第128話 ジョニーと人形と

「――よし、回り込んだ!」

「……」


 バンシーの的確なアドバイスで、暗殺者を先回りすることが出来た。ここでティータの眠っている部屋を見つけられていれば危なかったが、フタミが隠した場所は彼女曰く暗殺者を騙す上で一番確実な方法だという。

 だから、実を言えば俺達も知らない。守っている場所はフタミだけが知っている。監視されている可能性がある以上は、俺達に見えるようにすれば相手に情報が流れる可能性があるという事だ。


(とはいえ、ティータの場所はバンシーが必要なときは教えてくれる。俺も知っていると意識をするからな……)


 バンシーの音による索敵は、本当に優秀だ。

 これのおかげでこの屋敷で動き回る侵入者の動きは完全に読み切ってくれる。


「そろそろ諦めてくれないか? あんまり酷い目には合わせたくないんだが」

「……」


 しかし、既に問答はする気はないとばかりに無言でこちらを見ている。

 ならば仕方ない。このままバンシーと協力してあの暗殺者を倒して追い返すしかない。


「バンシー! 行くぞ!」

「はい!」


 息を吸い込んだバンシーは、先程と同じように相手を拘束するための咆哮を放つ。

 面で制圧するような攻撃に対して、暗殺者は前回と同じように跳躍して天井に飛びかかっていく。

 そのままの勢いで回避しようとする。だが、それは既に読んでいる。壁に手を当てて、俺は魔力を込める。


(……このまま、魔力を送る!)

「……グッ!?」

「よし! かかった!」


 魔力が送られ、暗殺者が踏んでいた天井が突如として崩壊した。足場が崩れてしまえば重力に従って落ちてしまうのは当然だろう。

 これはフタミのアドバイスで仕掛けていた崩れる天井の罠だ。本来は、正面からやってくる敵を巻き込むように天井を崩して足止めをする用の罠であり、この屋敷の天井の何カ所かに、そういった崩れて妨害するような罠が仕込んであった。


「よくやった、バンシー!」

「いえ、上手くいって良かったです!」


 本来はもっと時間稼ぎに使うような罠だが、機動力に自身があり正面切った戦い方を好まない相手ならば、そうやって逃げると予想できた。

 だから天井の罠を思い出し誘導するようにバンシーに攻撃させたのだ。そして、それは見事に直撃した。瓦礫に埋もれて一時的にではあるだろうが行動不能になっている。ならば、これがチャンスだ。


「バンシー、拘束してくれ」

「任せてください! 【拘束音撃バインドボイス】!」


 そして、バンシーの攻撃が直撃した。殺傷力は無い。だが、音の衝撃波によってダメージを受ければ体は動かなくなる。さらに、トドメとばかりに聴覚から平衡感覚を破壊されて例え動けたとしてもマトモに歩く事すら難しいはずだ。

 そして、瓦礫に飲み込まれて動けなくなった暗殺者に歩いて行く。さて、あとはジャバウォックの手助けが必要かどうかは分からないが……とにかく、向こうに行くべきだろう。


「それじゃあ、こいつを運んでジャックの……」

「召喚術士さん! 危ない!」

「えっ……なっ!?」


 しかし、動けないはずの暗殺者が突如として立ち上がり俺にナイフを突き刺そうとする。

 それを見たバンシーは、咄嗟に咆哮を放って暗殺者を弾き飛ばした。ナイフを持ったまま、暗殺者は壁に飛ばされ叩き付けられる。


「助かった、バンシー!」

「いえ、でもアレを喰らったら人なら死んじゃうかも……」

「……それはしょうがない。俺も危険だったからな」


 ここで死者が出てしまえば暗殺者達との本格的な決裂もあり得る。だが、それも命あってこその悩みだ。こっちが死んでしまっては仕方ない。

 せめてまだ無事ならばと思い、吹き飛ばされて壁に激突したまま動かない暗殺者の仮面を外し……思わず、驚きが声に出る。


「……人形だと!?」

「えっ、嘘!?」


 バンシーも驚いている。

 しかし、倒れている暗殺者の仮面が割れて……その下に見える顔は、完全に金属で作られている人形だった。


「さっきまで、完全に人でしたよ!? 人形なら絶対に分かります!」

「……まさか」


 瞬間、入り口が蹴り開けられる音が聞こえる。廊下から玄関を慌てて見る。

 そこには、先程と全く同じ暗殺者が侵入していた。そして、俺の脳裏に引っかかるものがある。


「人形を使った魔法か!?」


 噂には聞いたことがある。

 人形に魔法陣などで魔法の準備をして人と同等に動かすための技術だ。魔法使いと呼ばれる存在がリビングメイルやら、ゴーレムを作り出して使役をする事は多い。

 しかし、人間を完全に再現するような魔法は存在しないはずだ。


「召喚術士さん! 最初の暗殺者と同じで、ちゃんとした人の反応です!」

「……多分、憑依か!」


 魔法の中でも特殊な憑依という物がある。魔力体を持つモンスターでも、物に取り憑いて動く事に出来るモンスターは多い

 言うなら、代わりの体に自分を召喚するような魔法だ。特殊な才能などが必要であるが……それを実行出来る人間だからこそ、暗殺者になれたのだろう。


「……って、追いかけるぞ! まだ終わりじゃない!」

「は、はい! でも、どうすればいいんですか!? 拘束しようとしても、元が人形だと難しいですよ!」

「人形にも数の限りはあるはずだ!」


 そう、これだけ精巧な魔法を使うための人形には数の限りがあるはずだ。

 下の階を探し始めた暗殺者を追いかけて、俺達は急いで屋敷を走るのだった。



 その後、一室に入っていった暗殺者を見て、壁に手を当てて魔力を送る。

 相手が人形であれば、遠慮はいらない。


「――喰らえ!」


 トラップとして仕掛けた部屋に魔力を送ると、爆発を起こした。

 中の家具と一緒に残骸になった人形が転がってくる。まさか使うつもりのなかった致死性のあるトラップまで利用するとは思わなかった。


「3体目!」

「また来ました!」

「クソ! どんだけストックがあるんだ!」


 倒れる度に、屋敷の中へ違う人形が侵入してくる。

 憑依である以上意識は一つだ。少なくとも、複数の人形を同時に動かすようなことは出来ないので一体ずつではあるがそれでもティータを探すという意味では効果的だ。

 俺の危惧していた人海戦術のような方法に近い。


「……召喚術士さん!」

「どうした!?」

「急いでください!」


 ……その言葉に、理解した。

 名前を言うわけにはいかず、俺にバンシーが言うのであれば……そちらにティータが居るのだ。


「この先の部屋は……って、あそこか!」

「足止めします!」


 あまりにも予想外と言えば予想外な場所。

 客間を順番に開けて中を見る暗殺者に、バンシーは咆哮によって攻撃をする。


「チッ」


 その攻撃を回避出来ないと判断した暗殺者は、手近な扉を開けた客間の中に飛び込む。

 そして、部屋から出さないようにと飛び込み……そこには力無く倒れ伏していた暗殺者の姿。


「……えっ!? この人、人形に戻ってます!?」

「――まさか!」


 なぜ、ここで人形に戻したのか。もしも逆の立場で、この暗殺者が俺であればここで何をするか?

 ……それを理解した瞬間に、俺はバンシーへ叫んだ。


「全力で防御だ!」


 ――そして、一瞬の後に閃光。

 人形が爆発し、部屋の中を熱と閃光が襲うのだった。

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