第132話 ジョニーと再会と

「――よし、動けるようになったか」

「お疲れ様でした」

「ご迷惑をおかけしました……」


 転倒してから、ゆっくりと動けるようにストレッチをしながら慣らして立ち上がり、ようやく歩けるようになった。

 とはいえ、それでも体力の低下は実感できるほどに大きい。あと、未だに体の節々が痛い……が、あれだけの騒動で怪我もしていたのに傷一つ見当たらない当たりは治療術士に頼んで貰ったのだろうか。


(……まあ、金とか諸々は考えないことにしよう)


 そんな風に思いながら、立ち上がってまずはどうするかを考え……すぐに決まった。


「ちょっとティータを見てきます」

「かしこまりました……とはいえ、意識は戻っていないので寝顔を見るだけになりますが」

「それでも大丈夫です」


 そして、部屋を出てティータの部屋に。

 ……中に入ると、そこにはゆっくりと眠っているティータの姿。その落ち着いた寝顔に思わずホッとする。


「……顔色は思ったより悪くないな。むしろ、体調自体は安定してるような」

「そうですね。目覚めはしていませんが症状自体は安定しています。ラトゥ様が吸血種の里から持って帰ってきた幾つかの魔具や魔石によって症状が安定したのが理由ですね」

「わざわざ、そこまでしてくれたのか、持ち出すのだって大変だろうに」

「魔具の提供自体は別に彼女たちの善意だけではありません。妖精種とかつて交流はあったのですが、吸血種の里は時代の流れと共に廃れたそうです。その交流が再開する事は吸血種であるラトゥ様達にも望むべき状況だからこその必要経費だというわけです」


 なるほど……むしろ、その方がありがたくはあるか。

 何もない方が怖い。善意は形にならないからこそ、どうお返しをするべきか分からない。ここまで話が大きくなれば当事者同士で済むような話でもないからだ。


「でも、良かった……ティータがあのまま苦しそうにしてたら、どうすれば良いかと」

「正直に言うと、帰ってきて症状が悪化していたときには冷や汗が出るかと思いました。万が一にも、悪化して危険に陥る事があればお世話をさせていたフタミに償わせるしかありませんでしたので」

「償うって……どうやって償うんだ?」

「命で済めば御の字といった所ですね」


 ……どうやら、ティータだけではなくフタミの危機でもあったようだ。

 まあ、とにかく良かった。二人とも無事で。


「なるほど……ちゃんと、ティータの体調が良くなると良いな」

「そうですね。ティータ様が無事にまた起き上がれるようになれるといいのですが」


 と、そこでふと背後を振り向くイチノさん。

 突然の反応に驚いて、思わず聞いてみる。


「えっ、どうしましたイチノさん?」

「……お客様ですね。アレイ様の様子を見に来たのでしょう。行きましょうか」


 そう言って、部屋を出て俺の退室を促す。

 ……俺には全く分からないが、どうやら部屋の中で来客を察知したようだ。だから、今まで俺が屋敷に戻ってきたときに中で出迎えてくれていた訳か。

 とりあえず、イチノさんについていって屋敷の入り口の前に行くと……そこには、ラトゥ達が立っていた。


「久しぶり、ラトゥ」

「アレイさん!」


 俺の姿を見たラトゥが驚いた顔を浮かべた後に、笑顔でそう叫んで駆け寄る。

 背後では、エリザがニコニコとした顔で俺を見てブラドは苦虫を噛み潰したような顔でじっと立っている。


「起き上がれるようになりましたのね!」

「ああ、今日の朝に……」

「良かったですわ……本当に、このままアレイさんが目覚めなかったら私はどうすればいいのかと思って……本当に心配致しましたの……」


 泣きそうな声でそういうラトゥ……そこまで心配してくれたのか。

 ……いや、身内のせいで昏睡して死ぬかも知れない状況になったと考えると当然なのかもな。


「いや、俺は大丈夫だよ。まあ、ブラドさんも驚いての行動だったろうし、俺は気にしてないよ」

「そう言ってもらえると助かりますわ……ブラド」


 と、ラトゥがそういうとブラドはこちらに歩いてくる。

 その表情は……うん、子供が怒られて謝罪をする時と同じような顔だ。


「ブラドからも謝罪させますわ」

「いや、俺は気にしないけど……」

「いえ、これは必要なことですわ。ブラドも吸血種の貴族位を持つ者として、すべきことをしなければありませんわ」


 その言葉を言われると、確かに断る事は出来ないか。

 こうした、謝罪や誠意を示すような行為などは貴族であれば欠かすわけにはいかず、なあなあで済ませるべきではない。のだ。


「……大変申し訳なかった、アレイ。今後は同じ事がないようにする。もしも、罰を求めるのであればラトゥ様の名前に誓って甘んじて受け入れよう」


 そう言って、頭を下げる。

 ……い、居たたまれない。雰囲気が重く、俺が何かを言わなければ決してこの時間は終わらないだろう。


「ブラドさん、謝罪の気持ちは受け取りました。ですが、罰は求めません。ラトゥとは、協力関係にあります。決して友好的にとは言いません。ですが、同じ冒険者として協力出来る関係で居て頂ければと思います」

「……寛大な措置、感謝する」


 そして、謝罪は終わるが……うん、ブラドさんの顔は決して納得はしてない。

 いや、自分の落ち度は分かっているし謝罪も本当なのだからそれはそれとしてといった様子だ。


「本当に申し訳ありませんでしたわ。今回のお詫びになるか分かりませんが、提供した魔具や魔石などに関しては私達からの謝罪の品ということで受け取って頂きたいんですの」

「えっ、そんな悪いような」

「場合によっては、冒険者としての未来を断たれてしまう可能性すらありましたわ。それは金銭ですら償えない可能性もある物。むしろ、物で支払おうとする事が申し訳ないほどですのよ」


 ……そう言われれば、確かにそうだ。場合によってはラトゥは謝罪を返せないほどの罪になる可能性すら合ったと考えるなら金銭の取引で済むなら安い物か。

 そう考えるとブラドの行為は、迂闊だとも言えるしそこまでキレてたのかと末恐ろしい部分もある。


「……では、一旦はここまでにして……そろそろ、本題に入りましょうか」

「本題っていうと」

「ええ。ティータさんの話ですわ」


 と、そこに至って今まで不自然なくらいに沈黙していたエリザが笑顔で前に出てくる。


「いやあ、やっと出番のようだね! まさか現存している妖精種を見る機会があるなんて本当に神なんてものがいるなら感謝を告げたいくらいだよ! 再会したラトゥに関しても、色々と聞いたけど僕の予想していたよりもとんでもない事態になっていて驚いていたし何よりもアレイくん、君も不思議なことになっているみたいでもう嬉しくてたまらないよ! ああ、実験を出来たらもう世界にやり残したことすらないんじゃないかと思うくらいに最高だけど流石にそこまで求めるって言うのは贅沢だろうね! さて、まずは色々と言いたい事はあるんだけど最初に――」

「エリザ……落ち着きなさい」


 話し始めて止まらないエリザをラトゥが止めると、笑顔は崩さず謝罪する。


「いやあ、ごめんごめん。つい、本当に嬉しくてさ。それじゃあ、ちゃんと座って話をしようか。長くなるからね」

「では、客間にご案内致します」


 イチノさんの言葉で移動しながら、俺は思うのだった。

 ……この様子のエリザの話は、日付が変わるまでに終わるのだろうかと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る