第141話 ジョニーと吸血種と
屋敷に戻った俺を出迎えたのは、イチノさんではなくラトゥ達だった。
……いや、ブラドが居ないな。ラトゥとエリザだけだ。
「よう、ラトゥ……ブラドはどうしたんだ?」
「ごきげんよう、アイレさん。ブラドが居ると進む話も進まないと言う事で、借りている宿で待機させていますわ。普段ならもっと頼りになるのですけど、今回に関してはちょっと頼れないので……」
疲れたような表情で言うラトゥに、思わず同情してしまう。
……まあ、普段はブレーキ役であろうブラドが暴走してしまうとラトゥの負担は凄いだろうな。エリザも、我関せずとばかりに庭で魔力を使って何かをしているジャバウォックに興味を持っている。
「いやあ、あれ凄いね。本当に竜人種? もしかして、噂の竜なのかな? まず、竜をこうして見る事が出来るだけでもあるかどうか分からないのに、さらにそれが竜人種の姿を取って人間を契約をしている……いやあ、何もかもが気になるなぁ! 色々と試してみたいなぁ……ラトゥ、ちょっと声かけてもいいかな?」
「ダメですわよ、今回は別の目的ですからエリザは興味を持ったらそちらに集中してしまうでしょう?」
「ちぇっ、ダメかぁ」
……ラトゥに止められて素直に諦めるのは信頼関係があるのだろう。エリザを言葉だけで止められる当たりにラトゥの信頼と感じる。
ジャバウォックが竜だと知っている件に関しては事情が事情なので、ブラドとエリザにはダンジョンであった事を包み隠さずに伝えたらしい。なので、ジャバウォックが本当の竜である事も知っているのだとか。
「それで、ラトゥ。なんの用件なんだ?」
「まず今後の話をしたいのが一つ……そして、ついに契約を解除する方法が見つかりましたの」
「おお、見つかったのか!?」
驚いて、思わずラトゥに聞き返してしまう。
有効な手段があるかは見てから検討すると言っていたので、最悪まだ無理かと思っていたのだが……
「ええ、エリザとブラドが調べた中に効果があると言える契約の解除方法がありましたの。これで、アレイさんとの契約を解除して、私も吸血種としての力も本能も取り戻す事が出来ますわ」
「エリザの力も戻るのか! それは良かったじゃないか」
「ええ……そうですわね」
しかし、ラトゥの表情は浮かないものだった。
その反応が気になって、思わず訪ねてみる。
「……もしかしてラトゥ、嬉しくないのか?」
その言葉に、少し悩んでから頷くラトゥ。
「……正直に言うと、力が戻る事は嬉しいですわ。でも、吸血種の本能とまた付き合う事になると思うと少々気が重いんですの」
「そういえば、吸血種の本能ってやつは相当に辛いんだったか」
「ええ、この世界に存在する吸血種は例外なく吸血種としての本能に抗う事は出来ませんわ。そして、その本能による衝動は血が強いほどに強くなりますの。ですから、今までのようにアレイさんと行動していた時の快適さを考えると、本当に気が重くて……」
そう言ってため息を吐くラトゥ。
……そこまでなのか。吸血種としての衝動。
「いいなぁ。僕も一度は吸血種の衝動を無視してみたいから、契約出来ないか試してみようかなぁ」
「……でも、吸血種としての力を使うのに制限がかかるみたいだぞ」
「じゃあダメか。色々と知るのに吸血種の力は便利だからねぇ……でも、衝動を無視出来ると考えると本当にいいなぁ……」
エリザですらこの反応か……それだけ、吸血種としての衝動というのは人生に大きく影響を与えるらしい。
と、気を取り直したラトゥが話を続けた。
「まず、契約の解除と……その後の話ですわ。私も、【血の花園】に復帰致しますの。だから、アレイさんとは妖精郷までの協力関係という事になりますわ」
「ああ、分かった。ずっと頼りにさせて貰ったよ。ありがとうな」
短くない時間を一緒に過ごしたので少し寂しいが……冒険者として活動している以上は避けられない事だ。
むしろ、忙しい銀等級冒険者を自分の都合に長い事付き合わせて色々と教えて貰えた事を考えるとお礼に、俺から何かを差し出してもおかしくない程だ。
「……とはいえ、妖精郷で話をするのに付いていきますし、ティータさんとアレイさんの二人が鍵になりますので、まだ完全に解消するのは先の話ですわ」
「そうか……あー、そういえば婚約者の話もあったな」
「え、ええ……こちらの事情に付き合わせてしまって申し訳ありませんわ」
ラトゥから言われていた吸血種の里へ婚約者として紹介されるという話ではあるが……これに関しては、言わば名目上のものであり婚約者という肩書きは吸血種の里にトラブルなく入るための必要な措置でもある。
吸血種として血の高貴さを持つ事。吸血種が排他的であり外の人間が里に関わる事へ忌避感を抱く者が多い事。そして、俺と長い時間を共に行動した事。そういった複合的な事情のせいで穏便に済ますために婚約者としての関係だと伝えるしかなくなったのだとか。
「構わないさ。貴族同士の婚約者の話なんて言わば政治的な話ばっかりだからな。いつの間にか解消されたり、気付いたら有耶無耶になってたなんてことも多い」
「そういえば、アレイさんも貴族だからそういった話には慣れていますのね」
「元々通ってた学院も貴族が多かったからな。そういう話を聞く事も多かったんだよ」
「ん? でも、ラトゥ。確か――」
と、エリザが何かを言おうとして口を塞ぐラトゥ。
「……ややこしくなるから、言わなくていいですわ」
「りょうかーい」
……何やら向こうで話がついたようだ。
気になるが、ラトゥは俺が不利になるような事はしないという信頼がある。
「それじゃあ、契約の解除からやるか」
「ええ……ただ、時間は掛かりますわ。時間は掛かりますが、確実にお互いに被害のない方法で解除しますの。それでも構いませんかしら?」
「ああ。妖精郷に行くための移動手段を準備に時間が掛かるって話だから、大丈夫だ」
「では……エリザ、楽しますわ」
その言葉に、数種類の魔具を取り出すエリザ。
「それじゃあ、ちょっと痛いかも知れないけど我慢してねー」
「えっ、痛いって……」
そして、俺の腕に筒状の魔具を押しつけ……そこから、全身を裂くような痛みが襲いかかる。
まるで高圧電流のスタンガンを押し付けられたかのような衝撃。
「ぐ、がっ!?」
「吸血種との契約って、血が関わってるからね。君の体に流れてる血に魔力を通してるから異物感で痛いだろうけど、死なないから安心していいよ」
「……――ッ!」
何か言いたくても、痛みで声が出ない。
「まあ、これを一ヶ月かな。後遺症もないから頑張ろうねー」
――こんな地獄を一ヶ月も味わう事になる事に、俺は心の中で絶望するのだった。
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