第152話 ジョニーとグランガーデンと

「本当にご迷惑をお掛け致しましたわ……」

「いや、気にしなくても大丈夫だ。そこまで迷惑だったわけじゃないし」

「いえ、変な事を聞いてくるかも知れないのでそこは断って欲しいところですわね」


 と、疲れた表情で言うラトゥ。

 あの後、野暮用を済ませたラトゥが戻ってきて二人でお茶をしていた。こうして、ラトゥと仲良く追いかけっこをしたりこういう反応を取られるクロアは厳格そうメイドに見えたが、意外とお茶目なようだ。


「仲よさそうで何よりだ。俺の実家が健在だった頃に、ああいうメイドなんて居なかったからな……殆ど、仕事の関係だったし家そのものに忠誠を誓う家令も居なかったから結構冷たい対応だったよ」

「そうですの? 歴史があれば、それでも付き従う家令は残るような……」

「歴史もそこまで長くないし、何より俺の両親は成金趣味で外面だけだったからなぁ。俺の家での家令の扱いがおかしいって学園に通って初めて知ったよ。入学してなきゃ、俺もあの両親みたいになってたと思うとゾッとするな」


 とはいえ、子育てに対して興味の無かった両親だから俺の影響が薄かったのもある。

 ……まあ、どちらにせよ俺は最終的に今のような冒険者になっていた気もするな。


「そうですのね……貴族と言っても、やはり数の多いそちらだと様々な貴族がいますのね」

「吸血種の里だと、そうじゃないのか?」

「ええ。私とエリザ、ブラドの家がこの土地を管理する貴族位ですわ。血筋として濃ければ貴族として迎え入れて薄ければ貴族の立場から解放される……そんな繰り返しで家を続けてきましたの」


 ほう、吸血種の里の慣習の話か。

 魔種という異種族の知識は色々と役に立つし、なによりもこういった話は素直に興味がある。


「分家してるってことは……それぞれの家で役目があるんだよな?」

「そうですわね。グランガーデン家は総括をする言わば顔役ですわ。だからこそ、一番血統……血の濃さに拘り、吸血種という種族の外面を担いますの」

「なるほど」


 納得する。貴族である以上は幼い頃から、役割に沿った教育をされているのだ。

 確かにそれなら【血の花園】でラトゥがリーダーになるのも当然か。


「エリザの生家であるラボラトリ家は吸血種の中でも、主に里の発展を担っていますわ。そのために様々な施策を試し、吸血種達の悩みの種である吸血衝動の対策。そして、血液の供給や加工など……ある意味では一番忙しい家と言っても良いですわね」

「へえ、凄いな……でも、エリザは確か除名されたんだよな?」

「……そうですわね。あの子は優秀ですが、自分の興味がある事以外には熱量がなかった事。それに、当時のラボラトリ家は当主の意向に従うための組織でしたもの。エリザとしては窮屈だからこそ、既に吸血種の里を出るための準備をしていたのでしょうね」


 ……悩みなく、楽しそうにしていたエリザにも出奔するだけの事情があったというわけか。


「ブラドの生家であるドラク家は、主に里の守護と外部への傭兵……汚れ仕事を任せる家系ですわ。だからこそ、帰属意識が強くて吸血種のために行動をしてくれていますの。私やエリザは実を言えば貴族としては追放されて除名されているも同然でしたわ。ですが、【血の花園】が銅級冒険者だったときからドラクだけは吸血種の里の貴族であり続けましたの」

「……え、ラトゥって貴族から除名されてたのか?」


 てっきり、ずっと貴族のままだと思ってたのだが。


「正確に言えば、ほぼ勘当状態でしたわね。でも、私の事を慕ってくれている方々が名前だけは残してくれましたの。だからこそ、グランガーデン家の末席を汚さぬように公言して己を戒めていたのですわ」


