第147話 ジョニーと仲間と

 ――夜も更けた時間。寝静まり、ラトゥ達は斥候で離れているタイミング。

 誰にも行き先を告げずに俺は一人で野営を抜け出していた。人目に付かない草むらの中で、俺は一人で召喚符に魔力を込める。

 それは形を作っていき……しかし、そのまま霧散する


(――ダメか)


 シェイプシフター。アガシオン。ザントマン。グレムリン。

 それぞれの召喚符に魔力を込めて形を作る。しかし、それに意識は宿る事無く形は消えて魔力が俺の体に戻っていく。

 ため息を吐いて、召喚符をしまう。


(ジャバウォックにやられた後遺症はまだ大きいって訳か……俺のために、あれだけ命を張ってくれたんだ。せめて、何があるににしても元に戻るまでは絶対に死ぬわけには行かないからな)


 召喚獣は契約状態であれば自己を失おうとも何時か復活する事は出来る。しかし、契約解除をすれば形無き魔力となって消えて死ぬ事になる。

 あれだけ頑張ってくれたのだ。ここまで戦ってきた召喚獣達をあっさりと見捨てれるな精神性だったのなら、俺は今こうして妖精郷に向かう事など無かっただろう。つまり、しょうがないのだ。


(……契約した以上は、俺に責任があるからな)


 暇を見ては再召喚を試しているが、未だに誰一人としても召喚出来る気配はない。

 いつ戻るのか。居ない間、どう戦うのか。普段見せない弱気の虫が俺を蝕もうとしてくる……こんな表情を見せ気遣われたくないからこそ一人で試していたのだ。

 と、背後の茂みからガサリと音がする。警戒をして、声をかける。


「――誰だ?」

「警戒するな。我だ」


 そんなシンプルな返しで現れたのはジャバウォックだった。

 ……まさか、ジャバウォックだったとは。正直に言えば誰かしらが気付いて俺に声をかける可能性は考えていたが……一番可能性がないと考えていたので、本気で驚いた。


「ジャバウォック……あー、寝てなかったのか?」

「寝る必要はないのでな。この体もある程度魔力を消耗すれば睡眠を求めるが、基本的には眠らずともいい」

「……とんでもないな、竜人種。ジャバウォックが特別なのか?」

「さて、どうであろうな。竜の眷属であれば魔力さえ十分に満たされていれば食事も睡眠も生物としての活動は必要ないだろうな」


 魔種にはそれぞれ特徴がある中で竜人種は肉体に優れているのは知ってるが……ジャバウォックの言葉通りならとんでもない。とはいえ、竜の血の濃さも関係あるだろう。世間一般的な竜人種の血は多くが混ざり純粋な竜の血を引いている竜人種というのも今は殆ど居ないといわれている。

 さて、それはそうと……


「それで、こんな夜更けにどうしたんだ?」

「アレイが離れていくのが見えたのでな。気を遣って眠ったフリをしていたが、常に周囲の警戒をしていた。なので、アレイが何をするのかを見に来たわけだ」


 ……やはり、ジャバウォックは思ったよりも周囲の事をよく見ている。

 大雑把……というよりも、種族として細かい些事など気にしないようなジャバウォックがこうしてマメなのはなんとも面白い変化だ。やはり、肉体が変化した影響なのだろうか。

 まあいい。答えておこう。


「そうか……でも、大した事じゃないぞ。召喚獣で、未だに再召喚が出来ない残りのメンバーを呼び出せないか試してるんだよ。どうにか、元通りにしてやれないかと思ってな」

「ふむ……あの時に戦った奴らか。奴らは確かに良い勇士だったな」


 俺達との戦いを思い返してか、遠い目をするジャバウォック。

 その表情は、まるで遠足を振り返る子供のような……無邪気で、喜びに溢れた表情だ。しかし、気になって俺は質問をする。


「勇士って……召喚獣でも勇士なのか? 俺の命令だったから、戦ったかも知れないのに」

「当然であろう。命令だけで覆せる程、竜の威光は小さき物ではない。魔力を持ち感じれる存在からすれば、竜に挑むなど己の心臓を取り出して差し出せと命じられる程の狂気であろうな。だが、それでも戦う選択をした。その見事な在り方に感嘆したのだ。だからこそ、我は特別にアレイとの契約に応じたのだ」

「えっ……? 契約自体はドラゴンを倒した報酬だったよな? 応じない可能性があったのか?」


 ……その言葉に、カハハと豪快に笑うジャバウォック。


「当たり前であろう。報酬など我の胸三寸だからな。あの提案を呑んだのは、お前とお前に従う召喚獣に興味があった事に加えて、面白そうな物が見えそうだったからだ。でなければ、適当な報酬で返している」

「そうだったのか……というか、それは黙ってても良かったんじゃないか?」

「ああ。言うつもりはなかったが、やはりこうした体というのは感情に動かされるな。面白い経験だ」

「ドラゴンの時は違うのか?」

「竜というのは不変であり、強者だからな。成り立ちからしてお前達のような人種と違う。竜はお前達が思う以上に凪いで、思う以上に無為なのだよ」


 なんてことないとばかりに伝えられた言葉は、そのドラゴンという存在の重さを感じさせる物だった。

 恐らく、それだけ退屈な生を過ごしたのだろう。何もかも手に入るような力を持っていても、その力が原因で自由に動けないのであれば確かに宝の持ち腐れだ。


「さて、本題からズレたが……その召喚獣を蘇らせるには待つだけでは難しいだろうな」

「なっ!? ……そう、なのか?」


 思ってもない発言に思わず動揺する。

 そんな俺を気にする素振りを見せずにジャバウォックは続けた。


「砕け散った意識を無理矢理繋ぎ止めている状態だ。普通であれば、待っていれば自然と治るだろう。だが、竜の魔力によって砕け散った自意識を繋ぎ止めるのは命に限りある物には長すぎる時間が必要だ」

「なら、どうすれば蘇らせれるんだ?」


 答えを持っているからの言葉だと判断して、ジャバウォックに訊ねる。

 未だに再召喚する気配も見えないこいつらを、どうすれば戻せるのか。ジャバウォックは考えるように目を閉じて答える。


「召喚をする入れ物だけでは意識は戻らぬよ。お前が、どういう存在だったかを導いてやらねば」

「導く?」

「どのような存在だったか。どのような出会いだったか。どのような関係だったか。そういったことを頼りにして意識は戻っていく。すぐには戻らんだろうが、この旅が終わるまでには戻れるだろうな」

「……なんとなく分かったような気がする」


 言わば、今の召喚獣達は魂と呼べるようなものを無理矢理繋ぎ止めている状態だ。

 だが、それすらも砕け散ってしまった。だから、戻るにしても元の形が分からない。そのせいで再召喚が出来ないのだ。

 だから、俺がどのような形だったのかを思い出させるわけだ。


「じゃあ、試してみる。助かったよ」

「ああ」


 そして、まずは……アガシオンにしよう。

 魔力を込めて……そして、俺が描くのはザントマンの形だけではない。それは、俺が出会い一緒に戦ってきた記憶も込める。


「……む、忘れていた」


 集中する。ふと、何か今までと違う感触がある。まるで、それは突然の閃きのような感覚。頭の奥から、何かがやってくるようだ。


「当然ながら、記憶などと言う曖昧な情報を魔力に込めるのだ。消耗は酷いぞ。それに、脳を使うから相当に苦痛だろうな」

「っ! ……さき、に……いえっ!」


 ――やってきのは、まるでハンマーにでも殴られたかのような頭痛。

 俺はしばらくの間、地面に転がって呻くしか出来なくなるのだった。

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