第145話 ジョニー達と出発と
借金取りの出発の号令と共に馬車は走り出す。
そして馬車が出発して走り出す。外の風景を少し眺めると、思った以上の速度で走っているのか街からどんどんと離れていく。
「もうこんなに離れたのか」
「おお、中々早足の馬だねぇ。多分、魔獣の血もちょっと入ってるのかな? この速度で引っ張って走ったら普通の馬なら芦が潰れるだろうからねぇ」
エリザのそんな声を聞きながら、馬車の中に戻り一息吐いて周囲を見渡す。
馬車の中は中々に快適だ。言わばバスや電車の中のようなイメージに近い。座る場所も、クッション張りの貴族を運ぶような豪華な馬車だ……いやまあ、実際に貴族を運んでいるから正しいのか。
しかしだ。
「ラトゥ様、御体調の方はいかがですか?」
「大丈夫ですわ、ブラド。子供ではないのですからそんなに心配しなくても……」
「いえ、馬車は酔いますので。体調も万全ではないのですから心配しすぎな事はありません」
「いやあ、中々良い馬車だねぇ。揺れもないし、速度も申し分ない。車輪なんかはどういう仕様なんだろうか? 普段使っている馬車よりも相当良いよね。特注なのかな?」
……何故か、俺は【血の花園】の馬車に放り込まれていた。
というのも、借金取りから馬車に乗り込む前に言われたのだ
『アレイさん、貴方はホストですので道中の間に色々と話をしておいてくださいね。今回立ち会う【血の花園】とリートさん達の繋がりは貴方という人間ですので』
『話すって……出発前に十分に話したと思うんだが』
『旅の途中で出てくる話もあるでしょうし、色々と大変だったのでそこまでの時間もなかったでしょう? 折角ですので、馬車の割り振りはアレイさんだけ日によって変えていますのでそこでゆっくり話をすると良いですよ』
『は? 日によって変えてるって……おい!』
『寝るときはちゃんと場所は用意しますので安心してくださいねー』
という事で、俺は【血の花園】が揃っている馬車に乗っていた。
……変な気遣いの結果乗ったのだが、このまま無言でいるのも難しい。彼女たちと何かを話すべきか。それとも、何も話さないで良いのか。話題はどうするのかなど、悩ましい物だ。
前までは気楽にラトゥに話しかけれたのだけども……
(……まあ、ブラドもいるからあんまり気安く話しかけられないんだよな)
契約も解消されて、今まで通りというわけには行かないだろう。ブラドが居るし。
ここで話の種になりそうなジャバウォックとバンシーに関してだが……借金取りが自分の乗っている馬車の方へ乗せてしまった。召喚獣がいると、また面倒な話などがしにくいだろうという気の回し方が原因だ。変な所でそんな気遣いを見せないで欲しい。
そのせいで、何かを話すべきか悩む。
「それで、アレイさん」
「うおっ!? あ、ああ。なんだ?」
「契約の解除、お疲れ様でしたわ。私も立ち会えれば良かったのですけども……」
と、悩んでいると先にラトゥから声をかけられる。そして、そんな俺の事をブラドがジトッと睨んできていた。
……プレッシャーが凄い。変な発言をする事は決して許さないと言わんばかりの圧だ。とはいえ、話しかけられた以上は答えないわけには行かないだろう。多分、無視してもブラドはキレるということで返事をする。
「ああ、エリザから聞いてる。そっちも大変だったらしいな」
「お恥ずかしいですわ……油断していたつもりはなかったのに、こんな醜態を晒してしまうなんて」
「いやいや、今までお世話になったんだし、色々あったからな。醜態じゃないさ」
「そう言って貰えると、ありがたいですわ」
恥ずかしそうにするラトゥ。
こうしてみていると、今まで通りのようにしか見えないが……本当にそんなに大変な状態だったのだろうか?
と、俺の表情で考えている事に気付いたのかエリザがニヤニヤしながら伝える。
「お、疑ってるのかな? 実は、これでも相当にラトゥは抑えているんだよね。確かに今は普通に見えるかも知れないけど、この前までは……」
「エリザ……その先は怒りますわよ?」
ニコリと笑顔なのだが……まるで、モンスターに睨まれたかのような圧力を感じる。その言葉を聞いたエリザは、危ないとばかりに口をつぐんだ。
……ううむ。なんというか。
「……やっぱり、吸血種の力が戻ってるラトゥには威厳があるな」
「えっ……私、そんなに変わりまして?」
「ああ。全然感じる空気が違う」
ピリピリとした、圧力みたいなものを感じる。
意外と屋敷で過ごしていたときなどは緩くふわっとした面もあったのだが、今はそういった面はない。何も知らないときにこの姿で出会っていたらビビっていたかも知れない。
「貴様はお嬢様を甘く見すぎていたのだ。本来は、貴様のようなどこの馬の骨とも知らぬような――」
「ブラド」
……たった一言で、空気が止まる。
「……失礼しました、お嬢様」
「貴方が私のことを気にしているのは構いませんわ。ですが、仮にも私の婚約者にそんな言葉を投げかけるような立場でして?」
「ぐっ……た、大変……も、申し訳……ありませんでした……」
ギリギリと歯ぎしりの音。
多分ラトゥは釘を刺す意味で持ち出したのだろう。効果的にダメージを受けすぎてマトモに言葉を出せなさそうになっている。
「――私は今までとは変わりませんわ。だから、アレイさんも今までと変わらずに接して貰えると助かりますの」
「……分かった。ラトゥがそういうなら、俺も今まで通りにする」
まあ、今までのラトゥと過ごした関係が変わるのは少し寂しかった。
こう言ってくれるのは嬉しいものだ。
「……ああ、そうだ。エリザに聞きたい事があるんだ」
「ん? なんだい? 僕のスリーサイズ?」
「興味ない。ティータの事なんだけど……」
思い出して、エリザに質問をしようとして……ゾクリと背筋に悪寒が走る。
振り向くと、そこには俺を睨むブラドと……笑みを浮かべているラトゥしかいない。ブラドの殺意ではない。あくまでも威嚇で本気のものではないからだ。
「ん? どうしたんだい?」
「いや、なんかさっき悪寒が……」
まるで、野生の獣に目を付けられて狙われているような……そんな感覚が襲ったのだが気のせいだったのだろうか?
「……まあいいか。とりあえず、ティータの容態に関してなんだけど……」
「ああ、いいよ。こっちで見た感じだけども――」
……エリザの話を聞きながら、背中にはやはり悪寒が走り続けている。
一体何なのか分からないまま俺はエリザの話を聞く事になるのだった。
――アレイとエリザの話している背後で、ブラドがラトゥに声をかける。
「……お嬢様」
「何かしら、ブラド?」
「ヨダレが垂れていますよ」
と、口元を拭う。
無自覚だったラトゥは、赤面しながら慌てる。
「私ったら、そんなはしたない……」
「……これを飲んで、我慢を」
そして血を差し出すブラドに、不思議そうな顔を浮かべるエリザ。
「いえ、別にお腹は空いていませんわ……」
「そうですか。ですが、無自覚かも知れませんので」
「……そう言われたら弱いですわね」
そして、行儀良く血を飲むエリザを見ながらブラドはため息を吐いて内心で呟く。
(……不味い兆候だな。あの男はどうでも良いが……エリザにも相談して対策を練らないと)
そう考えるブラドの横で、血を吸いながらもラトゥの視線は自然をアレイを追いかけていた。
それは、獲物を見つけて狙う猫のような捕食者の視線となっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます