第134話 ジョニーと準備と
「よし、話は纏まったね! いやあ、楽しみだな。妖精郷! 本当に文献にはあるんだけど本当に実在するのかすら不明だったからね! 流石に、グランガーデン家の書庫に忍び込むことは出来なかったから詳しい話も知らないからなぁ」
話が終わり、満足そうにしているエリザは席を立ち、次はラトゥが俺の正面に座って話をする。
「さて、エリザの話は終わりましたから……次は私とイチノさんの話ですわ」
「イチノさんも?」
「はい。道中や吸血種の里で色々と何があったのかをお伝えするのは義務ですので。それに、今後何をするのかも明確にする必要がありますので」
……確かに、イチノさん達がどういう道中や経緯で吸血種の里と約束を取り付けたのかを知らないし、今後どういう手順になるのかは分かっていない
なら、聞くべきだろう。
「――まず、出発してから吸血種の里までの道中は平和なものでしたわ。大きな騒動に巻き込まれる事もなく、順調に進んで予定通りに半月程度で到着致しましたの」
「結構早いですね。最長だと一ヶ月って聞いたけど」
「元より、平和な街道を選んだ上で急いで走らせましたので。ある程度早い馬車であれば、壊れる危険性もあるので貴重品などは積まれていない事が多いので狙う盗賊も少ないですから。あくまでも、最長でかかる時間ですのでこの程度のものでしょう」
なるほど、確かにそれもそうだ。向こうからすれば早くてトラブルになることは少ないのだから一番掛かる時間で提案するか。
「まあ、盗賊団を一つ滅ぼしはしましたが。それでも大した道中の手間ではなかったので」
「えっ」
「関係ないので、吸血種の里に到着してからの話についてですね」
「……そうか」
……気になるんだが。
とはいえ、ここで脱線するのも申し訳ない……いや、でも気になるな……
「吸血種の里に着いてから……まず、私の生家であるグランガーデン家に行きましたけどもそこでは大騒ぎでしたわ……何せ、当主候補だった私の帰還……それも、吸血種としての力が制限されている状態でしたもの」
「そりゃ大騒ぎになるよな……というか、能力の制限って分かるのか?」
「ええ。本来であれば吸血種としての本能というか……勘というか。そういった物で感じ取れますわ。吸血種同士での吸血が出来ないからこそ、同族を見分ける力は優れていますの」
なるほど……見た目は全く同じはずのラトゥが帰ってきたが吸血種としての力が抑えられている状態と。
……なんなら偽物だと疑われてもおかしくないよな。
「大丈夫だったのか?」
「ええ。吸血種がトラブルで一時的に能力を制限される事態はありますの。だから、証明をすることこそ可能ではありましたが……ブラドとエリザも居なかったので、本物かどうかを確認するまで一週間は時間を取られましたわ。ようやく認められて家の中に通されて……次に待っていたのは、次期当主をどうするかという会議の真っ最中でしたの。そして、そこに当事者として参加させられましたわ」
……タイミングがどこまでも悪いな。
「私が、迷宮を攻略したことで名前が売れたことで、権力を持つかも知れないと危機感を持った吸血種の私を良く思わない方々が進めていたみたいですわ。そのせいで、こちらの協力を伝えても取り合って貰える状態ではなくなっていて……」
(タイミングが悪いというか、因果が巡った結果だったのか……)
「仕方なく、次期当主の話に関してを終わらせるために、竜を倒した証明である竜の目や牙を戦利品として交渉を始めましたの。竜を倒すという栄誉は大きな物ですわ。それこそ、吸血種は竜人種と並び称される魔種……だからこそ、竜という存在に敬意と恐れを抱きますわ。それを倒した証として見せれば一旦は私の話を聞くかと思いましたけども……尚更、大混乱になりましたの。それこそ、私を危険だと暗殺するような動きまでありまして……」
「まあ、アレに関しては焦っていたラトゥ様も悪かったとは思いますが。私は止めましたので」
「くっ……事実なのでなにも癒えませんわ……」
……なんか俺の方よりも凄い事になってないか?
話を聞いていると、頑張っていた俺よりも危険なことになっていたように思えるラトゥ達に頭が上がらないんじゃないかと思わなくもない。暗殺者ギルドも優秀だろうが、夜を支配し体すらも変化させ生物相手には無敵の性能を誇る吸血種という存在は暗殺者としての適性は飛び抜けている。
暗殺者の歴史は、吸血種という種族との歴史といっても過言ではない程なのだ。それを、人間と吸血種の力を封じられたラトゥだけで対処したと考えると……
「……しかし、暗殺騒動で良く無事だったな」
「……悔しい……本当に悔しいですが、イチノさんが時間を作りきってくれましたわ……ブラドと、私の家の選りすぐりの暗殺者相手に夜明けまで耐えきりましたの」
「アレはとても良い時間でした。この私が、吸血種という種族に甘えた努力もしない暗殺者未満共に身の程を叩き込める機会が来ただけで、フェレス様に仕えた人生を感謝したい程です」
「そ、そこまでなのか?」
「そこまでです」
イチノさんがここまで嬉しそうな声を出すのは初めて聞いたかも知れない。
フタミに感情を見せるなと指導し、さらには自分自身も徹底して感情を見せないようにしていた人がここまで嬉しそうにするのは本当に嬉しかったのだろう……ラトゥは本当に渋い顔をしているが。まあ、身内の恥を犬猿の仲である人間になんとかして貰ったのだから当然か。
「この話は置いて……そして、私の話をまともに聞いてくれるような態勢になったので、ようやく正式に妖精種であるティータさんに付いての話を進める事が出来るようになりましたわ。そして、妖精種という貴重な繋がりを得れば吸血種全体としても得がありますわ。だからこそ、すぐさま動きましたの」
「まあ、そこまでに更に半月程も経過しましたが」
……そして、一ヶ月ちょっとが経過した訳か。
そこから馬車を飛ばして帰還すると考えても……うん。本当にギリギリだったわけだ。
「なるほど……そっちも大変だったんだな」
「ええ……そして、その中でちょっとした問題が起きまして……」
「問題?」
「うぅ……その……」
言いよどんで、先を中々言い出せないらしいラトゥ。
イチノさんが、そんなラトゥを見て面倒だと口を挟んだ。
「端的に言いますと、アレイさんは吸血種の里に一度顔を出す必要があります」
「……俺?」
ティータではなくて?
「そりゃいいが……なんでだ?」
「……その、事情を説明する際に色々と伝える事が多かったのですけども……私がアレイさんに緊急事態として行った行為は吸血種としては、とても大きな事でして……」
「ああ、そういえばそんな話はしたな」
「お前、お嬢様に何を言わせたころ――」
「ブラド」
ラトゥ冷たい目でそういうと、グッと言葉を堪えて黙って待つブラドさん。
……怖い。歯ぎしりをしすぎて口の端から血が流れている。徹底的に俺を見ないようにしているのだが、殺意が既に伝わる。
「その、実家に紹介するので……正装をした上で、話を合わせて欲しいんですの」
「……それはいいんだけど、どういう立場になるんだ?」
その言葉に恥ずかしそうな顔をするラトゥ。
「――私の、婚約者という事になりますわ」
「婚約者!?」
驚きのあまり、思わず大きな声で聞き返し……
バタンという音が聞こえる。あまりの事実に意識が耐えきれなかったブラドが卒倒するのだった。
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