第151話 ジョニーは絡まれる

 通された部屋は、なんとも落ち着いて居心地の良い部屋だ。

 一見すれば少々値段の張る良い宿くらいの高級さに見える。この部屋であれば、リート達も緊張せずにゆっくりと過ごせるだろう。流石貴族の家だ。気遣いの行き届いた部屋になっている


(……まあ、分かる人間には分かるタイプの豪華さだからな。見る目を持っている人間が来ればその価値が分かる。物の価値の分からない成金が来たら次からはそれ相応の対応ですませる。合理的だな)


 この部屋に使われている家具などの値段を聞けば、それを使うなら野宿をする方がマシだとリート達が怯えて出て行く可能性があるくらいには金が掛かっている。

 こうしてみると、やはりラトゥは吸血種の貴族という括りの中でも、力のある貴族なのだなと感心するほどだ。


(そんなラトゥが、家を出て冒険者になったのはどういう経緯なんだろうな)


 普通の貴族が冒険者になるという事は殆ど無い。

 当然ながら死ぬリスクの高い職業に付くと家系の断絶がある事も理由だが、家督を継がない貴族位が市井に出てしまえば認知のしていない血筋を引いた後継が増えてトラブルになったり、権力を笠に着て横暴な行為を働き己の家系に不利益をもたらす事などがある。なので、少なくとも関係ない一般人だとして家名から抹消される。

 これに関してはこの世界において貴族であればどこでも変わりはなく、貴族である事を公言している冒険者がいない理由でもある。だから、【血の花園】というチームに関しては貴族でありながら冒険者をしているのは相当な変わり種なのだ。


「……ん?」


 ノックの音が聞こえる。


「えーっと、誰だ?」

「失礼します。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 入ってきたのは、クロアさんだ。

 ラトゥや他のメンバーが来るかと思っていたが意外な人選に驚く。


「ああ、別に良いけど……どうしたんだ?」

「少々時間ができましたので、ラトゥ様の婚約者様にお話を聞きたく思いまして」


 ……まあ当然か。

 当主であるラトゥの婚約者がどこの物とも知れない馬の骨なのだ。それは質問をするに決まっている。


「それで、何を聞きたいんだ? 俺に答えられる範囲なら答えるけど」

「構えなくても大丈夫です。グランガーデン家の当主は既にラトゥ様が継ぐ事で決定しています。それに、婚約者に関しても当家では他の家では反発はあるでしょうが他種族の貴族位であれば歓迎出来ます」


 と、そんな事を答えるクロア。

 ……なんか闇の深そうな発言が見え隠れしていて本当に大丈夫なのかという気分になる。そんな俺の反応を知ってか知らずか、コホンと咳払いをしてクロアは質問をする。


「まず、ラトゥ様の出会いに関して教えて頂ければ。やはり、あのラトゥ様の心を射止めるような出会いというので、それは衝撃的だったのではないかと思いまして」

(……暴走してたり吸血に関しては、吸血種には特別な意味があるらしいし言わない方が良いよな……)


 というわけで、迷宮での罠に掛かって仲間と逸れて孤立し絶体絶命の時に俺が偶然出会った事に事情を改変。

 そのまま、俺の職業のせいで召喚契約を結んだ事でラトゥと離れる事が出来ない状態になったのだと説明する。


「――なるほど、なるほど。ラトゥ様はそのような……」

「こんなのでいいのか?」

「ええ。それでは、聞きたいのですがアレイ様のお屋敷ではラトゥ様はどのようなご様子でしたか?」

「どのような様子……? まあ、普通というか良くしてくれたよ。俺は冒険者としてはラトゥよりも経験が薄くて事情があって知識もなかったからさ。だから、個人的に魔力の扱い方とか冒険の心得を教えてくれたから……なんだろうな。俺の師匠とか先生なのかもな」


 ……何やら、部屋の扉側から音が聞こえてきたような気がする。

 何か聞かれてないか? と思って視線を向けるが何の変化もないようだ。


「ふふ、それはそれは……それで、ラトゥ様とはどのように過ごされたのですか?」

「いや、普通だけど。屋敷で部屋だって一緒にしなかったぞ。一緒に街へ出て買い物をしたりとかはあったが……」

『ウソッ!?』


 ……いや、今明らかに聞こえたよな?


「なあ、クロアさん。外から音が」

「気にせずとも構いません。通りがかったメイドがミスをしたのでしょう」


 それなら注意すべきでは? と思ったが、クロアさんの圧から逃れられない。

 何で吸血種というのはこんなに圧が強いのだ。いやまあ、種族的な物でもあるが。

 そして、俺は根掘り葉掘りラトゥと過ごした日々に関して聞かれていく。一緒にした事やら、他にも様々な日常に関して。


「――なるほど。ありがとうございます」

「……もういいか?」


 流石に疲れた。というか、予想以上に色々と探られているが質問の目的が分からない。

 あと、俺の話をするたびに扉の向こうから声が聞こえてくる。しかも、なんというか黄色い声というか歓声というか……


「では、最後に一つ。竜を倒したそうですが――」

(……まさか、これに関する質問を?)


 吸血種の里でドラゴンを倒した事は伝わっている。ラトゥは俺とティータを連れて妖精郷に行くという約束を取り付けるために竜を倒した成果である竜の目や牙などを里に還元したからだ。

 だから、そのドラゴンを倒したという事情の真実を……恐らく、本当にドラゴンなのか? そこに嘘はないのか。そういったことを俺から聞き出そうと――


「もしや……その際に、ラトゥ様はアレイ様から吸血をなされたのではないですか?」

「……ん?」

「やはり、竜を倒すというのはラトゥ様の力を考えれば夢物語などではありません。ですが、その力を発揮するために必要なのはやはり、血が必要になります」

「……そうらしいな」


 話の流れが思っているのと違うような気が……

 と、外でバタバタと音がする。しかし、クロアは話を聞くのに夢中で気付いていないらしい。


「やはり、個人的興……いえ、婚約者になったというのですからそういった事情は是非聞いておきたいというのがメイドとしての本音ですので」

「いや、今個人的興味って言ってたよな?」

「そんな事はどうでも良いのです。ラトゥ様がどういう風に吸血をしていたのかなどの事について、是非とも詳しく教えて――」

「……楽しそうですわね。クロア」


 ……まあ、これだけ騒ぎになっていたら来ないわけがないか。

 クロアさんは落ち着いて対応をしようとして……椅子から立ち上がった時に、うっかり椅子を倒してしまった。うん、間違いなく動揺しているな。


「お嬢様、会談の方は……?」

「終わりましたわ。随分と熱心に話し込んでいたようで気付かなかったようですわね」

「……では、仕事があるのでこれにて失礼致します」


 そういうと、目の前から突如として黒い霧になって消え去るクロア。


「逃げましたわね……アレイさん、また後でお話を致しましょう。少々、私はクロアにお説教をしてきますわ」

「あ、ああ。いってらっしゃい」


 そして、ゆっくりと歩いて追いかけていくラトゥ。

 ……なんというか、嵐が過ぎ去ったような気分で部屋に取り残されるのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る