第155話 ジョニーは脱走する

「行きます……【破壊の咆哮デストロハウル】!」


 バンシーの攻撃によって扉が破壊され、崩れ落ちる。

 しかし、その破壊音は響かない。バンシーの音の壁を作って外に聞こえないようにするという手段はこうしてみると面白いものだ。他にも利用できそうだが、ダンジョン探索だとそこまでメリットが大きいわけでは無いので難しい所だ。斥候役が居れば事足りるからである。

 と、嬉しそうな顔をしてバンシーが報告する。


「開きましたよ、召喚術士さん! ちょっと、粉々になっちゃいましたけど……」

「ああ、よくやった。見張りの吸血種達はどうしてるか分かるか?」

「えっと……今はまだ気付いてないみたいです。ただ、音を防いでるから不自然に静かになってるんで……もしかしたら気になって見に来るかも知れません」

「まだ動かない……か」


 ふむ……恐らくだが、監視という名目でも俺に近づいて余計な情報を与えたくないのだろう。だから、こちらを見るのは最低限なはずだ。荷物を全て奪い去った上で、監禁している。さらに、ここを破壊するような音が出れば本来なら気付いてすぐに対応出来る。

 だからこそ、あくまでも俺を監禁している場所で何か起きれば対応をすれば良い……という考えなのだろう。


(まあ、これは召喚術士であるメリットだな。情報が少ないし、知っている人間自体が少ない。だから、対策がしづらいわけだ。実際、魔法使いを閉じ込めるためには魔力を通さない素材の部屋で、拘束をしなければ万全ではないっていわれるくらいだしな)


 ……とはいえ、魔種の住む里である以上は魔力を通さない素材を使った部屋を用意するというのは難しいだろう。生命に摩力が直結する生物である魔種からすれば毒そのものなのだ。そんな物を家に置くなんてことは出来ない。特に、元々外部から人を呼ばないような里であれば尚更だろう。

 さらに、貴重な素材を使うせいでとんでもなく高価なのだ。俺の借金の半分は返せるのではないだろうか。だから、魔法使いの拘束は一般的に困難を極めるわけだ。

 とまあ、そこまで考えてから意識を戻す。


「よし、行くか」

「はい。それじゃあ、私がいったん先導しますね」

「頼む。俺だと、見つかる可能性が高いからな」


 バンシーに先導をして貰いながら、進んでいくのは昔のダンジョンを潜っていた時を思い出す。

 そんな懐かしい気持ちになりながら、バンシーに連れられて俺達は屋敷の中を歩いて行く。


(……足音が立たないってのは便利だな。まだ見つかってないみたいだし、まだ時間はあるなら周りを見ておくか)


 ――しばらく歩きながら屋敷の中を見回す。家具の配置や、扉の装飾を見るとなんとなくどの時代に作られていたかは分かる。

 恐らく最初の予想である貴族の屋敷であるというのは間違っていないだろう。しかし、埃を被っている家具や汚れの目立つ廊下を見る限りでは現在では使われていないらしい。


(なら、近くに人が住んではいないか? 吸血種の里ではどうか分からないけど、貴族の家なんてのは捨てても管理しておかないと外聞が悪いからな)


 貴族が本気で使わない屋敷というのは取り壊すか親戚などに払い下げても使わせる。

 もしも、それでも放置するのであれば人目に付かない屋敷なのだろう。


(なら、逃げ出してから合流するまでは油断は出来ないと)


 土地勘が無い俺からすれば、外が街なら逃げ出して近くに人がいればなんとか助けを求められる。

 しかし、それがないとなると相手も外聞を気にせず追撃する事が可能だ。バレてからも、逃げ切るまで油断が出来ない。


「……そうなると、吸血種達が気付いての行動を考えるべきか。ラトゥに聞いた分も併せて、吸血種達の特性なんかの情報も十分に集まってるな。それ以外にも、俺が逃げた事まで気付かれる時間を考えると……」


 この先をどう攻略していくかという考えを深めていると、呆れたような声が聞こえてくる。


「……召喚術士さん、ちょっと見てて思うんですけど……楽しんでません?」

「いや、そんなことは……ない、ぞ?」

「ちゃんとこっちを見て言ってくれませんか?」


 ……まあ、とりあえずは。


「ここで時間を使うと見回りが来るかもしれないから、急ぐぞ」

「……絶対に誤魔化してますよね?」


 分が悪い戦いからは、逃げるのが一番なのだ。



 そして、しばらくしてから足音が聞こえてくる。

 俺達は近くの部屋に入って、隠れる。すると、吸血種同士の会話が聞こえてきた。


『――おい、居たか!?』

『いいや、まだだ! 痕跡は残ってないのか?』

『ああ。痕跡を探してみたが……多少の足跡はあるが決定的な証拠にはならん……クソ、予想外だな……荷物を奪われて気付かれずに脱走するとは』

『やはり、グランガーデン家の当主が選んだ男だ。油断ならないという事だろう』

『俺はあちらを見てくる。見つけねば、処罰される。急がなければ』


 ……会話の内容的に、気付いてからすぐに動き出したのだろう。とはいえ、何時逃げ出したのかは分からない以上奴らの捜索は時間がかかるはずだ。

 息を殺す俺に、おずおずとバンシーが申し出る。


「えっと、音は漏れないようにしてますから……直接見られなければ大丈夫だと思います」

「そうか。それなら助かる……しかし、どうやらリーダー的な存在は今は出ているみたいだな。だから追撃も手ぬるいわけだ」

「でも、どうするんですか? こんな場所で隠れてても逃げれないような……」

「まあ、俺に考えがある」


 貴族が使う屋敷というのはルールがある……というよりも、作り方には流行り廃れがある。

 逃げ出す前に時間をかけて見て回った事で内部構造は把握できた。俺達が通っているのは、廊下ではなく部屋だ。

 そして、壁を叩き……うん、俺の予想通りだ。壁を蹴るとズレてそのまま隠し扉が開く。


「わっ!? え、ど、どうなってるんですか?」

「隠し扉だよ。貴族の屋敷はこういう隠しルートが多いんだよな……基本的に、外部の目に付きたくない事をしたり、日常生活でも監視やら暗殺の可能性もあるから逃げ道を用意する必要もあるんで基本的に用意されてるんだよ。ただ、その隠し扉の種類は流行り廃れがあるわけなんだ」

「へぇ~……こうして聞くと、本当にアレイさんって貴族なんですね」

「俺の住んでた屋敷にもあるぞ。まあ、詳しくなったのは学院に通ってたときだけど」


 貴族の嗜みとして、こうした隠しルートの使い道を学ぶ事もあるのだ。

 というわけで、そのまま隠し扉を通っていく。背後で扉が自然と閉じて、俺達の痕跡は残らない。


「じゃあ、このまま逃げれば話は簡単ですね!」

「……いや、そうでもないな。このタイプの隠し扉は外に繋がってない」

「え?」


 そう。俺は通りながらとある事実と対面している。


「多分、持ち主が吸血種だからだろうな。あくまでも移動用で逃げるなんて前提にないんだろう」

「じゃ、じゃあこのまま正面玄関を出て行くしかないんですか!?」

「どうするかなぁ」


 俺の知識は生きたが、次なる課題に頭を悩ませるのだった。

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