 つまりは、ラトゥのグランガーデン家だと名乗るときというのは自戒に近いのか。

 グランガーデン家というフレーズは、己を鼓舞し不可能と思える挑戦をするためのキーワードというわけだ。


「関係性とかは分かった……とはいえ、なんでラトゥは里を出る事になったんだ? 聞いていると、それなりに上手くやってたみたいだろ?」


 その言葉に少しだけ悩むように表情を曇らせる。


「身内の恥をさらすようですが……私は、一時期は里で命を狙われていましたの」

「命を……!? いや、そうか。吸血種としての力が無い時に狙われたって言ってたな」


 イチノさんによって、返り討ちにしたらしいが刺客が襲ってきたと言っていた。

 つまり、ラトゥは里は決して安心出来る場所ではなかったというわけだ。


「でも、魔種の場合は血筋が優れてるならラトゥに素直に勝てる奴はいないだろ?」

「そうですわね、負ける事はないですわ……でも、私がもしも返り討ちにしたときに死んでしまえば身内の命を奪ったという事で立場を失う。裏で糸を引く貴族は、決して己を表に出す事はないから終わる事はない……そういった目論見で狙われ続けましたの」

「使っている手駒の被害を織り込み済みってわけか……そりゃキツいだろうな」


 ……優しいラトゥからすれば例え敵対しているとはいえ、同族なのだ。それが襲いかかってきて殺しに掛かる。なんなら、殺されようとしてくる。そんな状況にいれば精神的にも追い込まれていくだろう。

 しかし、気になるのはその理由だ。


「なんでまた、そんな命を狙われたんだ」

「権力争い……というよりも、里の在り方を巡って意見が割れましたの。私達は里を隠し続けるのではなく外に開くべきだと言う主張を。反対に、里は閉じて今まで通りでいるべきだという主張で」

「……そりゃ荒れるだろうな」


 言わば今までの常識を揺るがす選択な訳だ。

 外に開く事はメリットばかりではない。だが、閉じた里というのは徐々に衰退していく。どちらの選択も難しいものだ。


「私も血こそ濃いですが、里からすれば替えは聞きますわ。だから、私の権力の失墜を求めて狙われ続けて……限界を迎えてしまったある日、里を出るエリザに同行して私は里を出ましたの」

「なるほど……ん? ブラドは?」

「ドラク家は常に中立であり、どうあっても里のために働く事は変わらないからこそ、世間知らずだった私が外で生きていけるための護衛として付いてきてくれたんですわ。それに、ブラドは昔から私を守ってくれていましたの。その交友もあって、付いてきてくれましたのよ」


 なるほど……まあ、それは過保護になるわけだ。

 俺とティータの関係と同じようなもので、ブラドにとってはエリザは大切な妹というわけなのだろう。まあ、それでもやり過ぎだと思うが。


「そういうわけで、二度と戻らない覚悟で冒険者となりましたの。そして、地道に冒険を進めて色々と見聞を広めて……そうして、銀等級冒険者となりましたわ」

「なるほど。ラトゥも色々苦労して帰ってきたわけだ」


 これで吸血種の里に関しては分かった……が、それでもまだ危険は残っているはずだ。


「ラトゥが狙われた以上、まだ敵はいるんだよな?」

「そうですわね。私が帰ってきて、外から持ってきた成果……さらに、婚約者を発表し妖精郷との繋がりを作る事が出来るという結果で外に開くべきだという意見が強くなっていますわ。だからこそ、今のタイミングでこれ以上私が力を持つ事を嫌った方々が何かしらの手を出してくるはずですの」

「でも、ラトゥの力は戻ったから大丈夫じゃないのか?」

「危険なのはアレイさんですわ」


 ……俺? いや、そうか。


「婚約者が、冒険者とは言え敵地にやってきた人であれば吸血種にとっては罠に掛かったウサギよりもたやすい相手ですわ。だから、アレイさんは一番に警戒をして頂きたいんですの。護衛を付けても、守り切れるとは限りませんもの」

「……まあ、俺も最大限警戒しておく」


 なんというか、猛獣の檻に放り込まれた餌の気分だなと思うのだった。

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