第153話 ジョニーと誘拐と
ラトゥが俺の部屋を出てから部屋に一人になり、一息ついた。
……色々と考える事はあるが、当面の問題は……
(明日だよな……まだ吸血種の里を何時出るかは決まってないけど、今後の話し合いだ)
イチノさんは、ラトゥの個人的な護衛という事で特別に許可されていた。
しかし、俺達のように一度に大勢が押しかけた事で、吸血種の里では大きな変革が起きる可能性があるという。
(ここで、俺達が吸血種達に好意的な印象を持たれると外に対する関心が強くなる。逆に、俺達に対して悪感情を抱けば里は内に向いていく)
だからこそ、俺達に対する工作が起きる可能性が高いというわけだ。
……俺達としては、ラトゥ達に対する恩もある。だからこそ、出来れば好意的に見て貰うべきだろう。
どう立ち振る舞うのが良いかを考えていると、ノックの音がする。
「ん? 誰だ?」
「屋敷のメイドです。お客様に、何か困った事がないかを確認に来ました。もしよろしければ、部屋の中に入れて頂ければ洗い物の回収やベッドメイクも致しますが」
……突然だな。
そのまま立ち上がり、扉を開けようとして……思い直す。
「いや、大丈夫だ。困った事はない。それに今のところは任せれる事は無いから大丈夫だ」
「そうですか? では、失礼致します」
そう言って去って行くメイド。
……杞憂だったか?
(とはいえ、突然部屋に踏み込もうとするのは怪しいからな……名前を聞いたヒメホでもツメナでもなかった以上は下手に出ない方が良いだろうな)
ラトゥ曰く、俺は狙われている。
恐らく、俺が知らないだけで屋敷自体の警備は万全にしているのだろう。だが、同族であり吸血種である以上は俺というお荷物を守り切るのは難しいだろうというのも想像出来る。
(……まあ、俺に出来る事は無いから寝るか)
そして、明日に備えて寝る事にした。
俺が考えたところで、何かが出来るというわけでもない。それなら、いざというときに動ける体力を回復した方が良いだろう。
(さてと、久々のベッドだ。ゆっくり眠らせて貰おう)
倒れた瞬間に、その柔らかいベッド似意識が一瞬で刈り取られる。
そして、俺は眠りに就いた。
――深夜の屋敷では、吸血種達が警戒をしていた。
それは、アレイやリート達に対して工作や妨害が起きる可能性が高いと踏んでの警戒である。侵入者が居ないかの見回りと、部屋の人間の確認。
さらに、屋敷の主であるラトゥとそのラトゥと一緒に育ったドラク家のブラドが連れ立っての見回りまで行っている厳重さである。
……そして、ポツリとブラドが呟く。
「……お嬢様、少し良いですか?」
「どうしましたの、ブラド?」
話しかけたブラドに聞き返すラトゥ。
「あの男……アレイですが、本当に婚約者という立場で良いのですか?」
「というと?」
「こちらで多少調べましたが……貴族としては既に名前はない一般的な冒険者。血筋は良いですが、それでもお嬢様の格に比べると劣るかと。婚約者にせずとも、外部協力者……むしろ、妖精種の親族で何も手を加えずともいいのでは」
それは、アレイを前にした時と違う冷静な進言だった。
その言葉に本気を感じたのか、ラトゥも真面目に答える。
「……婚約者である事に、大きな問題がありまして?」
「ええ……個人的な感情を除いても、お嬢様の婚約者という存在は大きな意味を持ちます。例え、外部との友好関係を結ぶ形式上の関係でもグランガーデン家に利があるという事にならなければ間違いなく今回の会談で面倒な条件を付けられるでしょう」
「ですが、里自体は妖精郷との繋がりは求めていますのよ? なら、アレイさんとの婚約関係は妖精郷との繋がりを持たせる切っ掛けになる意味でも有用な手であるという論は通りますわ」
「通りません。それなら半妖精種の少女本人との関係を深めるか、あのフェレスという男とのコネクションを強めれば良いだけです。婚約者にする程の理由はないですし、半妖精種の彼女と直接的な繋がりになるわけではないのですから」
