俺とバンシーは森の中へと歩みを進めていくのだった。



 森を歩きながら、バンシーに聞いてみる。


「足音はどうだ?」

「……何か来てるような音は聞こえますけど……すいません、詳しくは聞き取れきれなくて……」

「いや、十分だ。もう俺達が森に逃げたのはバレたと考えて良いな」


 まあ、屋敷の入り口から逃げた痕跡も処理出来ない以上は時間の問題だった。それ自体は予想通り。

 ただ、予定外のことはある。まず、装備が整っていない着の身着のままで飛び出した事で装備が心許ない事だろう。空腹なども判断を鈍らせる可能性がある。そしてもう一つとして……


(……暗すぎるな)


 森は、木々が生い茂りあまり手入れをされていないのか日光を遮っている。

 吸血種は夜を友として脅威を振るう種族だ。日が当たる明るい場所ほどに力は抑えられ、逆に暗く日の当たらない場所ほどに吸血種としての力が強くなる特性を持っている。

 過去には、吸血種の暗殺を恐れた貴族がまるで昼のように明かりを焚いて常に照らし続けていたという逸話まである程だ。


(吸血種の管理する森だからな……あくまでも、吸血種達が力を発揮しやすいように作られてるのは当然か)


 この森は外部からの侵入者を拒むと同時に、自分たちの力を十全に使うための狩り場になっているのだろう。


「とはいえ、こっちも手段はあるけどな……」


 ラトゥと一緒に過ごした時間というのは無駄ではない。

 吸血種という種族に関して、多少はこちらも知識があるのだ。


「このまま道も分からず逃げてもジリ貧だからな……バンシー、俺の指示通りに頼む」

「えっと、もしかして……」

「ああ。迎撃してやろう」


 狩る側だと思っている吸血種に、その油断を利用させて貰うとしよう。。



 森を駆けながら追いかける赤髪と緑髪をした二人の吸血種。

 逃げた痕跡を確認しながら追いかける中で、一人がぼやく。


「――ちっ、どこから逃げたんだ。クソ、何が楽な仕事だよ」

「まあ、仕方ないだろ。どうせ里の依頼主は典型的な吸血種なんだろ。外を見てないから視野が狭い。今時は人種でも、実力があれば手に余るくらいには強くなってるんだからな」

「全くだ……聞いたんだが里に来た人種に貴族共の手駒である実働部隊の吸血種共が返り討ちにされたんだと」

「本当か!? 人格はともかく、実力は確かだろう!?」

「ああ、確かな情報だ。しかし、あの鼻持ちならない貴族共の狗が無様を晒した事実は気分が良いな。だから、わざわざ里から追い出されたはみ出し者に依頼を頼んだんだろうが」


 傭兵である吸血種達は、里から出てきたときに様々な因縁があるのだろう。

 その情報に驚きながらも、顔にはいい気味だとばかりの笑みが浮かんでいる。


「……とはいえ、油断ならない訳だ。まあ、報酬の上乗せを交渉するようにリーダーに頼むとしよう」

「そうだな。まあ、逃げられた事がバレればタダじゃ済まないが……」

「捕まえて拘束しておけばチャラだ」


 そんな会話をしながら歩みを進めていき……突如、足を止める。


「……アレか」


 それは、森の中を走るアレイの姿だった。

 確かに必死に走っているのだろうが、吸血種達から見ればまるで散歩でもしているかのようなノンビリとした走りだった。


「逃げた知恵は回るが、所詮は人間か」

「まて。扉を破壊した手段は不明だ。警戒するに超した事はない」

「そうだったな。だが、さっさと捕まえておくべきだろう。」


 吸血種の片割れである赤髪が宣言すると、吸血種の能力によって己の四肢を変貌させる。

 それは狼の物だ。狼の四肢によって爆発的な加速をして一瞬でアレイのもとに辿り着く赤髪。


「くっ!?」

「さて、何をしてくる?」


 赤髪の言葉に、アレイは踵を返して逃げようとする。

 しかし、そこには既に緑髪が先回りをして囲まれていた。


「警戒はしておけ」

「分かっている。だが、魔力を使う様子も見えない。だから――」


 と、アレイは突如として動き出す。

 警戒する吸血種達を尻目に、その場へと伏せた。


「……何だ?」

「――不味い!」


 突如として、横っ面を吹き飛ばすように魔力による衝撃波が襲いかかってくる。そして、赤髪と緑髪は直撃し、吹き飛ばされるのだった。

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