第142話 ジョニー達と出発前と

 ――そして、二ヶ月が経過した。

 ……最短で一ヶ月とは言っていた。長くなるかとは思っていたが……まさか二ヶ月も経過するとは思わなかった。まだ借金取りはやって来ていないので、準備は済んでいないのだろうが……と、そこで声をかけられる。


「はい、終わりだよ。だいぶ、苦痛は減ったみたいだね」

「ああ、ありがとう……そうだな。痛みも感じなくなった。まあ、本当に半月くらいは毎回終わるまで苦痛で仕方なかったけど」

「まあ、相当に根深かったからねぇ。他の実力のない魔術師なんかに頼んだら、相当大変な事になっただろうね」


 エリザは、押しつけていた魔具を回収してそんな風に言う。

 解呪に関しては、最初こそ高圧電流を流されたかのような、全身を刺されて引き裂かれる痛みがあった。だが、今ではちょっと体に痺れるような感覚が残る程度だ。

 これも、ちゃんと解呪が進んだ証拠らしい。


「まあ、痛みって言うのは偶然の契約だから仕方ないけどラトゥと君の魔力が混じりあったことの反動なんだよね。本来なら異物として排除されるものだったんだけどそれが下手に契約のせいで同化して馴染んだから解除できなくなってたわけだね。それを今回の方法だと、ゆっくり引き剥がしてしまえば契約の解除は簡単だったわけだね。ちゃんと調べて解除してよかったねぇ。もしも、無理矢理に解除をしようとしたら君の体は爆発四散してラトゥも無事じゃ済まなかっただろうからね。あはは」

「笑い事じゃねえんだよな……」


 そんな危険な状態だった事が恐ろしい。

 ちなみに、既にラトゥとの契約は解除出来ている。これは言わば、後遺症を残さないためのアフターケアに近いのだとか。


「とはいえ、現状だと君よりもラトゥの方が重症かもねぇ」

「ラトゥが? 重傷って言うと……どうなってるんだ?」

「まあ、君たちで言うなら絶食をしていて、空腹が限界になった時を酷くした感じかな。そのせいで吸血衝動が抑えられないみたいでね。仕方なく、ブラドが面倒を見てちょっと街から離れてるんだ」

「離れてるって……そこまでしないとダメなのか?」


 驚いてそう訊ねる俺に、笑っているエリザ。


「君はラトゥが吸血衝動に負けた姿を迷宮で見ていたんだろう? 今のラトゥは、多分君が見たのと変わらない状態に近いね。あの状態になったら宿泊している宿だって無事じゃ済まないだろうね。それに、これだけの人間だのが行き交いする状態だと誰かを襲う可能性だってある。だから、ラトゥ本人の希望もあって街の外でなんとか衝動を落ち着けている状態なんだよね」

「本当に、ラトゥは大丈夫なのか?」

「まあ、ようやく衝動が落ち着いてきた状態かな。いやあ、衝動が消えたわけじゃなくて薄くなっていただけらしいんだよ。我慢できたのが良くなかったんだろうね。ブラドも、抑えるために相当苦労してたよ。まあ、これで今回の色々なやらかしもチャラにできるだろうから丁度良いだろうけどね」


 契約の解除を進める中で、ラトゥの顔を見ない日が増えたがそれが原因だったのか。

 ……俺の知らない間に、ラトゥも色々と大変だったようだが無事に解決したわけだ。


「それで、アレイくん。吸血種の里に行く準備はどうかな? 思ったよりも時間が掛かってるみたいだけど」

「あー、大丈夫だとは思う。どうしても、準備に時間が掛かってるみたいだ。でも、そろそろ連絡が来る頃じゃないかな」

「なら良かった。あんまり時間が掛かりすぎても、こっちの手持ちの血液も無くなりそうでね。ツテはこっちにないから困ってるんだ」

「血液……って、普通に売ってないのか?」

「まあ、当然だね。というか、専用の知識を持った人間が扱わないと飲めたもんじゃないよ。何時のものかも分からない、常温保存していた牛乳を飲めるかい? こういった場所で扱っている血液なんて物は、それと同程度だよ」


 ……想像をするだけで気持ち悪くなりそうだ。

 なるほど。それなら死活問題でもあるのだろう。自分たちが暴走をするかも知れない状態を抑えるための血液がなければ、撤退せざるを得ない。


「というわけで、出来ればそろそろ出発したいんだよね。こっちだけで勝手に帰るとなると、少々手続きだのが面倒になるんだよ。入れ替わりとかスパイなんていう可能性もあるわけだからねー」

「なるほど。でも、それに関しては俺じゃなくて――」


 と、そこで屋敷に来客を知らせるベルの音が響いた。


「どうも、お待たせしました。出立の準備が完了しましたよ……おや、良い所にお客さんが」

「……丁度、準備が出来たみたいだ」

「いやあ、良いタイミングだねぇ」


 まるで計ったようなタイミングで、借金取りはやってきたのだった。



「いやあ。吸血種のグランガーデン家だけではなくて、ラボラトリ家の麒麟児と名高いエリザさんにも出会えるとは。いやあ、これもアレイさんの人徳による物ですねぇ。初めまして、私はフェレスと申します。以後、お見知りおきを」

「初めまして。エリザだよ……それにしても、麒麟児だなんてまさか変な事を言うね。鬼子の間違いじゃないかな? 家からは絶縁されていると思ったんだけど」

「私と交渉をしてくれた吸血種の方が色々と教えてくれましてね。【血の花園】の名前が広まった当たりで、エリザさんを除名した事実はなくなったと聞いていますよ。そうそう、私にはエリザさんとの仲介も頼みたいと言われておりましてね。ここで、親交の一つでも結びたい物ですが――」

「ふうん。まあ、興味が無いからどうでもいいよ。仲良くする相手はこっちで選ぶからさ」


 ……にこやかな表情を浮かべながらも、聞いているだけで気が重いような話をする二人。

 というか、エリザは家から絶縁されていたのか……だから家名を名乗らなかったのかと納得をしながらも家に戻すという話が出ている事に、銀等級冒険者になったという事実の重さを改めて感じる。


「それで、何時出発するのかな? できるだけ急ぎたいんだけども」

「そうですね。アレイさん達も一ヶ月もお待たせしている分、準備は出来ているでしょうから……明日の午後に出発しましょう。それでどうですか?」

「ああ。構わないよ。集合場所は?」

「この屋敷の前で馬車を呼んでいます。流石に馬車乗り場を使うのは人目を引きますので」


 ……トントン拍子に話は進んでいく。

 そして、話が一段落して借金取りは立ち上がった。


「では、これで失礼します。アレイさんも、連れて行く人には声をかけておいてください。準備している馬車の余裕はありますので」

「あ、ああ。分かった」

「では、これで」


 そして帰って行く借金取り……思ったよりもあっさりと帰ったな。


「……なーんか嫌な感じだね。あの人」

「ん? ……エリザがそう言うのは珍しいな」

「掴み所がないし、見せてる部分が計算尽くって感じだからさー。んー、まあ吸血種の里で話の邪魔してやろ」

「……あんまり揉めないように頼むぞ」


 良い事を考えたとばかりに笑顔を浮かべるエリザに、俺はそう言う事しかできないのだった。

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