ブラドの冷静な言葉に、徐々に頬を膨らませて不機嫌そうになるラトゥ。
それは、アレイの前では見せなかった少女のような顔だった。
「……いいじゃない。私の好きにしても。強引でもこうしないと、多分繋がりが途切れますもの」
「やっぱりか……お嬢様、そういう決断は私とエリザを通して決めてください! 前言の撤回なんてそうそう出来ないんですからね!?」
「撤回する必要はないですわ! 形式だけでも婚約者がいるなら、悪い虫が付かなくなりますわよ!」
「虫除けの格が低いと、むしろ寄ってくるんですよ!」
当主同士というよりも、姉妹喧嘩のような言い争いとなっている二人を、吸血種の護衛をしているメイド達は温かい目で見ている。
――と、そこで二人が同時に視界を背後に向けて警戒を露わにする。
「――誰ですの?」
「我だ」
それは、ジャバウォックだった。
当然のように出歩いている事もそうだが、警護をしていた吸血種達が一切気付いていなかった事にラトゥとブラドは驚愕する。
「まさか、私がこの距離に来るまで気付かないとは……」
「こうして工夫をするのは面白いものだな。お前達が気付かないなら、我の隠蔽技術もそれ相応といったところだろう」
「……まあ、規格外なジャックさんに何かを言うのは馬鹿らしいので言わないでおきますわ」
呆れたような表情でそういうラトゥ。
流石にドラゴン本人だと知っているのは、ラトゥとブラドくらいである。ブラドですら、本体を見て居ない以上は実感が沸いていない。それでも、接近を許した事で油断ならない竜人種だと判断を改めた。
「それで、何故こんな時間に出歩いているんだ」
「少々嫌な予感がしてな。アレイの部屋を見に来た」
「アレイさんの……?」
「……ふむ、そういうなら同行しよう。勝手に出歩くと、他の警備に当たっている者が困惑する」
未だに異常は確認できていない。
それでも、ジャバウォックの言葉という事でラトゥとブラドはアレイの部屋へと向かう。
「アレイさん、失礼しますわ」
扉を開けて中に入ると……そこには、ぐっすりと眠っているアレイがいた。
「……眠っていますわね」
「嫌な予感というのは杞憂だったようだな」
そういうラトゥとブラドだが、ジャバウォックは何かを言う前に腕を振り上げ――
その拳を眠っているアレイに叩き付けた。
「アレイさん!? ジャバウォック、一体なにを!?」
「ベッドが……」
ジャバウォックの蛮行に驚くラトゥと、叩き折れたベッドに意識を取られるブラド。
「――逃したか」
「……驚きましたね。まさか、迷い無く攻撃するなんて」
――そして、ベッドからジャバウォックの一撃を回避したのは……アレイではなく、一人の吸血種だった。
「偽物か。警戒はしていたようだが?」
「ふふ、この程度の警戒は子供の遊びのようなものですよ」
それは夜闇に紛れるような漆黒の、どこか影のある吸血種だった。
その吸血種を見たブラドが、何かに気付く
「……お前は、覚えている。里から出た暗殺部隊の一人か」
「おや、これは恐悦至極。よく覚えていてくださいました」
慇懃無礼に挨拶をする吸血種。
「お前は里から追放されたはずだ。何故ここにいる」
「簡単な理由ですよ。依頼を頂いたので、仕事で赴いたわけです」
「……恥知らずが! 外部を頼らないと言いながら、身内であれば使うなど……!」
「全くその通りですね。ですが、こちらも仕事ですので」
そういうと、暗殺者は己の体を霧に変えて消え去る。
――そこにアレイの姿はなかった。
「クソ……やられた!」
「我がこの姿でいる以上は、アレイは生きているようだな」
「――今すぐに探し出しますわ」
静かなグランガーデン家の屋敷は、騒然とした騒ぎになるのだった。
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